異世界キッチンカー ~ハーフエルフの料理人~

鉄火場好太郎

辺境の港街フェルゼン

 その中央広場に、一台の見慣れぬ馬車が停まっていた。ただの馬車ではない。

 側面には大きな開閉式の窓があり、そこから調理器具が並ぶカウンターが覗く。

 広場を吹き抜ける潮風に乗って、香ばしい匂いが周囲に広がった。


 「……なんだこれ?」


 昼下がりの広場には、漁師、商人、旅の途中の冒険者たちが行き交っていた。

 港町フェルゼンは大陸と海をつなぐ交易の拠点であり、異国の文化が混じり合う街でもある。

 それでも、キッチンカーというものを見た者はほとんどいなかった。


 掲げられた看板には『アカのキッチンカー』と書かれていた。

 やがて、その中から長い金髪を一つに結んだ女性が姿を現す。


 尖った耳が特徴的な、ハーフエルフの料理人――リーファだった。


 「いらっしゃいませ! 本日のおすすめは《赤ちょうちん特製ポトフ》と《鳥フリッター》です!」


 明るく声を張ると、戸惑っていた客たちも少しずつ興味を示し始める。


 「ポトフ? どんなもんだ?」

 「エルフの料理か? なんか薄味そうだな……」


 そんな声も耳に入ったが、リーファは笑顔を崩さない。

 鍋の蓋を開けると、立ち上る湯気の中に、芳醇な出汁の香りが広がった。

 彼女は木製の器にスープを注ぎ、大きくカットされた具材を丁寧に盛り付ける。


 「どうぞ、お試しください! よく冷えたエールも一緒にどうぞ!」


 最初にポトフを口にしたのは、鍛冶屋の親方だった。

 熱いスープに浮かぶのは、じっくり煮込まれた肉、甘みの増した根菜、そして出汁をたっぷり吸った具材たち。


 「お、おお! これは……うまい! 口の中でとろけるようだ……! こいつは、野菜か?」


 リーファは微笑みながら答えた。


 「ホルンルートっていう野菜です。」


 「ホルンルート? なんだそりゃ? 聞いたことないが、毒とかじゃないだろうな?」


 親方が少し身を引くと、周囲の客も興味津々に鍋を覗き込んだ。

 リーファは冷静な口調で答える。


 「この辺じゃ珍しい食材かもしれませんね。地中深く伸びる根菜で、じっくり煮込むと甘みが増してとろとろになりますよ」


 「ふむ……確かに、これは旨い……!」


 鍋の中には、厚揚げやこんにゃく、卵などもじっくり煮込まれ、しっかりと出汁が染み込んでいる。

 リーファは串を手に取り、おでんのように一つずつ具材を取り出しながら客に提供した。


 「これ、練り物も入ってるのか? すごくいい香りだ!」

 「ええ。この辺では焼いて食べるのが一般的だけど、こうして煮込むことで、しっかり味が染みて美味しいですよ」


 周囲の人々もその様子を見て、次々とポトフを注文し始めた。


 「お姉さん、この鳥フリッターってどんな味?」


 今度は好奇心旺盛な少年が尋ねた。


 「スパイスを効かせて、外はカリッと、中はジューシーに揚げているよ。この特製マヨソースをつけて食べると、もっと美味しいよ」

 「うん、食べてみる!」


 少年がひと口かじると、スパイスの香ばしさと鶏肉の旨味が口いっぱいに広がった。

 マヨソースは、卵と油をベースに作った特製の調味料。

 これらは異世界人の父親のレシピに残されていた料理の一つであり、ポトフもまたその中にあった。


 「うまい! これ、もっと食べたい!」


 やがて、キッチンカーの前には行列ができるほどの盛況ぶりとなった。

 リーファは笑みをこぼしながら、次々と料理を提供していく。


 ふと、彼女は空を見上げた。風が気持ちよく頬を撫でる。


 「大成功みたいね」


 王宮の紋章が入った外套を羽織り、その下には庶民のメイドが着るような実用的な服を纏った女性――第二皇女シルビアが、少し離れた場所からこちらを見ていた。


 リーファはひと息つきながら、軽く手を振る。


 「まだ始まったばかりだけどね。でも、とうさんのレシピ、絶対に完成させるよ」

 「期待してるわ。でも私は人間だから、のんびり待ってたらエルフの時間じゃあっという間におばあちゃんになっちゃうかも?」

 「ふふっ、大丈夫。そんなに待たせないよ」


 二人は笑い合いながら、どこまでも広がる青空を見上げた――。

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異世界キッチンカー ~ハーフエルフの料理人~ 鉄火場好太郎 @KOUTAROU_T

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