最終話 慈悲成る志

無事平和に高校を卒業した俺達は別々の道を歩んでいた。

ミナは大学へ進学し卒業後、消防設備士となった。火災報知器やスプリンクラーを点検・工事する仕事だ。ああ見えて理系分野の工学が大好きらしい。進学後は工学部でみっちり学んだようだ。いずれは現場型で女性主体のビルメンテナンス会社を立ち上げたいそう。

ジイナは服飾系の専門学校へ進学し、現在はファッションデザイナーとしてSNSを中心に活動している。結局あの後ジイナはミナに告白したが振られてしまった。何故ならミナは既に彼女がいた。終いにはその彼女とミナは現在同棲中とのこと。告白以降ジイナはキッパリと諦め、今は新しい彼女を募集している。

俺は選ばれた事務所でそのまま女装モデルを続けていた。たまに気持ち悪がられるが、これも自分の意思で決めたことだ。批判は覚悟の上。

高校3年時、両親に「卒業したら今いる事務所で女装モデルを継続したい」と思い切って話した。一応所属事務所が決まった時、両親と妹には事務所配属までに至る経緯を話していた。当時カミングアウトを聞いた両親と妹は最初は物凄い驚いていた。しかし意外にも、素直に安心し受け入れてくれた。むしろ、「18歳になっても勉強一本だったエルンが"異常"だった」との見解を示された。確かに、思春期真っ只中の男性と比較するなら余りにかけ離れ過ぎている。何かを求める、望む必要もなく、心の奥底では益体のない日々を送ってきたのかもしれない。青春とは無縁過ぎたのだ。

さて話は戻り、今では毎日男女問わずファンレターが来る。それだけ人気になった。とはいえ、モデル活動一本で収入を得れるまで丸6年経過した。この6年間、実家暮らしを継続しながらバイトとモデル活動に明け暮れた。特にバイトは短期主体で映画館、コンビニ、ビルメンテナンス点検、工場、温泉施設、居酒屋、焼肉店、絵画教室と幅広くこなした。1番長く続いたの塗装屋。まさか3年間も団地や一軒家を表面豊かに塗るとは。

また、ごくたまに恩師であるミナとオンライン通話もする。互いの近況報告をしては他愛もない話をする。これが案外楽しい。

陽の入った玄関の扉を開く。

「いってきまーす!」

風が吹き、外ならではの自然豊かな匂いが鼻を包む。朝の小鳥が甲高く囀る。

「スーゥ、ヨシ!」

勉強は以前と比べて疎かになった。でも問題ない。勉強一本だった自分が、女装という正解のないクリエイティブな世界でひたすら自己研鑽する。新しい技術や知恵、価値観、想像力を深めていくことが楽しい。とはいえ、やはり生命線が短い業界だ。輝ける内に輝いておこう。

そして、少しでも悪しき風習、固定概念がなくなりますように。性差別やジェンダーギャップといった問題は仕事柄関わる以上無視できない。その人達はこれまで長く苦しみ、踏む潰されてきた。固定概念なんて何の意味もない。疑問すら抱かず無理解でいようとする姿勢が時として傷つけることもある。その中にはとてもつもない程善良な人もいるのに。

性に関わらず、現代こそ、差別や偏見に対してもっと重く向き合うべき時ではないか?人は過ちを犯す生き物だ。そしてその過ちは当然なくならない。

それでも……


たった1人でいい。


たった1人でもいいから希望を胸に現実を生きてほしい。女装という、禁忌を犯した活動で。

(人の役に立てるんだ)

今日も足を浮かし一歩ずつ踏み出す。固い志が黒いブーツを介して響き渡っていく。

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