五、神9揃う

 翌週。ついに水谷区長がやって来る日が決まった。

 その日は朝から速水の事務所に水谷区長以外の神9全員が集まっていた。


 水科選手は画面で見るよりもずっと巨大だった。

 人類最強と言われるだけはある。


 高校時代の先生であった水木と久々の再会だったようで、嬉しそうに会話をしている。


 一方の垂水はものすごい美人だった。

 真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばし、真っ赤なワンピースを着ていた。

 この陰気臭い速水の事務所にはとても場違いで、急にそこに薔薇の花が咲いているかのようだった。


 リコは思わずうっとりと垂水を眺めた。


「神9のみなさん。今日は朝早くから集まってくれてありがとう。いよいよ、ついにこれから残る最後の一人、区長を迎えにいくことになりました。その後、全員そろって例の文字のところへ行って、まず区長に例のレリーフに触れてもらいます。で、そこで何か起こればいいのだが、何も起こらなかったら、次は全員同時に自分の文字へ触れてみようと思う」


「それでも何も起きなかったら?」


 バルが聞いた。


「1から順番に触れるとか、試してみたいと思う」


「危険はないんでしょうね?」


 垂水が言った。少し怒っているような口調だった。


「まあ、確証はないが、これは我々の先祖が作ったものだ。危険なものにする理由はないだろうと私は考えている。それとも、君たちはこれが危険かも…でやめたりするのか? ここまで来て?」


 リコとジュンを含む何人かはブンブンと首を横に振っていた。垂水はフンと鼻をならしてそっぽを向いた。


 リコはこんなすごいことに対して、興味ないような態度を取れる垂水をある意味すごいと思った。


(でも、本当に嫌だったら来ないはずだ…絶対本心は興味津々なはず…)


 リコは心の中でそう思った。


「じゃあ、区長は私と垂水さんで迎えに行こうと思う。いいかな垂水さん」


 垂水は急に使命されて驚いているようだった。


「え、何で私が?」


「区長の性格をちょっと調べたんですが、恐らく、垂水さんのような上品な方に同行いただいたほうがこちらを信用してくれそうな感じでしてね…」


 この言い方に垂水も気をよくしたらしく、いいわよ、と同行を承諾した。


「じゃあ、他の面々は例の通路の前で待っていてくれ。通路の中には入らないように。万が一、これは可能性としてはかなり低いと思うが、万が一区長が神9で無かった場合、その時に中にいるとどうなるのかわからないからね…」


「え、もしも区長が来て通路が閉じたらどうするんですか?」


「うーん…その時は大ピンチ。みんなで逃げよう」


 速水はあはははと笑ってみんなを呆れさせた。

 だが、ここにいる全員が解っていた。水谷区長は十中八九神9であろう。


 速水と垂水が区長の元へと向かい、残りのメンバーは例の通路の前へと向かった。


 しっかりと開いている通路の前に揃って並ぶと、ちょっと私たちかっこいいかも…とリコは思った。

 この地下都市のシステムに一目置かれているのだ。特別な人間であると。


 リコは、これまで接点のなかった人たちと不思議なめぐりあわせで今こうして一緒にいることに感動を覚えていた。


 自分がよく知った道でも迷子になる性質でよかった…と心底思うのであった。


 しかし、そのせいでまたバルと顔を合わせて気まずい思いをしていることも同時に思い出した…。


 そんなバルの様子をチラ見すると、ジュンと楽しそうに話をしていた。

 リコはその間にはとても入れそうもないと思い、清水の傍へと寄ってみた。


 普段は上司と部下みたいな関係であるが、ここに来ると同志みたになって不思議な感じだ。


「どうした。元彼と今彼が楽しそうに話してるのを見て複雑な気持ちにでもなったか?」


「ち、違いますよ。それにジュンは彼氏じゃないし」


「そうなの? 前からよく一緒にいるから彼氏なのかと思ってたよ」


「大人って男女が一緒にいるとすぐ恋人かと勘繰りますよね。悪いクセですよ。今どき異性が恋愛対象とも限らないわけですし」


「はは、それもそうだな」


「ねえ、清水さん。神9が揃ってこれ、どうなると思います?」


「うーん、そうだな…外への扉が開くとか?」


 この清水の言葉を聞いてリコは心臓がドキンとなるのを感じた。

 自分と同じことを考えている人がここにもいた!!!


