春はいつも突然やってくる。


昨日まで冷たい風が吹き、寒さにしばられてものをいうのも億劫だったのに、突然春の風が吹くと、骨が軽くなったかのように、人はみなおしゃべりになる。


ケセン川の水もぬるみ、魚の味が変わる。


そうなると、イタカの野に花が咲き始める。風に花の香りが混じり始めると、エマナはイタカの野に、花を摘みに出かけた。


冬に生まれた子供は、鹿皮の子負い袋に入れて、背中に背負った。出かける前に十分に乳を飲ませておいたので、気持ちよく眠っている。


イタカにつくと、もう花は野を一面に彩っていた。花の季節は短い。今日咲いている花はもう次の日にはない。このときに、いっぱい摘んでおかねばならない。


赤いのはミンダの花、青いのはクスタリの花、緑に近い黄色い花は、キレオの花だった。エマナの目的はミンダの花だ。小蟹が群れたような赤い花穂をつけるこの花を摘み、しばらく天日に干したものを、イダの木の皮のかけらと一緒に湯で煮ると、とてもきれいな赤い塗料ができるのだ。エマナの仕事は、それで魚骨ビーズを塗ることだった。塗った色はなかなか落ちず、花のような色で、族長や役男の胸を飾った。春の歌垣の時の、若い男や女たちの胸も飾った。


精を出して色を塗って、子供のためにいいものをもらって来よう。色を塗った魚骨ビーズは、いろいろなものと交換できるのだ。エマナは子供を深く愛していた。トレクとのトラブルはあったが、もうそんなことはきれいに忘れるほどだった。


エマナは持って来た茅袋の口を開け、摘んだミンダの花をどんどんその中に入れていった。山の方から誰かが歩いてくるのに気付いたのは、その袋が半分くらい膨らんできたときのことだ。


「アシメック!!」


エマナはその人影を見て思わず叫んだ。人影がそれに答えて手を振った。アシメックがイタカの野を歩いている。何をしていたのかは、人づてに聞いて知っていた。彼はオラブのことが心配で、このところ毎日のように山に行っては、オラブに呼び掛けているのだ。


ちなみに、このころには尊称というものはない。族長や役男という身分はあったが、きつい身分制などはなかった。原始的平等というものだ。だから人々はえらいことをした族長であろうが役男であろうが、みんな呼び捨てにしていた。


「おお、エマナ、花を摘んでいるのか」


近づいてきて、自分を呼んだのがエマナだとわかったとき、アシメックは言った。あたたかい声だ。エマナはこの声が好きだった。


「子供を産んだところだ、まだ不自由だろう。手伝ってやるよ」


そういうと、アシメックは、野にしゃがみこみ、ミンダの花を摘み始めた。エマナは、有頂天になるほどうれしかった。アシメックはこういう男だ。相手が女だからと言って、偉そうになどしない。いつも自然に、いいことをしてくれる。


エマナは仕事に身が入り、背中の子供の重さも忘れて、花を摘んだ。袋がいっぱいになり、まだ余ったものは、手に抱えもった。アシメックもいくらかもってくれた。そして家までちゃんと運んでくれると言った。エマナはうれしくてたまらなかった。


春のイタカはすばらしい

カシワナカは何でもくれる


エマナはアシメックと並んで歩きながら、思わず歌を歌っていた。帰る途中、レンドという男と出会った。イタカの隅に立ち、野を見渡している。アシメックはレンドに声をかけた。


「様子を見に来たか」

するとレンドは答えた。

「アマ草が生えてないかどうか見に来たんだ」

「まだミンダが盛りだ。アマ草は生えていないことはないが、まだ小さい」

アシメックが答えると、レンドは、そうか、と小さく言った。


ミンダの花が終わると、イタカの春は真っ盛りになり、アマ草という柔らかい草が一面に生えてくる。そうすると、山からアマ草を食べに、ハイイロ鹿の群れが降りてくるのだ。それが、春の鹿狩りの季節の始まりだった。


