第21話「英雄の末路」
「む、無茶苦茶ですねっ……これがノバラ最強のっ、魔王様も認めた逸材か……!!」
宣言を叩きつけたアルバハ、叫びと共に吹き荒れた風でカエディスの視界を遮った一瞬で高く飛び上がり、観客席へ飛び込んでイチカの奪還を試みた。
しかし、闘技場のフィールドと観客席の間には魔力を抑える細工がしてあるのか、観客席に入った途端動きが鈍化。
すぐに反応した魔獣によって、アルバの体はフィールドへと叩き戻された。
だが、それなら全員倒すだけだとアルバは剣を抜き、手始めに自身をフィールドに押し返した魔獣の首を飛ばす。
その後も次々と巨大な体躯をした魔獣を斬り伏せ、数十体いた魔獣は瞬く間に三体まで数を減らした。
「魔眼……思ったより厄介だ。だが……」
ふんっと鼻を鳴らしたカエディスが片手を上げる。
その合図を待っていた人たちは素早く動き、観客席から何かを下ろし始めた。
咄嗟にアルバは瞼を固く閉じ、魔力探知の感度を高める。
「……人?」
「そうです。ここにいる全員、魔族が発生させる瘴気に魔力を汚染され、魔力透析が必要になっている患者です。今は安定していますが、あなたの魔眼に見つめられ、魔力が止まれば……どうでしょうねぇ?」
「っ!! この外道!!」
「なんとでも。我々の魔王様は結果を求めていらっしゃる。弱い者は魔王様の世界では生きていけないのです」
観客席からフィールドの壁に吊り下げられたのは、縛られて意識を失っている男女十一人。
年齢も性別もバラバラだが、その誰もが顔色悪く、とても長時間耐えられそうにはない。
そして等間隔にフィールドの壁へと並べられた患者の中に、イチカもいた。
魔力を止めるわけにはいかない患者が、ぐるりとアルバを取り囲んでいる。
瞼を開けば、誰かしらを視界に入れてしまうような状況。
先程までのように、魔獣に接近した瞬間だけ魔眼を使用するような戦い方でも、誰かを視界に入れてしまう可能性が高まってしまった。
「あぁ、連絡橋の方は、万事上手く行っているようですね。完全な籠城体制に入ったようですよ」
カエディスは近寄ってきた仲間の耳打ちに、満足そうに頷いた。
魔王教の襲撃は五箇所あるが、どこも連携はほとんど取っていない。
それぞれに魔王教としての矜持がバラバラで、やり方も方針も違うからだ。
だからこそ、厄介と言える。
現に魔王教に抑えられた病院、連絡橋、放送局、ショッピングモール、街を巡回する路面電車の事務所は、それぞれ別の魔王教集団が動いている。
そのうち、ショッピングモールと路面電車の事務所はノバラによって早々に奪還されているものの、他にはまったく影響がないのだ。
普通、連携している一つの団体であれば、一部が奪還されれば少なからず動揺が走る。
しかし魔王教には横の連携がほぼないため、あいつらダッセェ! 魔王様には自分たちの方がふさわしい!! と逆に指揮が上がるほど。
まったくもって、厄介な集団だ。
「さて、ではこちらもそろそろ終わりにしましょうか。とはいえ、我々の目的はほぼ達成されているようなものですが」
「達成している……?」
「そうです。我々の目的は大きく分けて二つ。共通の目的とも言える一つ目は、あの俳優が魔王様の素晴らしさを伝えたことで達成されています。そしてもう一つ、我々の目的は――ノバラ最強のアルバ・ライナ。あなたを亡き者にして、人間の抵抗力を削ぐこと」
「っ……」
周囲に魔力を止めるわけにはいかない人に囲われ、巨大な魔獣も三体残っている状況に、さらなる戦力が導入される。
奥にあった大扉から現れたのは、戦闘に心得のありそうな人間が数十人と、大型犬くらいの大きさをした魔獣だ。
複数の敵相手に戦う訓練を、アルバは何度も受けてきた。
戦うだけなら何も問題ないだろう。
しかし、壁には魔力を止めれば命の危険がある人たちが吊るされ、魔眼は使えない。
そうでなくても、大きくふっとばして距離を取るといった大胆な戦略が取れないのだ。
至近距離での戦闘が必須で、制御のできない遠距離攻撃は禁止、しかし向こうに制約はなく、周囲に危害が加わるのであれば防がなければならない。
制約に制約が加われば、ノバラ最強、未来のローズ最強と囁かれるアルバであっても額からは冷や汗が流れた。
(もういっそ、イチカだけでも……)
魔力が瘴気に汚染されている人は、魔力の循環が止まれば止まった箇所から体は汚染されていく。
しかし、一時的に苦しむかもしれないが、すぐに死にはしないはず。
対してイチカはすぐに死ぬかもしれない。
死ななかったとしても、もう二度と目覚めないかもしれない。
これまで触れ合った時間、寄せる想いを鑑みれば、判断はすぐに出るのだが。
