第3話 前兆

 コンコンとドアをノックされる音で目が覚める。

 まだ少し眠い。

 ドアを開けるとマロンさんが部屋に入ってきた。マロンさんの後ろには、色とりどりの衣装の入った木箱が置いてある。


 「衣装ケースを持ってきました。頭の輪と背中の羽が隠せる衣装をいくらか持ってきたのですが、どれがよろしいですかね。サイズは後から合わせるので、この中からどれでも好きな衣装を選んでいいですよ」


 どれ、と言われてもまだ僕からはどんな衣装があるのかよく見えないし、あんまり服に興味ないから―


 「えっと、どれでもいいよ」

 「じゃあ、これにいたしましょうか」


 マロンさんがおもむろに衣装ケースから取り出した服は、黒いワンピースだった。暖かそうな黒いワンピースの上にフリルの付いた白いエプロンが掛かっていて、胸元にはリボンもある。

 ってメイド服じゃん!

 僕がこれを着たのを想像すると恥ずかしくて耳が熱くなってくる。

 絶対にいやだ。


 「じ、自分で選びます」

 「そうですかぁ…」


 少ししょんぼりしているマロンさんを横目に服を選ぶ。

 恥ずかしい。


 さっきまでは服なんてなんでもいいって思っていたけど、結局、衣装ケースの一番下に埋まっていた服まで目を通し、時間をかけて選んでしまった。


 「は、初めまして」

 「はい、初めまして!あたしはソフィア様のメイド、エリー・ウェルストンでーす。よろしくねーゼノン君!」


 服選びを終えると、クリーム色の髪をウルフカットにしたメイドのエリーさんが部屋に来た。服のサイズを僕の身体に合わせてくれるらしい。

 とても笑顔がかわいいと思った。


 「これと、これと、この服と、この帽子を」

 「ありがとー!でもその前に、ゼノン君の身体の採寸をしよっか!両手上げてー」


 言われるがまま両手を上げてしまい、気づいたら服を脱がされていた。そのまま、流れるように肩幅や胸囲が計られ、採寸が終わった。

 とても恥ずかしかった。


 「はい、丈を合わせ終えたので着てみてください!」

 「う、うん」


 僕の注文した服が手渡される。早速着てみる。

 少しドキドキする。


 全体的に茶色の落ち着いたコーデにしてみた。

 きめ細かいチェック柄の入ったグレーのワイシャツを着て、その上に分厚く暖かそうなこげ茶色のジャケットを羽織る。僕の身体に対してジャケットが大きいようにも見えるけど、エリーさんによるとこれでいいらしい。

 下は動きやすそうなカーキ色のズボンを履き、ベルトを締める。

 最後に赤や黒のチェック柄が入ったつばの大きい茶色の帽子をかぶった。これで頭の光輪を隠すんだ。


 「ど、どうかな」

 「はい、かわいーね!翼も頭の輪っかも隠れているのでいいと思います!」


 恥ずかしい。


 「では、わたくしめも用意が済みましたので町へ買い出しに行きましょうか」

 「うん!」


 エリーさんとマロンさんの三人で館の門をくぐり、町まで馬に乗っていった。

 馬に乗ったのは初めてだったけどマロンさんがついていてくれたから怖くはなかった。


 「ここら辺は本来小麦畑が広がっているのですが、この季節は見ての通り雪に埋もれていますね。雪の中に点々と煙が立っていますが、あれは農家の家の暖炉のものです。館でももっと暖炉の火を焚いて欲しいですなぁ。ソフィア様は寒さに強くて…あ、見えてきました。あれがノーゼンレパードいちの町、レパーデック町です」


 町はくすんだオレンジのレンガでできた壁と、凍ったお堀に囲われていた。壁は僕の身長三つ分くらいでそんなに高くない。町の門には数人の衛兵がいる。


 「ご苦労様です」

 「「「は!」」」


 館の者だからか顔パスで町内に入れた。

 町中に入ってからは馬を降り、マロンさんとエリーさんが手綱を引いて馬を連れる。僕はその後についていく。

 少し町の人の目線が僕に集まっている気がする。

 マロンさんたちは平然としているし、気にしないでおこう。

 町中は町の外とは正反対な雰囲気を漂わせていた。多くの人が通りを行き来していて、至る所から物音や話声が聞こえ、色んな所から色んな匂いがして、賑わいがある。

 動物かモンスターかは分からないけど、とにかく大きな角の生えた生き物を巨大な荷車に括り付けて、それを数人で運んでいる様子もある。この寒さの中、全員半裸で筋骨隆々だ。