カシワナ族は、春になって鹿がイタカに下りてくると、普段は他の仕事をしている狩人のチームを組み、毎日イタカに行って鹿を狩る。レンドはその狩人組の中の一人だった。


「狩人組の準備が出来たら、俺にも声をかけてくれ。一緒に行くよ」とアシメックは言った。するとレンドはうれしそうに顔をほころばせた。


「今年もキルアンは降りてくるだろう。やつをどうにかしないといけないな」

「キルアンか。毒が効かなかったそうだな」

「そうなんだ。一度毒矢が刺さったことがあるんだが、やつは死ななかった」

「まあなんとかなるだろう。今年も二十頭は狩らねばならない」


レンドと別れると、アシメックは摘んだミンダの花を持って、エマナを家に送ってやった。エマナはしきりに礼をいい、家の奥から小さい干しキノコを三つ持って来て、持っていけと言った。断ることもできないので、アシメックは喜んで受け取った。帰ってソミナにやろう。ソミナはキノコが好きだ。


それから何日か経つと、また風の匂いが変わった。ミンダの花が終わったのだ。アマ草が茂り始めたところを見計らって、役男のシュコックが狩人組を招集した。弓矢を持った体の大きい男が、十四人ほど役男の家に集まった。その中にはサリクもいた。腰には矢につける毒を入れた、骨の皿を下げている。


集まった男たちを前に、シュコックは鹿狩り用の矢を振りながら、言った。


「今年ももうすぐ鹿が来る。アマ草の茂り具合からすると、もう明日にも降りてきそうだ。弓矢の手入れをしておけ。毒はみんな持ってるか」


蛙の毒やキノコの毒を混ぜて、鹿狩り用の毒を作っておくのは、狩人それぞれの義務だった。みなそれぞれに、思い思いの入れ物に、自分用の毒を持っていた。シュコックはそれを確かめて、満足げにうなずいた。いい塩梅だ。皆やる気満々のいい目をしている。今年もいい狩りができるだろう。アシメックも誘わなければ。


シュコックは笑いながら、明日また集まってくれと言って、狩人組を解散させた。


サリクは同じ狩人組の仲間のナエドと一緒に自分の家に帰り、弓の手入れをしながら、話をした。


「今年の狩人組には、トカムが入ってくるんだってさ」

ナエドが、弓の弦をなぞりながら言った。サリクは驚いた。

「トカムが? ヤルスベでの仕事はどうなったんだ?」

トカムは確か、ヤルスベ族に舟を白く塗る方法を習いに行ったはずだった。ナエドはふっと笑って、続けた。

「すぐにだめになったんだと。他の二人はまだ続いてるんだが、トカムはヤルスベに習うのが嫌で、すぐに帰って来たらしい」


サリクは何とも言えない顔をした。舟を白く塗る仕事さえ満足にやろうとしない男が、狩人ができるとは思えない。そのサリクの考えを察知したのか、ナエドがまた言った。

「何やらしてもだめなやつだ。だけどセムドは仕事をせわしないわけにはいかないからね。何かをさせないと、オラブみたいになるって言って、シュコックに頼んだらしいんだ」


「へえ。でも、弓は持ってるのか?」

「弓も毒も、シュコックが貸すらしいよ。みんなに迷惑をかけないといいんだが」


ナエドはため息交じりに言った。その横顔を見ながら、サリクは不安になる自分を抑えることができなかった。なんだか悪いことが起こりそうな気がする。


「トカムは狩人に向いてないよ。どうにかしてやめさせたほうがいいんじゃないか?」

サリクが言うと、ナエドもうなずいた。だが何も言わなかった。役男が決めたことには逆らえないからだ。


「まあとにかく、何とかしてやろうぜ。オラブみたいなのが増えたら困るからさ」


その日はそれで終わった。しかしこのときのサリクの不安が的中するとは、このときだれも思っていなかった。


ハイイロ鹿の群れの第一陣がイタカに下りてきたのは、それから三日後のことだった。狩人組は色めき立った。シュコックは早速狩人組を招集し、狩りに出かけた。サリクは、狩人組の最後尾に、ひとり目立って体の小さいトカムが、とぼとぼついてきているのを、後ろを見て確かめた。