(それは、違う。そんなの、ダメだ)
自分しか助けられないから、ノバラではなくリタールにいるのだと、イチカに説いたのは自分だ。
世界を救う、なんて大層なことを言うつもりなんてない。
でも、自分の見えている、手の届く場所を世界と定義するのなら、アルバは世界を守りたい。
守らなければ、いけない。
そうしなければ、アルバはきっと、誰からも必要とされなくなるだろうから。
魔獣に囲まれた恐怖とは別の恐怖が、アルバの背筋を冷たいものとなって撫でていく。
震えそうになる体を抑えて、アルバは持っていた剣の感触を確かめた。
(戦わなきゃ……)
それがアルバの存在意義なのだから。
(勝たなきゃ……)
それがアルバの存在を証明する。
(みんなを助けて、守って……)
望んでもいないのに与えられた魔眼を持つ自分は無害である、そう示し続けなければ。
少し油断を見せると顔を出す孤独への恐怖が、ちらりと頬を撫でるのだ。
静かに這い寄る恐怖を振り払うように、アルバが深く息をついたとき、ふと違和感に気がつく。
「これは……魔力水?」
「よく気が付きましたね。言ったでしょう? 我々は医療従事者です。患者が苦しまないように手は尽くしますよ」
にんまりとカエディスは笑う。
魔力水、その名の通り、魔力を水に溶かし込んで魔力の循環を助けるもの。
普通は点滴などに使用して患者の体内に入れ、魔力不足の人や魔力が汚染されている人の回復を促すものだ。
しかしカエディスはそれを霧として、この闘技場に発生させている。
「これが狙いで……!」
徹底して、カエディスはアルバを討伐するために準備を重ねてきていた。
最も厄介な魔眼を使用できない状況に加えて、魔力水を空間に充満させることでアルバの魔力探知も精度が下がる。
加えて地下という密閉空間ならば、風を起こしても霧をすべて払拭するようなことは難しいだろう。
目も、感覚も、奪われた。
瞼を開けば戦うことはできる。
だが、それはできない。
どこまでカエディスがアルバの行動を予想しているのかはわからないが、完璧に抑え込まれているのは確かだった。
「っ!!」
地面を蹴る音がして、アルバは咄嗟に剣を構えた。
次の瞬間には硬質な音が響き、近づいたことで小型の魔獣が牙を向けてきたのだとわかる。
剣を払って魔獣を押しのけるも、次々に魔獣は時間差で攻撃を仕掛けてきて、かと思えば飛びかかってくる魔獣の合間に人間の気配も混ざっていた。
対魔族軍事機関が使用する剣、チート・キームズには斬る力と叩く力がある。
魔族には剣として斬り、人間には警棒として叩く。
そうすることで人を殺さずにいられるし、アルバはその切り替えがトップクラスに早い。
しかし、相手がどちらであるかがわからない以上、迂闊に剣としては使用できない。
警棒としてのチート・キームズでは、耐久性が人間より遥かに高い魔獣を止めることはできなかった。
「アッハハハッ!! 能力を使えなければ、ノバラ最強でも無様だなぁ!! あなたも災難ですねぇ! 魔眼なんて持ってしまったばかりに、英雄として崇められ、同時に誰からも嫌われる!! この国は異物を認めない!!」
観客席という安全な場所から闘技場のフィールドを見下ろし、カエディスは抑えられない高揚感のまま、声高らかにアルバを憐れむ。
「なんでわかるのかって? 俺も同じだからさ。家が医者の家系だったからな。必要なものは手に入る。頭も良い方だった。子どもの頃はそれで褒められたさ。だが天才とて過ぎれば、異物として気持ち悪がられる。俺は強い疎外感を覚えた。そこに現れたのが魔王様の使者!! 魔王様は俺をずっと見ていてくださった!! 俺を必要としてくれた!!」
恍惚の表情で語るカエディスは狂気じみた魔力の揺らぎをしていて、それがアルバを襲う魔獣や人間に伝播し、力が一層強まる。
共鳴、とでもいうのだろうか。
今、この闘技場内にいて、カエディスに同調している生き物は、力を強めた。
「お前はいずれ、一人になる。これから先、お前が人間の世界でどんな功績を上げても、上辺だけの祝福で、心の中では恐怖に染まり、腫れ物に触るかのような扱いを受ける。お前はこれから一生、そんな人生を送るんだ」
アルバが最も怖がっていることを、カエディスは的確に突き刺す。
程度の違いはあれど、カエディスはアルバと似た境遇だ。
カエディスの言葉は、じわり、じわりと、毒のようにアルバの心を蝕み。
「――アルバは一人になりません」
真っ直ぐな一声によって、忍び寄る闇は吹き飛ばされた。
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