歌垣が終わると、だんだんと日差しが強くなりはじめる。祭の興奮はすぐに冷め、みなはいつもの暮らしに戻っていった。


サリクはオロソ沼に蛙の罠をしかけ、それを毎日見に行った。オロソ沼には太った蛙がうようよといるのだ。いぼのある灰色のやつのがうまい。罠を覗いてうまくかかっていると、サリクは歓声をあげる。ケルマのことはもうすっかり忘れていた。


家に持ち帰って早速皮をはぎ、肉は香草と一緒にゆでて食う。皮はしばらく干し、粉にして薬にする。自分でも使うが、ほかのやつと交渉して何かと交換することもあった。


骨も置いておく。細かく切っておいておけば、空蝉の鈴の種にできるからだ。


蝉が鳴き始めるころになると、蝉の抜け殻があちこちで見つかるようになる。それを集めるのは子供の仕事だった。空蝉という。空蝉は、まじないによく使われた。中が空っぽなので、蛙の骨で作った実を入れて鈴にするのだ。それをヒモの先につけて振るのが、子供の遊びの一つだった。


空蝉の鈴を振ると、子供の魂をさらおうとする魔が嫌がって逃げていくと言われていた。


村での夏の仕事は、土器を作ることだった。土をこねて器をつくり、火で焼き上げるのだ。土器はいくらでも必要だったから、労働力の余る夏は、村のほとんどの大人がこれに従事した。もちろんアシメックもやった。


ケセン川の上流の方に、いい土が露出している崖があり、そこから土をとってきてこねるのだ。うまいやつはあっという間に見事な壺を作っていく。皿や鉢も作る。米を煮るための壺は、大きさも形も決まっていた。


トカムも従事していたが、なかなかみなのようにうまくできなかった。不器用なやつというのはいるのだ。壺を作ろうとしても、途中で形が崩れてくるので、彼はセムドに指導されながら、皿ばかり作っていた。微妙に形が歪んでいるが、皿ならなんとかなるのだ。


セムドはいつもトカムのことを気にかけていた。なんとかしてやらねば、オラブのようになってしまう。それはどうしても避けたかった。


セムドはケセン川の崖で土をとりながら、トカムのことばかり考えた。昨日もいっしょに皿つくりをしたが、あまりかまうとトカムも嫌がるのだ。だからしばらく離れて見ていることにしているのだが、不器用なトカムの仕事を見ていると、心配になってならない。


セムドは村で人の仕事を決める仕事をしていた。だから村人のことはみな深く知っている。そのセムドが皮袋に入れた土を背負って村に帰って来ると、アシメックに声をかけられた。


「相談があるんだが、今いいか?」

アシメックが言うので、セムドは土を下におろしていった。

「ああ、いいよ。別に急ぎの用はない。なんだい?」


するとアシメックは少し言いにくそうに口ごもった。しかしすぐにセムドを見て言った。

「こどもがほしいんだ。ソミナに育てさせてやりたい。どこかに、こどもをくれる女はいないだろうか?」

「へえ? こどもか」

セムドの頭には、すぐに何人かの女が浮かんだ。子供をたくさん産みすぎて、少し困っている女はいたのだ。


「男がいいかい? 女がいいかい?」

「そうだな。女のほうが育てやすいっていうが、どっちかというと男がいい。将来的に、ソミナを助けてやって欲しいんだ」

「そうだろうな」

「おれも、いつまでも生きていないからな」

アシメックが言うと、セムドはきつい目をして、「そういうことをいうなよ」と言った。


「わかった。何人かの女に声をかけてみるよ。こどもをくれるって女がいたら、教えにいく」

「ありがとう、頼むよ」


アシメックは御礼を言って、セムドとわかれた。


こどもか、とセムドは思いながら、土を背負って歩いた。


ユカダのところに聞いてみるか。最近ユカダは子供を産んだが、その赤ん坊が難しい子供なので、困っているのだ。上の子供も六人いるが、まだみんな小さくてあまりたよりにはならない。親も死んだし、兄弟も少ないから、ほとんど自分だけでこどもを育てている。


