14.兄からの伝言(3)

 伝言は、森の風が吹く場所に気をつけろ。

 惣次は電話を手に空を仰いで、心でその言葉を繰り返していた。

 あの荒れ果てた別荘のリビングを吹き抜けたそれを感じたのは昨日。

 だがそれと、伝言の〝それ〟。

 同じものかどうかを推し量ってみても、答えなど出るはずもなかった。しかしあの兄は人を煙に巻くことはあっても、無意味なことのために無駄な時間を割く男ではない。伝言から感じ取った不穏を見過ごしてはいけないはずだった。


『……惣次?』

 呼びかけが届いたが、惣次は何も応えず足元の地面に視線を移した。

 この依頼を横澤から持ちかけられた時、疑念を感じていた。けれどそれは次第に別のものにすり替わり、薄れそうになっていた。

 そうなったのは自らの油断しかない。でも今は遅い後悔に向かうより、別荘の現状を確かめる方が先だった。

「あんず、悪い。今別荘を離れてるんだが、連絡を取りたいから一度電話は切る」

『あ、ちょっと待って惣次』

「……なんだ? あんず」

『関係ないかもしれないけどこの携帯に電話する前、僕は先に別荘の方にかけてみたんだ……だけど誰も出ないんじゃなく、最初から繋がらなかったんだ。別荘の電話が』

 惣次は無言で携帯電話を握り締めていた。

 本当に遅い後悔でしかないが、智を別荘に残さなければよかったと思う。あの少年や別のことに気を取られていたのは確かだったが、何よりそれ以前に事前の判断が全て甘かった。

 智をここに連れてくるべきではなかった。

 別荘では恐らく既に何かが起こっている。


「あんず、あとで必ずかけ直す」

 惣次は電話を切るとすぐに車に戻った。別荘に車を走らせながらハンドルを握る手には汗が滲んでいた。

 深夜に突然あんずの元を訪れた兄の言動と繋がらない電話。この二つの事柄は直結して絡み、生まれ出でた不穏を増幅させ続けていた。

 別荘までどうしてもかかってしまう時間と距離がもどかしかった。しかし戻らなければ何も確かめることはできない。惣次は携帯電話を手に取り、別荘に電話してみた。けれどやはりあんずの言葉どおり不通になっている。元から通じないのを承知で智の携帯電話にもかけてみたが、圏外であることを確認しただけだった。


 何もなければいい。

 晃一のことも不通の電話のことも何でもない、ただの偶然と不具合に過ぎない。あの伝言すらも戯れ。だがそれを確かめるまでは何一つ気を抜けなかった。

 惣次は再度電話を手に取ると、この話を持ち込んだ横澤にかけてみた。しかし呼び出し音が鳴り続けるだけで誰も出る気配がない。今更だがこの話を持ち込まれたその時から、あの男の思惑に引き摺り込まれていたのではないかと過ぎる。そう勘ぐれば、悔やむ思いだけが溢れていった。


 逸る思いを抱えて到着した別荘の佇まいは出発前と何ら変わっていなかった。

 ただ、一つ変化がある。

 黒のヴェルファイア、見覚えのないその車が家の前に横付けされている。

 惣次は少し離れた草の陰に車を隠すと遠目で別荘を窺った。

 あの場所で異変が起きているのは確実だった。

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