第3話 邂逅
一学期の期末を終えたあたしは、溜息をつきながら筆記用具をカバンにしまっていた。
全附属の推薦を決める統一試験まで後三カ月と少し。みんなラストスパートをかける時期にかかる。
面白くない。
あの日から、あたしは何をするにしても気力が続かなかった。
先輩にフラれたこと、あらためて認識させられたこと、それはそれでキツイ。
それより一番キツかったのは梓さんに負けたと思ったこと。
勝ち負けじゃないのも、そもそも勝負にすらなってないのもわかってる。
でも、本当なら恨んで憎む対象に憧れを抱いた。こんな女になりたいって。
だから負けたと思った。
先輩の横に並べず、女としても負けて、あたしはなんなんだろう。
極端過ぎるのも自覚がある。でも納得したくない自分もいる。
堂々巡りの思考に、自分自身が疲れていた。
「楓、大丈夫?」
横の席から、梨美──
小さい顔にメガネが似合う子で、付き合いは長かった。後ろで束ねた黒い髪が揺れて、そばに寄ってきた。
「顔色ひどいよ?保健室いこ?」
顔色?寝不足続いてたからかな?
「たぶん大丈夫」
立ち上がろうとしてヒザから落ちた。力が入らなかった。
崩れそうになるあたしの腕をつかんで男子が支えてくれた。
「大井……」
それだけ言えた後、あたしは意識をなくした。
目を開けた時、見慣れない蛍光灯と天井が見えた。
「姉ちゃん、頼むよ」
「あんた、あたしを売って自分の職場を確保する気?」
「いや、そういう見方されても。山上先生、姉ちゃんのこと気に入ってるからさ。木乃香さんも賛成してるし」
「このかちゃんの言うことなら何でも聞いて姉の言い分聞かないわけ?」
「いや、子供みたいなこと言うなって」
「教育実習決まってるんだから、ウチに赴任も決まったようなもんでしょ?」
「だーかーらー、俺の赴任と関係なく、見合いの話」
カーテンの向こう側から、男女の声が聞こえる。
薬品の匂い……。保健室?
あたしは寝ていたベッドを確認して、ゆっくり起き上がった。
「あ、起きたのかな?」
カーテンが開けられ、小柄な養護教諭が顔を見せた。水沢先生、一部男子に人気のある先生だ。
「大丈夫?」
「はい。あたしは……?」
「貧血。クラスの子達が運んでくれた。顔色は少しもどったかな?親御さんには連絡しといた。迎えに来るって。それまで寝てなさい」
「あ、でも、大丈夫です」
水沢先生は軽い溜息をついた。
「少なくともあたしの指示は従う義務があなたにあるのよ?まあ、いいわ。克也、冷蔵庫の中に漢方系の栄養剤あるから出して」
背後に声をかけた。随分気安い感じがした。
あ、姉ちゃんって言ってた。姉弟?
「こっちいらっしゃい」
あたしは言われるまま後に続いて、デスクのそばのイスに座らせられた。
見かけない男性が立っていた。
整った顔立ちに、清潔そうな雰囲気。
いや、顔は見たことがあった。
蓮見先輩が会長席についていた頃、飾ってあった男女の写真の中にいた。
「あ、弟。OBよ」
「水沢です。よろしくね」
あ……。
「70期マフィア……」
つぶやいた言葉に、男性──水沢さんは苦笑いした。
「まだその名前残ってんのか」
「この子、確か生徒会にいた子よ?」
「へえ?じゃ、真希や始の後輩だ」
「まあ、あんた達みたいな問題児はそうそういないわよ、」
「個性的と言えよ」
兄さんが言ってた人達の一人だ。
「あの……」
水沢さんはあたしの方を向いて微笑んだ。
「どうした?」
「どうしたらそんなに仲良くなれるんですか?」
あたしの問いに二人は顔を見合せた。
「姉弟?それとも仲間?」
「仲間……って、よくわからないんです。普通の友達じゃダメなんですか?」
自分がどんな答えを求めているのか、よくわからなかった。ただ、誰に聞いても彼らは違う、と言われる人達はどんな人間関係なのか知りたかった。
水沢さんはじっとあたしの目を見ていた。
「そうだな。友達ではないな、あいつらは。都合のいい存在ではなく、誰かが必要としていれば勝手に集まって手を貸す。いらなければ、それぞれ勝手にやってる。でも忘れない。仲間とはそんなもんだと俺は思ってる。」
さっきの優しそうな空気ではなく、真剣な目をしていた。
「君は何を信じていいかわからない。自分すらも」
あたしは、それすら認めることができなかった。否定があたしを肯定する一番になってしまっている自覚があった。それがよくないことも。
「あたし、蓮見先輩に告白しました」
唐突にあたしは切り出した。
二人はかすかに驚いたようだったけど、大きく表情を変えなかった。
「先輩は顔色一つ変えずに、待っている人がいるからって」
「あいつらしいな」
水沢さんは納得した笑みを浮かべていた。
「梓さんにも会いました。あたしが梓さんと同じ匂いを感じた、と。あたしが先輩に告白したことを知った後でそう言いました」
誰でもよかったのかも知れない。こんな迷いまくった頭の中を誰かに聞いてもらえたら。それも、同じ目線ではない人に。
今のあたしが求めたものはそれかもしれなかった。
「あたしが仲間達の後輩で、想いは憎まれてでも吐き出させた方がいい、と」
水沢さんの眉が軽く上がった。意外に思ったのだろうか?
「梓さんの言う仲間ってどんな人達か知りたくなりました。だから聞きました」
「では、会ってみるか?」
「克也、荒療治すぎない?」
「昔の俺みたいだから、さ。瑞樹や木乃香さんにに会う前の」
水沢先生は何も言わずに溜息をついた。
「ついでにこのかちゃんにも会わせてあげな。御堂さん?だっけ。あなたの他に一緒に連れてきたい子がいたら連れておいで」
「ああ、丁度明日、久しぶりにフルメンバーが集まる。どんな奴らか見てみて、赤裸々に話してみるのもいい。観察するのもあり。強制や命令は俺は嫌いだからね」
あたしはじっと水沢さんの目を見て、そしてうなずいた。
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