 「あれは冒険者ですなぁ」

 「冒険者?」

 「村や町から離れ、凶悪なモンスターや魔族を倒したりダンジョンを探索したりして生計を立てている輩です。なぜ村や町で定職につかないのかは分かりかねますが、とにかく輩は税を納めようとしないので、少なくともわたくしめはあまりいい印象がありませんなぁ」


 マロンさんが顔をしかめる。

 たしかに、凶悪なモンスターを倒せる腕があるなら、ソフィアさんの家臣とかになればいいんだ。


 「でもやっぱ冒険者はいい男が多いよー!修羅場をくぐってってきたからなのか、一発や二発じゃへこたれないしー!ゼノン君も冒険者になったら、いつかソフィア領に帰ってきてね!」


 やっぱ凶悪なモンスターを倒せる人は、ソフィアさんも家臣にしたいのか。

 館から離れたら冒険者になってみるのもいいかもしれない。


 「うん、分かった」

 「いい子だねーゼノン君」


 なぜか笑顔のエリーさんに頭を撫でられた。

 恥ずかしい。


 「はあ、それでは市場に行きましょうか」


 少しあきれ顔をしているマロンさんについて、市場に行く。


 市場は、ござを敷いてその上に商品を置く露店で賑わっていた。

 剣や盾などの消耗のある装備や凍ったお肉や魚、野菜などの食品、陶器や毛皮、布などの日用品が商品として売っている。


 「わたくしめが買い物を済ませておきますので、エリーとゼノン君は屋台で軽食を三人分買ってきて下さい。三人分、ですよ」

 「はいはい分かってますよー、じゃあ行こっかゼノン君!」

 「うん」


 マロンさんの分まで買ってこなかった過去があるのだろうか。

 かわいそう。


 市場の端の方には煙の立った屋台が並んでいて、ちょっとした人だかりができていた。

 煙の元にあるのは屋台によって違う。薄いパンみたいなものをかまどで焼いていたり、ジュージューといい音といい香りを出しながら骨付きのお肉を焼いていたり、真っ赤なスープを煮込んでいたりしている。

 どれもおいしそう。

 よだれが垂れてくる。


 「左から順にフォカッチュア、レインディアミーツ、ボルボシチがおすすめかなー!」


 さっきのパン、お肉、スープだ。どれも美味しそうで少し悩むけど―


 「レインディアミーツ食べたい!」

 「オッケー! 兄ちゃんレイン串三本ちょうだーい!」

 「あいよ!」


 エリーさんは「その答えを待っていた」と言いそうなくらいの満面の笑みを浮かべ、慣れた手つきで骨付き肉を購入する。

 屋台のお兄さんが串焼きにしていた片手サイズの骨付き肉を手に取り、一本を僕に渡してくれた。


 「肉はアチィし串は鋭でェから気ィ付けて食えよ!」

 「うん!」


 頷きながらお肉を頬張る。

 お肉の味がすごく濃い。噛むとジュワッとアツアツの肉汁が溢れてきて、口の中を潤す。そのまま飲み込むとお肉がストンと胃に落ち、冷え切った身体を温めてくれる。

 すごくおいしい。


 一瞬で食べきってしまった。

 舌も少し火傷した。


 マロンさんの所に戻ると、マロンさんは既に買い物を終えて荷物を馬に積んでいるところだった。

 なにを買ったのかよく見えない。

 少し気になる。


 もう町に用はないので、そのまま三人で館に帰った。行きは馬に乗れたけど、帰りは馬に荷物を積んでいたから歩きだった。そんなに距離はなかったけど、館までの道は上り坂だったし雪も道に積もり始めていたから結構疲れた。


 「これは荒れるねぇー」

 「ですなぁ」


 先行するエリーさんとマリーさんは雪の降る空を見上げ、そう呟いた。


 荒れるとはどういうことなのか分かったのは館についてからだった。

 風が轟々と吹き荒れ、前が見えなくなるくらいに雪が降りかかる。まるで雲の中を飛んでいるみたいだ。

 吹雪だ。


―――――


 そしてこの吹雪が闇を招き入れ、今夜、館に黒い影を落とす。

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