11話 協力者

 予想外にあっさりと許可が降りた事や、突然知らされた新事実に困惑する僕。


 話の内容が突飛過ぎて飲み込みきれずに困惑しているセシリアさん。


 それを見て満足げな学長は顎髭を撫でながら口を開く。


「レイ君の術式は、魔法の基礎となる魔力操作をより洗練されたものにしてくれる。それは非常に強力な恩恵じゃが、リスクもある」


 穏やかながらも重みのある口調。


「現代の魔法理論で組み立てられた魔法にとって、古代の制御術式は異物でもある。だからこそ早い段階で術式の仕組みを理解し制御する必要がある」


「制御……ですか?」


「そうじゃ。魔撃という競技は、シンプルながら精密かつ迅速な魔力操作が要求される」


 なるほど。


……逆だったかもしれねェ。


 もしかしたら学長は、僕の意図に関わらず僕を魔撃に出場させるつもりだったのかもしれない。


 むしろ、グラハム先生が魔撃を僕に振ったことすら学長の仕込みだった可能性すら考えられる。


──全ては、術式を制御させるために。


 学長の表情から真意を読み取ることはできない。


「セシリア君」


「はい」


「彼の訓練には、君に立ち会ってもらいたい」


 碧眼に微かに揺らぐ。


 流石に予想外だったのか、一瞬、表情が固まった。


「私、ですか?」


「君の魔力制御の精度は他の生徒と比べても群を抜いておる。昨年の優勝者でもある君ならば実戦経験も含めて適任だと判断した」


 学長が淀み無く述べると、セシリアさんの顔に引き締まった色が戻る。


……っていうかこの人、去年の優勝者なのかよ。


「……謹んで、お受けいたします」


 セシリアさんは一礼し、学長の要請を受け入れた。


 言葉に困っていたような間から察するに、迷いはあったかもしれない。


 しかし彼女の声には、矜持に似た感情すら感じさせる強さがあった。


 恐縮するような、困惑するような、それでもって有り難いような、不思議な感覚だ。


「レイ君」


 こちらを見る学長の目は優しいが、どこか心の底まで見通されていそうな恐ろしさも感じさせる。


「セシリア君は、君にとって最良の協力者となるじゃろう。彼女から多くを学び、術式を制御下に置くのじゃ」


 頷きながら、考える。


 或いは、学長の思惑通りに動かされているのかもしれない。


 或いは、自身の存在が研究材料でしかないのかもしれない。


 そんな思いもい交ぜにして、飲み込んでやる。


 いつまでも、「何も知らない異邦人」では居られない。


 自分に刻まれた力くらいは、使いこなしてやりたい。


 魔育祭でクラスの奴らを見返してやりたいっていう、小さな意地もある。


 体ごと学長とセシリアさんの方に向けて、言う。


「よろしく、お願いします」


 学長は満足そうに頷き、セシリアさんも穏やかな笑みを浮かべた。


「セシリア君。訓練の詳細やスケジュール調整は、レイ君と相談して進めてくれ。必要な設備の手配などは、ワシかクロフトに言ってくれれば対応しよう」

「承知いたしました」


 学長の言葉に一礼して、セシリアさんは僕の方に視線を移した。


 その碧眼には、新たな課題への使命感と、どこか嬉しそうな光が宿っているように見えた。


 「レイ君、改めてよろしく頼むわ」


 僕の方が頼まれる覚えなんて全く無く、恐縮して精一杯丁寧に頭を下げる。


「では、話は終いかの。魔育祭まで時間は限られておる。早速取り掛かるがよい」


 学長の言葉に促され、僕とセシリアさんは学長室を後にするために歩き出す。


 その歩みには、これからへの期待と不安が混じった微妙な感情が乗せられていた。


 課せられた使命と、掛けられた期待に身が引き締まる思いだ。


 ……セシリアさんと2人で訓練って実はめっちゃ目立たないか?



 そんな、新たな心配事が頭の片隅に生まれたことは、今は一旦、考えないことにした。


◇◆


 学長室を出た僕らは、東棟にあるカフェテリアに来ていた。


 チラチラと感じる目線は、彼女に向けられたものだろう。


「さて。学長からも指示がありましたが、いつから始めましょうか」


 全く気にならないといった様子で手帳を取り出して本題に入る生徒会長サマ。流石に慣れているようだ。


「自分はいつでも大丈夫なので、会長のご都合の良いときに」


「では、明日の放課後はどうでしょうか?幸い生徒会の活動も落ち着いていますし……そうですね、明日であれば第2実習場が空いているようです」


「あ、では、それで」


 淀み無く淡々と話が進み、僕は頷く以外する必要が無かった。


 相変わらずタイムアタックでもしてるかのような効率だなぁ、なんて考えていると「それから」と言って不意にセシリアさんが声のトーンを落とす。


「肩書で呼ばれるの、あまり好きではないのよ。カジュアルな場ではセシリアと呼んでくれて構わないわ」


 耳打ちするように、小さな声でそう言ってフフっと軽く笑う。


 厳格そうな人の不意な笑顔って、本当に心臓に悪い。


 それはそうと、もう少し人目を気にしてはくれないかな。話の内容は聞こえてはないんだろうけど周囲の目線がいっそう鋭さを増した気がする。


 やはり、彼女と一緒にいると否が応でも目立ってしまうらしい。


 明日からの訓練が、少しだけ憂鬱になった。

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