心が先走るのを抑えられず、先陣を切って走っていったモカドが最初にイタカにつき、遠目を効かせて鹿の数を数えた。なんて嬉しい景色だ。晴れた春の空の下、たくさんの鹿が野に群れている。ハイイロ鹿は美しい。銀色がかった毛皮をまとい、大岩のように大きく、若草色の堂々とした角を持っている。雌は若干小さく、角はない。


「おお、三十頭はいるぞ。宝の山だ」

モカドが興奮を抑えながら言った。

「去年に生まれた子供がたくさんいるな。ねらい目だ。若いやつはまだ何にも知らない」

「キルアンは見えるか?」

だれかが聞くと、モカドがひとしきり群れを眺めて言った。

「いや、いないようだ。あいつは一際デカいから、一目でわかる。きっとまだ山にいるんだろう」


鹿は日を浴びながら、しきりにアマ草を食っていた。時々首をあげて、敵がいないかどうか周りを見回している奴がいるが、それもすぐに首を下げた。今は鹿も、アマ草が食べられるのがうれしいのだ。アマ草は、ハイイロ鹿の大好物だった。だから人間に狩られる危険性を知っていても、山からイタカに下りてくるのだ。


サリクたちは、身を低くして移動し、鹿の群れから少し離れた岩陰に隠れた。そして腰に下げた器をとり、それを開けて、中の毒を確かめた。器の中には黒々とした毒の塊があった。サリクはその毒に、何本かの矢の先をつけた。そして自分の指を傷つけないように注意しながら、矢を弓につがえつつ、鹿を狙ってかまえた。


シュコックが合図をした。何人かの狩人が、草むらに身を隠しつつ、前進した。狙っているのは、群れの淵っこで夢中で草を食べている若い雌だ。狩人たちは十分に矢が届く距離に近づくと、一斉に矢を放った。


矢は簡単に当たった。そこはみんな、狩りの仕方は身に染みついているのだ。鹿は驚いて三、四歩走って逃げようとしたが、すぐに毒に当たって倒れた。悲し気な声が響き、周りの鹿たちが一斉に逃げた。鹿は足を天に向け、しばし痙攣していた。


「ホー! ホー!」

歓声があがった。早速の獲物だ。今年の初物だ。狩人たちはいっせいにとびかかるように、倒れた雌鹿の周りに集まった。鹿はまだ生きていたが、シュコックが腰にさした鉄のナイフをとって喉を切り、とどめを刺した。


「いい形の雌だ。でかい。若いし、毛並みも上々だ。骨も太そうだ」

「幸先がいいぞ」

狩人たちはみんなで喜んだ。


その日はそれを皮切りに、三頭の鹿が狩れた。狩が終わると、狩人たちは自分が放った矢を拾い、腰の葦籠の中にもどした。矢は何度も使わねばもったいないからだ。


仕留めた三頭の鹿を、みんなで分担して背負いつつ、狩人たちは意気揚々と村に帰った。サリクは三頭目の鹿の足をかつぎながら、最後尾からついてくるトカムを振り返った。彼は、トカムがみんなの中でうろうろしているだけで、結局一本も矢を放たなかったことを知っていた。


村に帰ると、みんなの歓迎が待っていた。仕留めた鹿は早速広場に寝かされ、そこで解体された。鉄のナイフと石包丁で、鹿は見る間にばらばらにされていく。雄は角をとられ、それはしばらく干されていろいろな飾りに使われた。皮は器用にはがされていく。肉と内臓は分けられた。内臓も食べる。子供たちが目を輝かせて見つめていた。今日の晩の食べ物が、うまい鹿の肉であろうことは、誰にもわかった。