セムドはソミナのことも思った。醜女だが、顔つきがどこかアシメックに似ていて、やさしそうだ。困ったことなどはやらないし、友達付き合いもちゃんとしている。兄の世話もよく見ている。乳は出ないから赤ん坊はだめだろう。ものごころがついているほうがいい。そう思うと、セムドの心に思い当たる子供がいた。


ユカダに頼んでみよう。


夏は蝉の声とともに過ぎていく。厳しい日差しはみなを汗で濡らした。暑さをしのぐため、子供は川でよく泳いだ。子供が溺れないように見張るのは、母親の役目だ。


その日ユカダは赤ん坊を背負いながら、六人の子供をケセン川のほとりで遊ばせていた。子供は川の縁で、エビを追いかけながら大喜びで遊んでいる。ユカダは赤ん坊を前に抱きかえながら、「深いところに行くんじゃないよ」と何度も子供に声をかけていた。


赤子育てで疲れていたが、上の子を放っておくわけにもいかない。今度の子供は女の子だが、癇癪持ちで、ユカダが少しでも目をそらそうものなら、とんでもない声で泣くのだ。寝る間もないほど忙しく世話をさせられる。何とかがんばっているが、時々弟が手伝ってくれるだけで、ほとんどだれにも助けてもらえない。


ユカダは途方にくれる寸前だった。


こんなに短い間に、こんなにたくさん子供ができるとは思わなかったのだ。ユカダはよく男にもてたので、何となく受け入れていたらこうなってしまった。男が助けてくれたらいいが、父親というものは、だいたい子供には興味を持たないものなのだ。


セムドがユカダを訪ねたのは、そんな時だった。川辺に座って子供たちを見ているユカダに、セムドは後ろからそっと声をかけた。


「やあ、大変だな」

セムドは人の苦労がわかるやつだから、人が気持ちいいと思う言葉を言ってやれる。そう言われたユカダは涙が出そうな気持になって、セムドを振り向いた。


「大変なのよ。赤ん坊がむずかってばかりで。上の子もまだ小さいし。どうにかならないかしら」

ユカダは正直に言った。我慢も限界に来ようとしていたのだ。


セムドはそんなユカダの顔を見ながら、少しの間当たり障りのない話をし、機を見計らって、話を持ち掛けてみた。


「アシメックのところのソミナが?」

「うん、ソミナじゃなくて、アシメックが欲しがっているんだ。男の子がいいそうだ」


ユカダは黙った。そして川で遊んでいる自分の子供たちを見た。確かに、ひとりへれば楽になる。しかしいざ離そうと思うと、心が詰まった。できるなら全部自分で育ててやりたい。だが、このままでは、みんながだめになるかもしれないのだ。


自分が働いて、みんなを養うのにも限界がある。助けてくれる兄弟もほとんどいないし、自分だけで育てるには七人は多すぎた。


しばらく考え込んだ後、ユカダは子供たちを見て、半ばぼんやりと言った。


「コル、こっちに来なさい」

すると、子供たちの中から、小さめで幾分暗い顔をした子供が顔をあげた。いたずらな顔をしたほかの子と比べると、どこか線が細く、思い深そうな顔をしている。男の子だ。


コルと呼ばれた子供は、川から上がり、黙って母親に近づいてきた。


ユカダの頬に涙が流れた。


みんなが作った器は、しばらく天日で乾かされた後、火で焼き上げられる。広場に榾や草を積み、その中に器を並べて、火を点けられた。火は高々と上がる。一日中燃やさねばならない。子供がおもしろがって近づこうとするのを、大人が何度も妨げねばならなかった。


シクルという男がそれを担当していた。彼は土器を焼く火の具合がよくわかったのだ。榾を補充するタイミングや、土器の焼けあがりを見極めるのに長けていた。何事にも、うまいやつというのはいる。アシメックはシクルの後ろに立ち、しばらく黙って彼の仕事を眺めていた


シクルはずっと炎を見つめている。榾が炎で曲がるのや、ぱきぱきと音を立てて割れるのを、じっと見ている。アシメックは邪魔してはならないことを知っている。シクルはこういう、火と榾の具合を見るのが好きなのだ。どんなふうに燃えれば、どれだけ熱いかということが、何となくわかる。そのわかるということが、おもしろいのだ。


