奴隷屋の日常

坂牧 祀

奴隷屋


 不平等を嘆いたところで何も変わらない。なんて言えるのは、それなりに安定した人間的地位に立つ者だけの考えであって、それはとても、幸運なことだと思う。

 他者を見下せるのは、自分が今の現状に満足している証だ。恵まれている証だ。


 このカレスティア大陸では、日々の生活の一環として、人の命をなんとも軽やかに踏みにじる。小さな子どもが、雨上がりの水たまりに喜んで足を突っ込むかのように。


 いや、正確には人間じゃない。〝人間の形をしただけのモノ〟だ。それを誰もが、奴隷と呼んだ。

 奴隷は、売買の対象となっていた。人をかたどった骨と肉の容器に、生命という色のない光をぽつんと収納された、金で左右できる商品。


 俺は、そんな商品に目をつけて、扱おうと決めた。

 俺のことを慕ってくれるあいつと一緒に、店を開く。

 それが、俺たちの決めた居場所だった。



 + + +



 朝という煌めきを魂に焼きつける日々が、自分で思っていたよりも、ずっと愛しい。そして何を犠牲にしようとも、その上を踏んで、太陽を一身に浴びる道を選んだ。


 奴隷屋。


 28の都市で成り立つカレスティア大陸、【8番都市】の中にある店の一つ。民間人が暮らしていた屋敷を改築したもので、外観はほとんどそのままだが、扉を開ければ店としての空間が広がっていた。

 いつも涼やかな音で来客を知らせてくれるドアベル。きちんと清掃が行き届いた店内。うまく取り入れられた観葉植物と、全体的に張り巡らされたフローリングの床が、シンプルながらも上品さを生み出す。

 入って左側にあるのは、座り心地のいいソファーとテーブル。店にいる間の客がくつろぐために用意されたもので、これがあれば客に与える印象が良い方向に上がると、そう教わって置かれた。ソファーとは、ただそれだけで優雅なイメージを持たせてくれる。クッションがあれば、なおのこといい。

 右側の奥にあるのは大きめのバーカウンターで、端にちょこんと置かれたツギハギの猫のぬいぐるみが、奴隷屋らしからぬなごやかさを感じさせた。


 店の奥の扉から、一人の青年が現れる。

 襟足が少し長い黒髪に、青い目。灰色のタートルネックの上に白いコートを着ており、歳は二十代。男にしてはやや大きな瞳を持っているので若干の幼さを覚えるが、顔立ちは十分に整っていると言えた。

 彼は左手にたずさえた白い刀を、カウンターの内側の壁際に立てかける。それから玄関の鍵を開けて、外の〝閉店中〟と書かれた吊り看板をひっくり返し、〝開店中〟にした。


 彼こそが、この奴隷屋の店主。名をシリウスという。


 外の冷気が鼻を刺激し、思わずくしゃみがはじける。鼻を押さえて短くすすったあと、今日もいい天気だな、とちょっと皮肉気味に呟いて店内に戻った。


 この【8番都市】は、地図上で見るとやや北側に位置する。極寒の地というわけではないが、一年を通して雪の割合が多いため、ここに住む人々は常にそれなりの厚着に身を包んで生活をしている。

【8番都市】は、特別大きくもなければ狭くもない。だが、栄えている街をランキング順で表したとき、上から数えたほうが早い程度にはにぎわっている。

 生活水準が高い街での商売成功は、己の懐と環境を更に豊かにする。ではこの奴隷屋はどうなのかと言うと、見事に該当していた。


「さーて、今日はどれだけ客が来るかな?」


 気合いを入れるように腕を伸ばしてから、シリウスはカウンターにどすんと座った。


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