足も切り分けられた。これは皮ごと煮て食うのだ。獲物はみんなの宝物だ。カシワナカがくれる宝だ。だからだれも独り占めしてはならない。それが村のおきてだった。


初物の鹿からとれた心臓は、皿の上に置かれ、ミコルに渡された。ミコルはそれを受け取ると、香草を添え、至聖所に祭って、神に感謝の祈りをささげた。


その晩は、みなで鹿を料理して楽しんだ。この分では明日もいい狩りができるだろう。みんなそう思った。そのみんなの夕餉の最中に、アシメックが帰って来た。


アシメックは今日、用があって川を渡り、ヤルスベを尋ねていたのだ。ヤルスベ族に預けてある二人の子供の様子を見るためだった。トカムは早々に帰ってしまったが、残った二人はまじめに勉強し、だいぶ仕事を覚えていた。ヤルスベ族にも大切に扱われているようだった。アシメックは安心して帰って来たのだ。


「おお、アシメック! 今日の狩りはよかったよ!」

アシメックの姿を見るなり、シュコックが言った。アシメックもうれし気に答えた。

「そうか。よかったな。明日はおれも狩りにいこう」

「おお、そうしてくれ、そうしてくれ、きっといい鹿がとれる!!」

シュコックは上機嫌に言った。


その夕餉の隅っこで、トカムがつまらなそうに、煮た鹿の足を噛んでいた。


次の日の狩りには、アシメックも参加した。シュコックを先頭に、一列になって狩人組はイタカに向かう。アシメックは最後尾のトカムを気にしながら、自分の弓を持って続いた。


トカムは居心地が悪そうだった。アシメックの視線をしきりに気にしている。ヤルスベでの仕事もまともにできなかったことを気にしているのだろう。アシメックも苦い思いを抱いていた。オラブのようなことにしないためにも、トカムにあった仕事を見つけてやりたい。一応今は狩人組に入れてもらってはいるが、こんな仕事にトカムが合っているとは思えない。下手をやらないように気を使ってやらねばなるまい。


アシメックは無意識のうちに腰のナイフに手を触れた。今朝のミコルの占いが振るわなかったので、エルヅに頼んで長めのナイフを借りてきたのだ。毒の皿と一緒に腰にさげてある。なんでかわからないが、そうしたほうがいいような気がしたのだ。狩人組でナイフを携行していいのはシュコックだけだったが、アシメックは族長だから別格だ。


イタカの野に入ると、遠目に、昨日よりも多くなった鹿の群れが見えた。若草色の角を生やした雄が多くいる。一行は目をそばだてた。弓を持つ手に力が入る。


「おお、キルアンがいるぞ」

目のいいモカドが言った。するとシュコックが身を低くしながら言った。

「いるか、どこに」

「あそこだ」

モカドが指さす方向に目を強めると、なるほど、一際大きな雄がいた。キルアンだ。青みがかった灰色の毛皮に、天に向かってそりあがったみごとな角。しきりにあたりをうかがっているするどい顔。まちがいない。キルアンだ。


「あいつ、毒でも死なないんだ。何でだろう」

レンドがつぶやくように言った。

「俺の矢、確かにあのとき当たったのに」

サリクがそれに答えた。

「時々、我慢強いのがいるのさ。死んだ母ちゃんから聞いたことがあるんだ。鹿でも魚でも、時々特別なのがいるんだってさ」

「特別か。確かに、人間にも時々いるよな」

レンドは後ろのアシメックを気にしながら言った。


シュコックは茂みの中に身を伏せながら、キルアンを観察した。キルアンがいては、容易に手を出せない。こっちが狙っているのに気が付いたら、必ずキルアンが出て来て邪魔をするからだ。


「あっちに行くのを待つしかないな。簡単に手を出すと、体当たりしてくるんだ」

シュコックが言った。

「去年はあれでナエドが大けがをした」

「気をつけろ、頭を低くしろよ」

アシメックも大きな体をできる限り小さくし、茂みに身を隠した。鹿は鼻はそれほどよくない。匂いがしても人間には気付かない。だが安心はできない。気の小さいやつにでも気づかれたら、絶対にキルアンが出てくる。


