第2話 一階層

クソ……! クソッ、クソッ、クソォォォォォ!


騙された……! 


ザンピー王め、なんてことを……!!


何が「宮廷魔道士いのっちを倒せ」だ……!


塔に入った瞬間、身体に違和感を感じたと思ったら、装備していた叢雲むらくもが忽然と消えた。俺の生命線ともいえる武器が、この手元から──


「あ、嗚呼……叢雲……お前がいないと、俺は……!」


手が震え、足はガクガクと力が抜け、膝が崩れる。歯がカチカチと打楽器みたいな音を立て、どうにも止まらない。


こころなしか微かに目眩〙めまいもする。


叢雲なしの俺なんて、猫一匹殺せるかどうかも怪しい。


そういえば……あのザンピー王、「いのっちはケットシー猫ちゃんだ」とか言ってたな。


くそ、罠だったのか。俺から叢雲を引き離すための……。


許さんぞ、ザンピー王……!


思い返せば、出立のときも妙に叢雲にこだわっていたな。



***


『──時にプレ・イヤーよ、叢雲は持って行くのか?』


『当然だ。俺が叢雲を手放すなんてありえない。まさか、置いて行けと……? 』


『い、いや、そんなことは言わん。だが……本当に持っていくんだな? 』


『当たり前だ。……叢雲はいくら王でも渡さない。俺から叢雲を奪うと言うなら──』


『……わ、分かった、分かった! だから、柄から手を離せ。持って行くならそれで良い──』


***



コノウラミハラサデオクベキカオクベキカ……




死んだら祟ってやる、ザンピー王!


しかし、この塔、いったい何なんだ?


中に入った瞬間、入口が消えた。それだけでなく、何もない広い空間に突如現れる不自然なドア、大量の宝箱、そして部屋の端に見える池。


まるで異世界に迷い込んだようだ。


天井は高く霞んで見える。壁には大きなステンドグラスの窓がある。外から見たときはステンドグラスなんてなかったはずだ。


ひぃっ。


恐怖に身体がブルッと震える。脱出経路を探さないと。


仕方ない、壁伝いに捜索するか。足を踏み出そうとして、はっとする。床に罠があるかもしれない


まず、這いつくばり、足元の床材を凝視。色や質感に違いはないかを丹念に調べる。さらに、わずかに浮き上がったような箇所や、床板の隙間に仕掛けが隠されていないかも指先で確かめる。


「うーん、特に異常はなさそうだが……念のため、水を使うか」


次に、ポケットから水筒を取り出し、中身を少量床に垂らす。液体の流れ方を観察することで、床が不自然に傾いていないかを確認。


「ふぅ……よし、ここまでは大丈夫だ……仕上げに」


さらに、杖や短剣で床をトントンと叩き、音の違いを聞き分け……たいところだが、所持していたアイテムが消え失せている。


俺は常闇のダンジョンで罠に一度もかかったことがない。この執拗な調査でパーティーメンバーから不満が続出していたのを覚えている。


俺のおかげでどれだけ命が助かったことか。


特に蟷螂とうろうの魔女……ババアからはネチネチ嫌味を言われたのを思い出して腹が立ってきた。


「大丈夫……だよな?」


そう自分に言い聞かせながら、恐る恐る一歩を踏み出す。


その瞬間だ。


足元から「ガコンッ」と嫌な音が響いた。


「な……っ!」


足を踏み出した瞬間、床が抜ける。馬鹿な……短剣で床をタンタンしなかった場合の罠看破失敗率0.1%程度だ。


落とし穴には鋭い杭が無数に設置されている。運悪く、一本が右足を貫いた。


「ぐわっ…………あれっ? 」


だが、不思議なことに、痛みはほとんどない。足から出血している気配すらないのだ。


その異常さに戦慄しながら、落ちた先を見回す。深さは1.5メートルほどだろうか。自分の背丈より浅いので脱出は容易そうだが、足から杭を抜くのが怖い。


刺さる時と抜くときが痛みのピークだ。何度も深呼吸をし、意を決して杭を足から抜いて、落とし穴から脱出する。


右足に痛みがなかったので、恐る恐る足の甲を見ると風穴どころかブーツに傷一つついていない。


それどころか、ブーツがおろしたてのように綺麗だった。


この塔、どう考えてもただのダンジョンではない。


ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……もう、探索なんてクソ喰らえだ。今すぐ、逃げないと。


壁際にある大きなステンドグラスの窓を力一杯殴りつける……が、見えない壁のような物で弾かれる。


そ、そうだ、フロアの真ん中に扉があったはずだ。


扉に向かって走り出すと、何度も落とし穴に転落し、何度も風穴が空いては、何度も塞がった。


ヘロヘロになりながら、ようやく扉の前にたどり着いた。四角い小部屋に扉がついている……そんな感じの見た目だ。


何度も落とし穴に引っかかったためか、痛みはないが倦怠感と疲労感がある。


早く、脱出しないと……


扉のノブに手をかけた瞬間だった。



"扉だ。鍵がかかっている"



直接頭の中に語りかけるように無機質で抑揚のない声が聞こえてきた。


ついに幻聴まで聞こえ始めたのか?


言葉通り、扉は固く閉ざされていた。




俺、死ぬのかな……腹も減った。




大の字に寝転がる。


すぐ隣にある宝箱が目に入った。どうせ、このままでは死ぬ。思いきって宝箱を開けてやる。


すると、再びあの声がきこえた。



"宝箱を見つけた。回復薬を手に入れた"



「えっ? 」



小瓶を手に取ると宝箱はすうっと消え失せた。青い液体の入った小瓶を眺めていると、中空に手に入れた小瓶の絵と文字が出現した。


『【回復薬】HPを100回復する』


……これ、まさか、アイテムボックスか?





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