第10話

 

 リモさんの店をちょうど出た時、ゴーンゴーン、と鐘がなった。王都全体に、12時を告げる鐘だ。

 それを聞いたラピスが、名残惜しそうに口を曲げた。


「……ん、ソフィア、残念だけど仕事の時間になっちゃった」


「おお、それは残念だな。じゃあソフィア、私達は二人で……」


 「何言ってるの、クリスも同じ仕事」


 咎めるようなラピスに、クリスはやれやれ、とため息を吐いて、


「……ラピス、その仕事はソフィアより大切か?……いや、そもそもソフィアより大事なものがこの世にあると思うか?」


 「それはそう、だけど」


  大真面目な顔でそんな話をする二人。


 そんなのいくらでもあると思うけど……。


 「でもダメ、クリス、仕事はしないと」


 「というか、そもそもなんの仕事なんだ?」


「……騎士団への指導。私は、魔法士団だけど」


 騎士団と魔法士団。


 それは国を守る機関のことで、こないだの魔王の時、二人より先に戦っていた人達だ。


 クリスとラピスはその腕を買われて、クリスは騎士団に、ラピスは魔法士団に、度々訓練の指導をしに行っている。


 「二日前の魔王騒ぎで分かった、もっと強くなってもらわないと……、こないだは運良く死人はでなかったけど、次もそうとは限らない」


 「そんなの……」


「何よりあれじゃ私達がいられない時、ソフィアを守りきれない。それはクリスも困るはず」


 私を……?


 なんだかよくわからなかったけど、クリスにとっては痛いところをつかれたらしい。

 言い返さず、もどかしげにうなっている。


「じゃあせめて…………ソフィア、付いてきてくれないか」


 突然話をふられてびっくりする私。


 クリスの態度は、『ソフィアがこないなら行かない』と言わんばかりだ。

 ラピスもこっちに注目してきたせいで、余計に緊張してしまう。


 「え、わ、私は……予定ないからいいけど……」


 リモさんにも、一緒にいろって言われたし。


 そう答えると、クリスは途端に明るくなって、私の手を引いて歩き出そうとして、


 「……っ、ちょっと待って!」


 その時、ラピスが大きな声で叫んだ。

 ラピスのそんな声を聞いたのは久しぶりで、びっくりしてしまう。

 意図してだしたものじゃなかったみたいで、本人も戸惑っているようだった。


 「……ん、えっと……、ソフィア」


 ラピスは昔のように、ゆっくりと言葉を選びながら言った。


 「私、仕事頑張ってくる」


 そうして、哀願するように上目遣いで、


「だからその……終わったらご褒美が欲しい……ダメ?」

 

 キュン


 そんな擬音が自分の胸から鳴ったような気さえした。


 か、可愛すぎる……っ。


 「う、うん!なんでもするよ!」


 と、二つ返事で安請け合いしてから、しまった、と思った。

 

 うう、私、ラピスの上目遣いに弱すぎ……?

 リモさんの店でも喋りそうになっちゃったし……、


 ……そんな反省をするけど、それもすぐに、『やった、ありがとう、頑張ってくるね』とはにかむラピスの可愛さにどこかへ飛んで行ってしまう。


 そんなデレデレした私を、クリスが面白くなさそうな顔で見ていた。



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 ラピスと別れ、それぞれの訓練所に行く道すがら、クリスは気に入らない様子でぼやいていた。


 「まったく、なんなんだあいつは。そもそも、今日仕事があるのだって、ラピスのせいなんだ。それなのに図々しく『ご褒美が欲しい』だと?酷い話だと思わないか、ソフィア?」


 え。


 ……ど、どうしよう。……と、とりあえず適当に相槌を入れておこう……。


 「えっと、そ、そうなんだ。ラピスのせいで……」


 「ああ、今日は本来なら、この間の魔王のせいで怪我人も多いから訓練は休みになる予定だったんだ。……ラピスが団員を回復させるまでは」


 あー……確かに、ラピスが回復をさせて、団員を戦場から逃していたっけ。


 「ま、まあでも、あのままだと二人の戦いに巻き込まれちゃってたかもしれないし……」


 「いや、そっちじゃない。戦場から逃すために回復させるのはわかる。だが、問題はその後なんだ」


 ……その後?


 「実はあの時、ラピスが全体にかけた回復魔法は効果が薄いものでね、動けるようにはなるものの、ダメージはまだ残っていたんだ。だから、団員達が『実力不足を痛感したから、訓練を休みにしないでほしい』と言い出した時も、怪我を理由に断れたはずだったんだが……、よせばいいのにラピスがいちいち一人一人に魔法をかけて回ってね。全体魔法で治せなかった傷まで完璧に治してしまったんだ」


 はぁ、と面倒臭そうにクリスがため息をつく。


「怪我はない、団員達のやる気も十分。となれば訓練が中止になる理由はない。だからこうして、私は指導しに行かなければならないんだ。……ソフィアとの大事な大事な大事な時間を削ってね」


 と、もう一つため息をついてから、クリスは突然ハッとした顔で呟き始めた。


 「…………いや、しかしこれは……見方によっては…………ソフィアを独り占めできるチャンスなのでは…………」


 ……?


「……あいつはどうせ真面目に決められた時間までやるだろうし…………それならこちらは早く終わらせてしまえば…………」


 クリスが悪い顔をしたような……、そんな気がした。

 でもそれも一瞬で、いつもの王子様然とした顔になると、『行こうか、ソフィア』と私を連れ、騎士団が待つ、修練場へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る