16話 杖の魔法
セシリアさんの放った3発の魔力弾は、僕の甘い考えを完全に打ち砕いた。
一連の動作が、まるで呼吸をするかのように円滑で自然かつ瞬時に行われていた。
瞬きをすれば見逃してしまいそうなくらい一瞬の出来事だった。
「まずは、的に反応して撃ち抜く、という感覚に慣れましょう。全てを撃ち抜く必要はありません。一連の動作を意識して行ってみてください」
セシリアさんがそう言いながら壁面に描かれた魔法陣に触れると、破壊された的が消滅して壁際に復活する。
「おぉ……」
漏れた声が聞こえたのか、セシリアさんは自慢気に笑った。
◇◆
復活し続ける的に、僕はひたすら魔力弾を放ち続けた。
魔力を練り、集約し、放つ。その一連の動作を、気が遠くなるほど繰り返す。
一発なら定まっていた狙いも連続になるとブレて的から大きく外れたり、逆に狙いすぎて放つまでが遅くなったりする。
そんな様子を見ながらセシリアさんは紙に何かを記入し続けていた。
「一度、これを使ってみてください」
幾度目かの失敗の後、セシリアさんが僕の横に来て、そう言って懐から1本の杖を取り出した。
長さは20cmくらいで、装飾も必要最小限のシンプルな杖だった。
手に持つと、シンプル故かよく馴染む。
「その杖を使って、私が指定した的をできるだけ速く撃ち抜いてください」
「……はい。」
目と杖は的の方に向けて、耳だけはセシリアさんの声に集中する。
「右から──
聞こえた瞬間に右に視線だけ向ける。
──3、6、12番目」
少し遅れてパシュッ、パシュッ、パシュッと3つの音が響く。
「少し悔しいですね」
セシリアさんは、そう言った。
「でき…ました!?」
セシリアさんよりは数段落ちるが、今のは間違いなく今までで1番速く正確な魔力弾だった。
「レイ君の魔力は、操作できる範囲が広すぎて極端な威力になりがちでした」
記録していたノートを見ながら、セシリアさんが続ける。
「だから、レイ君の魔力が底をつくまでひたすらに反復練習をしてもらいました」
「え?」
「まさかこんなに魔力総量が多いとは思わず、案外時間が掛かりましたが」
彼女はそう言ってフッと笑い、首をすくめる。
「魔力総量が多いほど、扱える魔力の幅が広がります。更にレイ君には特殊な術式も刻まれている。それ自体は素晴らしい才能ですが、同時に繊細な操作を難しくもします」
彼女は自信の杖を取り出し、さっきまで書き込んでいた紙にトンと当てる。
「万全な状態の貴方の魔力は、言わば濁流です」
昨日地図が浮かんだように、紙にデフォルメされた僕のイラストが浮かぶ。
図解で説明しようとしてくれているのだろうか、完全に先生と生徒だ。
「魔力弾を正確に、そして素早く放つには、洗練された流れを構築する必要があります」
彼女は僕の手を見る。
「そこで、杖です。杖には魔力の流れを整える触媒という役割があります」
なるほど、と思う。
確かに、杖を使った最後の魔力弾はスムーズかつ迅速に発射までのプロセスを整えることができた。
「同時に杖は照準の役割を果たしてくれるので、狙いも安定した様ですね」
的の方を見ながらセシリアさんが言う。
……最後だけ焦って数え間違って、右から11番目の的を射抜いたのは気付かれているだろうか。
「魔力を適切かつスムーズに流す。これは魔力弾だけでなく、全ての魔法の基礎です」
そう言いながら、セシリアさんは杖を構えて、1つの的に魔力弾を放つ。
その所作は、まるで舞っているかのように滑らかで美しい。
或いはこの世界にも、武道のような型があるのかもしれない。
「では、今日はここまで。明日以降の訓練メニューを考えておきます」
「……ありがとうございました」
魔力が枯渇し、全身に倦怠感と疲労感が襲っている。
だが、僕の心臓は高鳴っていた。
◇◆
「レイ遅い。何時だと思ってんのよ」
研究室の扉を開けるなり、叱責が飛ぶ。
確かに夕食の時間はとうに過ぎている。
訓練に没頭していたこともあるが、地下空間では外の明るさも分からないために時間の感覚が麻痺していたようだ。
「ごめん、ちょっと色々あって」
全身がピリピリと痺れるように痛い。筋肉痛ならぬ魔力痛だろうか。
「ふーん?会長の家で2人っきりでこんな夜まで何してたんだか……」
「そんなんじゃないって」
「で、会長サマはどうだった?」
……っていうか、やっぱり家なの知ってたのかよ。変にニヤニヤしてると思ったよ。
今朝のアンの表情を思い出して心の中で悪態を吐く。
「凄かったよ、敵わない」
話しながら、今日の訓練や出来事を反芻していた。
グローリア家・別邸の豪奢さ、謎の地下空間、セシリアさんの実力、そして今日学んだこと。
「ふぅん、会長も結構やるね」
一通り僕の話を聞いて、アンは顎に手をやり考えるそぶりをしながら言った。
「けど、最初から魔力ゴリ押しじゃ駄目なの?」
「いや、魔力量が多いのと魔力操作が極端なので難しいんだよ。だから無理やり魔力減らしてからやってみたら上手く行ったんだ」
「へぇ……」
アンはどこか不満そうだった。
「まぁいいや、ご飯食べよ。おなかすいた」
気分を切り替えるように、明るく言うアンに、それ以上の追求はしなかった。
「そうだね、僕もお腹空いたよ」
2人で軽口を叩きながら、疲れた体を引きずって学生寮の食堂へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます