第4話 愛車

 ナオちゃんの愛車をいかつい顔だなと感じたのは、車全体のボディスタイルがボクシーと言うのだろうか、どこか攻撃的なフォルムに見えたからだ。それは台形をしたボディのバンパーやスポイラーなどが出っ張った形で突出していて、明らかに純正とは違う改造が施されていたからだ。


 実は私は自動車会社に勤務しているものだから、職業病というのだろうか知人、友人が愛車に乗ってくる度にどういった車に乗っているかチェックしてしまう。


 大雑把に見ている部分は乗ってる人がどのような傾向の車が好きかを車のからタイプから推察したり、フロントガラスに貼ってある車検時期を知らすシールから購入してどれくらいの月日が経っているかを確認する。


 ここを押さえておくと、次の買い替えタイミングと数あるラインナップ車種から押すべく車を選定出来る。つまり、のちのちの拡販活動につながるからだ。


 と、言っても個人的に車ってものは欲しい車種があったら相手から安くならないかと問い合わせてくるものだと思っているし、無理に勧めても逆に何かあるのじゃないかと勘ぐられるのも嫌なので、それほど真剣には活動していない。それが証拠に今まで拡販につながったことなどないし、ナオちゃんの車は購入してまもないものと思われたが、私の勤めてる会社のものではなかった。


 だからと言ってナオちゃんに「何でうちの車にしてくれなかったの?」と恨み言の一つも言うつもりはないのだが……。



 しかし、改めてナオちゃんの愛車を見て思うのは、彼女はやんちゃな車が好きで女性にしては珍しく車のカスタマイズに金をかけている。


 ややナオちゃんの外見とは似つかわしくない印象を持ったが、それはそれで個人の趣向だから口を出すべきものではない事は重々承知している。


「ナオちゃんの車、なんか攻撃的でかっこいいね。ずいぶんとお金かかったでしょう?」


「そんなにかかってないですよ。妹の彼氏に安くしてもらったから全部で50万くらいかな」

 

  充分にかかってるじゃないか。さすが独身アラフォーだけあって、私とは金銭感覚が違いすぎる。


 しかし、こんな輩仕様に50万ってぼられてるのじゃないかと一瞬思ったが、よく見るとホイルも変えているので相場より安いのかも知れない。


「へぇ~、ホイルも変えてるんだ。この車に似合っていてナオちゃんはセンスがいいね!」

 


 正直、ホイルの事なんかはよく分からないが、女性は褒めるに越したことはない。妻の尻に敷かれてる夫婦生活で得た教訓の一つである。


「ありがとうございます。車は足下からって聞いたことがあったので奮発したんですよ」

 


車が足下なんちゃらは初耳で聞いたことがなかったが、ナオちゃんのまんざらでもない表情から見て気分よくしてくれてるみたいだし良しとしよう。

 


私は通を装って車の外周りを意味なく一周すると助手席に乗り込もうとドアに手をかけた。

 


とたんに妻が「あんた、何してるの。ブヒムヒは助手席に座ってもナビとか出来ない役立たずだから後ろにいきなさいよ」

 


妻の言い草に腹がたつものの私はダメ男の代名詞である地図が読めない男なもんで反論は出来ない。



「お邪魔します」と言って後部座席に乗り込む。軽にしては意外とゆったりとした後部座席シートに腰を降ろしていると、妻が助手席に乗り込んで来て私が後ろで座っているのもどこ吹く風で勢いよく背もたれとシートを下げた。



「痛いじゃないかよ」と文句の一つも言ってみるが返事はなかった。


仕方がないのでドライバー側に体をずらしながらゴソゴソしていたら、「旦那さん。後ろ大丈夫ですか? もうちょっとシート前にしましょうか?」とナオちゃんが優しい言葉をかけてくれた。


なんとも心遣いの出来る気配りのある子じゃないか。これで、ナオちゃんの顔が自分好みだったら助手席でふんぞり帰ってる妻と交換したいってもんだ。いやいや実に惜しい逸材だと勝手に思った。


「大丈夫ですよ。ご心配なく」


「狭かったら遠慮なく言ってくださいね。それじゃ出発しますね」



 ナオちゃんはそう言うとエンジンキーを回した。


「ブォーン」と軽とは思えない低い音が車中に響く。どうやら、この女マフラーまで変えているようだ。

 

 車が走り出すと、妻は早速に私には出来ないナビを始めた。

「今日は日曜日だから車混んでるよね。極力国道は使わない方がいいよ」


「うんうん、だよね。なるべく抜け道使うようにするね」

 


 妻の実家から目的地の電気屋までの距離は10キロ弱と普通に走ると30分ほどで着くのだが、私たちが住んでる地域は京都なので、休日とか観光シーズンになると道が半端なく混むのである。


 国道にでも下手に出て渋滞に巻き込まれるものなら、いつ電気屋につくのか全く読めないのだった。道をあまり知らない私なんかはバカの一つ覚えで国道しか使わないものだから、よく酷い目にあっている。


 だから妻の言ったアドバイスはよく分かるものだった。ここは京都特有の入り組んだ碁盤の目を利用して臨機応変に道を進むのが得策といったところだ。


  但しこの行き方は運転に自信のない自分なんかにはあまりお薦め出来ないところもある。


 それは、京都の道は国道以外は狭く、一方通行も多いことから道を知らないと手痛い目にあうことが多かったからだ。

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