第19話 閃輝

 ドアを開けると、加瀬先輩が迎えてくれた。

 蓮見先輩が軽く背中をトントンと叩く。

 俺はうなずいて上がらせてもらった。

 中に入ると、言葉通りの勢揃いだった。ソファには凪と楓が並んで座ってる。

 先輩達はダイニングで座ってる和紗先輩を囲むように集まっていた。

 加瀬先輩は和紗先輩の横に笑いながら座っていく。

 俺はソファの二人に目を向けた。

 楓は緊張してるようだった。

 ただ一人、ソファ側にいた実樹先輩と二人が会話してる。時折笑うが、どこか硬かった。

 反対に凪は、先輩達に会う前のようにはしゃぎ笑って実樹先輩と話している。でもそれは以前のような周りに合わせるのではなくて、本当に楽しそうに笑っている。

 何が起きた?

 楓が緊張してるのは、凪の明るさがどう見ても違和感を覚えたからだと思う。

 実樹先輩も少し驚いてるようだ。

「ちょっと結希、凪になに吹き込んだ?」

 実樹先輩が振り返って聞いた。

「失礼ね、何でもあたしを原因にしないでくれる?」

「お姉ちゃん、わたしでもないからね?スイッチ入れたのは絵里だから」

「真希さん、困るとあたしに転嫁するクセ、そろそろやめてもらえません?」

 そんな三人のやり取りを見て凪が楽しそうに笑う。

「楓、話、してもいい?」

 不意に笑いを切って、凪が楓に話しかけた。

 全員が沈黙する。

 楓は少しだけ動揺した顔を見せたけど、すぐ凪の顔を正面から見ていた。そこに怒りや嫌悪の色がないのを見て俺はホッとした。

「あたし、楓嫌いだった。あたしは隆一が好きで、楓がうらやましかった。でも……」

 そこで言葉を切ると、加瀬先輩と和紗先輩、結希先輩の三人の方を見た。

 三人が笑顔を向けると、本当に楽しそうに、子供がする自慢顔のような笑顔を返すと、楓に向き直った。

「やっぱり、楓ともいたい。隆一ともいたい。だから、楓がいいならこれから楓と新しい関係作らせて」

 泣き顔で訴える顔や切羽詰まった顔ではなかった。作った笑顔でもない。どこか、違う凪だった。

 凪は楽しそうに笑ってるだけ。でも、言葉でうまく表現出来ない、強さ、みたいなのを感じる。

 言われた楓は……やっぱり笑顔だった。

 それも、初めて見る、嬉しそうな笑顔。

 楓も作ったものではない、素の顔の笑顔。

「いいよ。凪相手に顔作るのも疲れたから」

「楓のそういうとこ、嫌われない?これだから外面アイドルとか言われるのよ」

「それ今聞いたんだけど?誰、そんなこと言ってんの?」

「あたしじゃないことは確か」

「凪のそういう大事なところスルーしようとするのこそ、直した方がよくない?」

「あら、そこがいいって言われたわよ」

「その本音が見えない笑顔に騙される奴多いのね」

「あら、滅多に笑わない楓に言われたく──!」

「え、え?実樹さん?!」

 楽しそうな顔の実樹さんが二人をまとめて抱きしめた。

「ちょっと結希、梓、あんたらどうすんのよ、この子達こんなにして?」

「失礼な。あたしは何もしてません。勝手にこの子達が変わったの。きっかけ作ったとしたらあたしじゃなくて梓」

「はあ?あたしは楓にご飯ご馳走しただけよ?」

「後輩ダシにして一人だけ美味しいもの食べに行ったのね。あたしみたいに凪に料理振る舞ってこそ、ご馳走したことになるんじゃないの?」

「それはなに?あたしが独りだから振る舞いも出来ないとでも?」

 会話だけ聞いてるととてつもなくギスギスした言葉のやり取りを、三人は楽しそうに交わしていた。さっきの凪と楓もそうだった。

 女って、こういうもんなのか?