榾の山が燃えて小さくなってくると、シクルはそばにいる若いものに命じて、榾を加えさせた。また火が上がる。するとシクルは小さくのどの奥で何かを言っている。


いいぞ、と言っているのが聞こえる。おもしろいやつだ。アシメックは、こういうやつを眺めているのが、おもしろいのだ。


一日中火のそばにいても、こいつはあきないんだ。アシメックはシクルの背中を見ながら、笑った。いいやつというのはいいもんだ。なんでもしてやりたくなる。


アシメックがそう思いながら火を見上げた時、後ろから誰かが声をかけてきた。ふりむくと、セムドが小さな子供の手をひいて、立っていた。


アシメックは驚いた。こんなに早く来るとは思っていなかったのだ。セムドは言った。


「ユカダのところの、コルというんだ。四歳だ。一応、会わせてみようと思ってつれてきた」


コルは四歳にしては小さめの子供だった。子供なら普通夏は丸裸だが、小さい腰布をつけている。時々神経の細い子供がいて、見えるのを恥ずかしがると、親が茅布で腰布をつくってやることがあるのは、アシメックも知っていた。


コルは大きな目で、不安そうにアシメックを見上げていた。今にも涙が出て来そうな目だ。母親に言われたものの、つらいのだろう。アシメックはしばし何も言えず、コルを見つめた。


沈黙が流れた。コルの表情がくもりはじめた頃、アシメックは意を決してコルに近寄り、膝を折って、やさしく声をかけた。


「おれのことは知ってるか」


「うん」とコルは言った。


「すぐに来なくてもいいんだぞ。おまえが嫌なら、嫌と言っていい」


するとコルは、大きく声を飲み込んで、涙をぽろぽろ流した。ものわかりのいい子供なのだ。幼いながら、母親が子だくさんで苦労しているのを、知っているのだ。


「かあちゃんが、アシメックのところは、いいぞって」

「言ったのか」

「うん。米、たくさん食えるって」

「ああ、たびたび食わせてやるよ」

「かあちゃんのところでは、めったに食えないからって」


そういうと、コルは、大きな声を上げて泣き出した。アシメックはたまらなくなった。抱きしめてやりたいが、子供が怖がるといけない。


「だいじにしてやる。ソミナもやさしいぞ。おまえがいいっていうなら、おれんとこに来い」


そう言ってやるのが、精一杯だった。


土器を焼き上げる火は、夏中何度も焚き上げられた。シクルはいい仕事をした。出来上がった土器は、一旦宝蔵に集められ、順繰りに、必要なものに分け与えられる。みんなで協力して作ったものだから、みんなのものだということになっている。だから村人はそれぞれに、必要なだけの土器をもらうことができた。


蝉の声が変わり、夏の日差しが幾分弱くなる頃、アシメックはコルをソミナに会わせた。その頃にはもう、コルにも十分に納得がいっていた。ユカダに会えなくなるわけではない。兄弟とも、いつでも一緒に遊べるのだ。


ソミナは驚いて、コルを見た。驚きのあまり、持っていた土器の皿を落とし、割ってしまった。


「ああ、どうしよう」


ソミナはおろおろとしつつ、土器のかけらをひろい、そしてもう一度、コルを見た。かわいい。なんて丸い大きな目だろう。じっとこっちを見ている。


「ユカダのところでは、子供が多くて大変なんだ。ひとり、おれが育ててやると言ったんだ。おれんとこは子供がいないからな。ソミナ、手伝ってくれないか」


アシメックは言った。ソミナは声を飲みながら、じっとコルを見つめていた。そのときにはもうすでに、ソミナの心は母親になっていた。何してやろう。何してやろう。何かしてやりたい。


「わかったよ。あにやのいうことはいつもいいことだから。ああ、かわいいな。おいで、糠だんごつくってやる」


ソミナが手を伸ばすと、コルはおずおずと近づいてきた。子供ももうわかっているのだ。この人の子供にならなければいけないことを。そして、自分でそれを、何とか乗り越えようとしているのだ。ソミナにもそれがわかった。愛おしさがあふれてきた。


「おれ、なんでもしてやるから。いいこと何でもしてやるから。泣くな、な」

ソミナは泣きそうなコルの目を見ながら、言った。


コルは黙ってうなずいた。



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