「あれは群の守り神でもやってるつもりなのかな」

「さあね。しかし見れば見るほどでかいな。毛並みも普通の鹿とどこかちがう」

「おい! まて!」


モカドが声をあげた。みんなに緊張が走った。見ると、少し離れたところで、トカムが群れを離れて出てきた若い雌に近づこうとしていた。草を食べるのに夢中になっている鹿に狙いをつけ、無様な格好で弓を構えている。不用心なことに草の上に頭が丸出しだった。


「あいつ、わかってないぞ!」

レンドが声を殺して叫んだ。

「やめさせろ!」

シュコックが言った時にはもう遅かった。キルアンに気付かれたのだ。


群に緊張が走った。鹿たちは浮足立ち、草を食べるのをやめてそぞろに逃げ始めた。その中を突っ切って、キルアンが出てきた。青みがかった鹿の毛皮が、怪しく燃えているように見えた。


「危ない! トカムを狙ってる!」

「逃げろ、トカム!!」


それを聞いて、トカムはやっと気づいた。哀れな叫び声が起こった。キルアンが走って来る。アシメックは反射的に立ち上がった。


次の瞬間みんなが見たのは、トカムとキルアンの間に飛び込んだアシメックの姿だった。


サリクは弓をつがえた。毒をつけている暇はない。夢中で打った。だがキルアンには当たらない。アシメックはトカムをかばい、キルアンの体当たりをまともに受けた。


体躯に衝撃が走った。鹿の頭突きは予想以上にきつかった。骨がきしみ、内臓が揺れるのを感じた。だがアシメックはこらえた。衝撃を腰で受け止め、態勢を崩さなかった。後ろにトカムがいるからだ。角が刺さった肩のあたりが燃えているようだったが痛みを感じている暇はない。彼はほとんど無意識のうちにキルアンの角をつかみ、それを渾身の力でねじり返した。


キルアンは思わぬ反撃に驚いたのか、二、三歩退いた。アシメックは腰のナイフを抜いた。


サリクが金切り声のような叫びをあげているのが、奇妙に長く聞こえた。


アシメックはキルアンを間近に見た。青みを帯びた毛皮が異様に美しく見えた。角が光っているようだった。目は黒に近い深い青色をしていた。知っている。アミザという名の香草をちぎる時、切り口がちょうどこんな色になる。それと一緒に魚を煮ると魚が青くなるが、いい香りがしてうまいのだ。


そんなことをなんとなく考えながら、アシメックはナイフを翻していた。うらあ!という自分の叫び声を聞いた。キルアンの首の、太い動脈があるところが、奇妙に赤く浮いて見えていた。アシメックはそこをめがけてナイフを振り下ろした。


カシワナカよ!!


男が神の名を呼ぶときは、命をかけているときだと、先の族長に聞いたことがある。


サリクたちは見た。再び襲い掛かってくるキルアンに立ち向かい、風がそれるように鹿の横に回り、アシメックがキルアンの首にナイフをさすのを。


鹿の叫び声が聞こえた。アシメックの手を噴き出た血が濡らした。だがまだ油断してはならない。敵は傷を受けてもっと興奮するだろう。どんな反撃をされるやらわからない。


アシメックの後ろで石のように固まっていたトカムを、シュコックが引き戻した。モカドやレンドや狩人組の仲間たちが、一斉にキルアンに向かって矢を放った。サリクは夢中で走り寄り、尻の方からキルアンに飛びついた。


何が何やらわからなかった。みな夢中で暴れまわっていた。そして気付いたとき、足を天に向けて痙攣させている、キルアンの体の上に、みながのしかかっていた。石や矢が周りに飛び散っていた。けがをしているものも何人かいた。


サリクは泣きながら、何度もキルアンの腹をたたいた。シュコックだけは冷静だった。鹿の首をなで、まだ絶命していないのを確かめると、自分のナイフをぬき、とどめをさした。


「死んだぞ」


シュコックが言ったとき、みなはようやく我に返った。トカムは少し離れたところで、身を抱えて震えていた。


アシメックはその近くで、四肢を広げて横たわっていた。



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