「隆一、ここにいる女性陣をデフォにすると、この先大変だよ?」

 蓮見先輩が苦笑いしながらそっと俺に言った。

「俺、来なくてもよかったような」

「そんなことない。たぶん、あの二人はお前も入れた三人がご希望だと思うぜ?」

 反対側から瑞樹先輩が人の悪い顔で言ってくると、軽くポンと俺の肩を押し出した。

 軽くよろけて実樹さんに抱きしめられた二人の前に立つことになった。

 実樹さんが、ヤレヤレと言った顔で二人から離れた。

 二人は視線を合わせて笑い合ってる。

 なんだろう、この振り回されるだけ振り回された上で、ハシゴを外された感というか、俺だけ置いてけぼりにされた感というか、何とも言えないこの感覚は。

「ここに、俺いる?」

「当り前。楓、文句なんか聞かないからね」

「え?」

 言うなり凪は俺に抱きついてきた。

 俺はわけがわからず、パニック寸前。

「隆一がどう思ってもいい、あたしの好きは変わらない。でも、隆一が振り返るような女になるつもり。だから、もう一回。

 隆一が好き。一緒にいてほしい」

 何をどうしていいかわからず、助けを求めるように楓を見た。

 楓はため息一つつくと、俺の後にまわった。

 いきなり尻に衝撃が走る。首だけ振り返ると、蹴り終わった体勢の楓が睨んでた。

「あたしの友達が身体張ったんだから、あんたも正面から応えなよ!」

 じっと睨む楓の瞳の中に色んな物が混ざっていた気がした。でも、それは男の俺が口に出してはいけない気もした。

 俺は凪をそっと離し、正面から見つめた。

 隆一は誰の笑顔が見たい?

 蓮見先輩に聞かれたとき、凪の顔が浮かんだ。

「俺でいいの?」

「決まってんじゃん。けど、楓の代わりとかは出来ないからね?」

 凪が上目遣いに睨む。

「凪がいいんだ」

「許す」

 凪はそう言って満面の笑みを浮かべて、もう一度おれに抱きついた。

 俺はようやく、鎖が解けた感覚にホッとした。

 振り返ると、楓がドヤ顔に近い不敵な笑みを浮かべてる。

 あ、先輩達が見てたんだ。ヤバ……い?あれ?

 先輩達、正確には結希先輩と蓮見先輩を除く人達が苦しそうな顔になるくらい笑ってる。

 結希先輩はしかめた顔、蓮見先輩は苦笑いしてる。

「よかったじゃない、ちゃんとあんたの蹴りは受け継がれてる」

 本当に涙を浮かべるほど笑っている実樹さんが言った。

 不思議そうな俺たちにやっぱり笑ってる和紗先輩が説明してくれた。

「昔ね、梓さんが始に告白した時、動揺して固まった始の尻蹴っ飛ばしたのよ、結希さん」

「あのタンカもよかったよ。本当に結希みたいでかっこよかった」

 実樹さんが嬉しそうに言ってくる。

「じゃあ、弟子がまた増えるんだ、結希?」

 トドメを刺すような笑顔で梓先輩が付け加える。その視線が楓に向くと、楓はにっこり笑って梓先輩のそばに行き、腕を抱きしめるようにくっついた。

「う、うるさいな。弟子はこの二人と和音で十分よ」

 言われた加瀬先輩が満足気にドヤ顔を浮かべる。

「あ、じゃあ真希先輩の弟子ならいいんですよね?」

 その言葉に何故か沈黙が覆った。

「あたし、真希先輩みたいに本気でなりたくなりました!」

 微妙に空気が重い感じがしたのは俺の気のせいだろうか?

「い、いや、凪、冷静にね?」

 いつもは動じない和紗先輩が動揺してる。なんでだ?

 実樹さんに至っては露骨にうわぁ~って顔になっていた。そんなにひどいことか?

「なんかみんな凄い失礼じゃないですか?」

 加瀬先輩がむっとして先輩達を見た。

「本当にそう思う。真希先輩……いえ、真希さんはスゴイとあたし思ってます!」

 俺にくっついたままの凪が言った。

 うんうんと満足気な加瀬先輩。

 それをキレイサッパリ無視して、和紗先輩がくっついていた俺と凪を離し、正面から凪を見つめた。その顔はどこか必死さすらあった。

「いい、凪?真希さんがスゴイのは認める。あたしがいまだにくっついてるくらいだから。

 でもね、それは真希さんの荒っぽい発想を皆が納得出来る形に慣らす役と、それを自然な形で実行する役の両方がいて成り立ってるの。あたしと始がついてなかったら、単なる衝動で動く迷惑な人よ?」

 加瀬先輩と俺達を除いた全員がうなずいてる。蓮見先輩までうなずくとは思わなかった。

「それ、失礼通り越して酷くない?結希さんまでうなずくんですか?」

 結希先輩が、これも珍しくしどろもどろに答えてる。

「そうですよ。あたしは真希さん尊敬してますから」

 凪が嬉しそうにドヤ顔で宣言した。

「隆一」

 瑞樹先輩が困った様子で俺に話しかけた。

「お前、頑張れよ?並大抵な苦労じゃないから」

 え?ええ?

 困惑気味の俺に凪が顔を向けた。

 頭に浮かんだ笑顔が、そこにあった。

 これが見れるなら問題ないかな。

「これが俺の彼女です。苦労も楽しみです」

 俺の口元にも、ようやく笑みが浮かんできた。




 

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