へそ曲がりの恋愛模様 僕とあの子のインフラストラクチャー2

KUROSAAB(クロサーブ)

第1話 兆し

 あたしはスーパーで買い物しながら、今夜の夕食を考えていた。

 最近、特に食べるのよね。まあ、あたしもか。

 体重は変わってないけど、ちょっと注意しとこ。

 魚、お肉、野菜……あいつ、そういえば食べられないとか苦手って言ったことないわ。無理してんのかな?

 そんなことを考えはじめると夕食の献立がますます決まらなくなる。

 食べられないものは見当たらないけど、一番の好みが難しい。

 以前に聞いた時は、意外にも漬物、ごはん、味噌汁の3点セットと言っていた。ごはんがとにかく好きなのは一緒に暮らし始めてから知ったことの一つ。

 作る方としてはちょっと物足りないけど、ごはんを頬張る顔を見てるとこちらまで笑顔になってしまう。

 じゃ、時雨煮かな?お肉と魚、どっちで作ろうかな。

 どっちが喜んでたかな?

 食べた時の顔を思い出したながら、あたしはマグロの赤身を選んだ。

「お刺身?しぐれ煮?」

 背後から声をかけられ、あたしは振り向いた。

 作業着姿の蓮見始はすみはじめ──あたしの旦那は楽しそうな顔で聞いてきた。

「赤身安いから、両方でどう?」

「あ、それ嬉しいな」

 未だに始が笑うとドキッとしてしまう。

 籍を入れてまだ2ヶ月。関口梓せきぐちあずさから蓮見梓はすみあずさにも慣れてない。

 でも、それが楽しくて嬉しい自分がいる。

 始の卒業式当日、あたしはプロポーズされ、泣きながらあたしは受け入れた。

 次の日には始の両親に挨拶とかって、笑っちゃうぐらいの早さ。

 でも、付き合ってから二年近くの間に、始の両親とは何度も会っていて、お母さん──あ、お義母さん──とは二人で出かけるくらいにまでなった。

 お義母さんへ報告に行ったら、始のことをよろしくお願いしますと逆に頭を下げられて困っちゃった。

 ウチの親父には別の意味で困ってしまった。

 やれタワマンだ一戸建てだ、と新居は俺が出してやる!とか言い出して止めるのが大変だった。

 始が困るからやめて、と言ってやっと止まった。

 もともと、早くても夏くらいまでに入籍と引越しできればいいと思っていた。始は二年間、時折ウチでバイトしていた分はほとんど使っておらず、引越し費用は足りそうだったけど、二人で色々考えて決めるつもりが、なら引越し費用ぐらい出させろ、知り合いの不動産屋に声かける、とか親父がエンジン全開なものだから、半ば親父孝行のつもりで住まいは任せて籍入れようとなった。

 築20年の賃貸マンション、2DKのオーソドックスな造りの部屋だけど、親父の会社と駅に近いので二人とも満足している。

 この前遊びに来た加瀬実樹かせみきがやたら気合入れて婚約者の木島瑞樹きじまみずきに、やれキッチンがやれベッドがとかおねだりしてたのは笑えた。

 しばらくはあたしも派遣のCADオペの仕事しながら、二人で生活していこうと決めていた。

 今日は、始が早めに現場が終わったので、二人でスーパーに買い物に来ていた。

 あたしは二人で買い物に来れるこの時間がとても好きで、お出かけするよりも買い物、それも普通にごはんの買い物とかに二人で出かけるのがとても好きだった。

「たまには僕がつくる?」

「え?」

「いつも作ってもらってるし」

 始は野菜売り場で万能ねぎを買い足して、あたしをレジに優しく促した。

 あたし、たぶんデレ顔よね。

 会計を済ませながら、店員さんがチラチラ見てたもの。必死でこらえてるんだけどさあ。

 始に会ったのは二年前の丁度今ごろ。学祭運営委員で同じ班になったのがきっかけ。その頃はあたしと背も大して変わらなかったのに、卒業する頃には頭一つ高くなってた。

 まさかになるとは。

 財布からお金を出してる始を見ながらあたしはニヤけていた。

 右手にレジ袋を持って、空いた左手をあたしに伸ばす。あたしは崩れた表情のまま握り返した。

「楽しそうだけど?」

 スーパーを出ながら、あたしの顔を見て笑顔で聞いてくる。

 最近わかっていながら始は聞いてくる。始なりのデレ方だとわかったのはついこの前。久しぶりに始が真っ赤になって、梓のそういう顔見ると楽しくなるから、とつぶやくように始は言っていた。

 思わずその後押し倒しちゃった。休みの昼間なのにね。

「いじわる」

 最近表情隠すのやめてます、はい。

 あたしの顔を見て、始の笑顔が広がる。

「会長?」

 そんなあたし達の背中に声がかかった。

 振り返ると、制服の女子高生が立っていた。

 ショートヘアで、涼しげという表現が似合う目元。薄く、整った口元。アイドル系よね、しかもセンターいける。

 なによりあたしと同じくらいの背だけど、胸おっき!

 ちょっとドキッとしながら始を見た。

 なんにも変わらない……。

 あー、こういう奴だわ、あたしの旦那は。

 苦笑いしながら、始に目で聞いてみた。

「後輩。生徒会の時の」

「お久しぶりです」

「うん、元気だった?あ、僕の奥さん」

 始の紹介にモヤモヤがキレイさっぱりなくなったあたしが軽くお辞儀した。

御堂楓みどうかえでといいます」

 キレイな声。鈴の音みたい。

「梓です。よろしくね」

 あたしに軽く頭を下げると、始の方へ顔を向けた。

「会長、あたしの告白断ったの、後悔してません?」

 はあ?妻帯者の、しかも奥さんいる前で聞く?!

 しかも顔がマジ?!

 反射的にあたしは始を見る。すぐに顔が柔らかくなった。

 始は顔色一つ変えずに笑顔でうなずいた。

 出た!極悪天然!

 瑞樹と双璧。

 まあ、許す。ってか、あたしも笑顔。これがあたしの始だもの。

 彼女を見ると、見るからにヘコんでうつむいていた。

 あー、悪いクセだわ、あたしの。

「時間ある?」

「え?」

「ウチでお茶でもどう?」

「え?」

 戸惑った顔。そらそうよね。

 でも、すぐににらむようにあたしを見た。

「お邪魔します」

 ああ、のにおいする。

 あたしは笑顔で彼女に笑ってうなずいた。


 

 




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