「わ、私もそう思ってたんです!!!」


「まあ、普通に考えてそう思うよな…まさか、お前、外に出ようとか思ってないだろうな?」


「え? 出たいですよ! 清水さんは出たくないんですか?」


「え? 見てみたいとは思うけどさ…お前、怖くないの? お前の力量だと…そう、たぶん速攻死ぬぜ??」


「ああ…それジュンにも言われました。それで私が出て行くなら着いて来てくれるって…」


「え? そうなの? すげぇなそれ。ジュンくんやるなぁ。俺だったら惚れちゃうなぁそんなこと言われたら…」


「そんだけで?! 清水さんて案外ちょろいんですね」


「おまえな…」


 ここで速水から連絡が入り、水谷区長が80層に到着したことが全員に告げられた。

 全員お喋りをやめて、緊張したおもむきで一列に並んだ。


「余計なことするなよ…特にリコ…」


 清水にお灸をすえられて、リコはピンと背を伸ばした。


 やがて、通路に区長の姿が見えた。

 速水と親し気に話しており、良い雰囲気のように見えた。


 どうやらご機嫌の様子だ。


 区長が現れても例の通路は開いたままだった。

 これには全員がほっとした。


 速水は一通りメンバーを紹介すると、区長をレリーフのある壁へと続く通路へと案内した。

 みんなはそれにゾロゾロ連なってついて行った。


 リコが《氷》であることを告げられた時、区長は少し驚いた顔をしていた。

 きっとこんな小娘が…と思ったのだろう。

 ここに立っているのが父親だったら区長はそんなに驚かなかったかもしれない。

 残念ながらそんなことは永遠に起こらないだろうけど。


 レリーフの前に到着すると、区長はまじまじと壁に刻まれた文字を眺めた。

 そして、それに触れた。


≪起動しました。DNA鑑定開始。《水4》に一致しました。残りの鍵を解除してください≫


 これまでと同じセリフが繰り返された。

 少なくとも全員1回ずつは触れているはずだが、それでは条件を満たしていないようだ。


「区長、ここにいる全員でレリーフに触れてみたいのですがよいでしょうか?」


「ふむ…」


 安全面がどうのこうの言うかなと思ったが、個人的好奇心が勝ったようだった。


 今度は全員同時に触れてみる。


≪DNA鑑定開始。《水1》《水2》《水3》《水4》《氷》《水5》《水6》《水7》《水8》すべてに一致しました。ロックを解除します≫


 ガゴンと何か壁の向こうで動く音がした。


≪ロックが解除されました。最初の起動から1210585秒経過しています。管制室の空気圧、気温共に正常値まで上昇済。安全に入室いただけます。扉を開きますか?≫


 その言葉が終わると同時に、水と氷のレリーフの下に《YES》《NO》という文字が出現した。


 その場にいる全員が顔を見合わせた。


「何かが開くってこと?」


「安全って言ってますよ」


「いやここは委員会を立ち上げてだな…」


 リコはここで《NO》を選択したら二度とここには来れないし、このチャンスも巡って来ないであろうと本能的に感じた。

 そして何も考えずに《YES》に触れた。


「あ、こら! リコ!!!」


 清水とジュンとバルが同時に叫んだ。

 だが遅かった。リコはしっかり《YES》を押していた。


最高権限保持者による《YES》を感知しました。これより管制室の扉を開きます≫


 ガタンと床に振動が伝わって正面の壁がゆっくりと持ち上がり開いて行った。


 そして、その先に、見たこともない部屋が広がっていた。


(つづく)

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