驕り

第6話

 HTテレビのドラマ制作部の扉が勢いよく開くと本間が大声を出した。


「今からミーティングやる。全員会議室」


 何事かと思うほどの上機嫌の彼の様子に、その場に居合わせたメンバーは唖然だ。


 そんなスタッフの顔をも見ず、彼は自分のデスクの引き出しを大雑把にかき乱す。


「直美。常磐出版の葛西さんの連絡先を調べてくれないか。名刺が見当たらなくて」


 一番近くに座っている坂本直美に告げる。彼女は立ち上がって返事をした。

 

 本間が集合をかけて十五分後、会議室には今回、彼の復帰作になるドラマを支える各担当の代表者、数十人が顔を揃えていた。


「本間さんの復帰には活気がありますよね」


「まぁ、このピンチは本間さんじゃないと」


 そんな言葉があちらこちらで囁かれるくらいの結果を本間は過去に残してきた。


「しかし、これで低迷中のうちのドラマの視聴率アップなんてしたら上層部の顔丸潰れだよな。本間さん外した原因の作品の数字、誰も塗り替えられなかったんだろう」


 四年前のことだ。


 本間は、やり手のプロデューサーで手がけるドラマはどれも高視聴率で高い評価を受けていた。


 そんな彼がドラマ制作部から外されることになったのは、決まっていた主役をクランクインする一ヶ月に変更したためだった。


 主演が決まっていた俳優は当時人気絶頂で、彼が出演すればそれだけで二十パーセント超えは確実とまで言われていた人物だった。


 しかし本間は急遽、彼に降板を言い渡した。


『君より淳也相応しい役者がいるんだ』


 それだけを告げて本間は彼を外した。


 もちろん事務所、スポンサー関係からの苦情に非難。会社側からの圧力もあった。


 一時は作品自体を打ち切りとまで話があがったものの、世間には逆にインパクトがあり、話題にされたことで引くに引けず、テレビ局側はそのまま続行することを余儀なくされた。


 本間が人気俳優の代わりに連れて来たのは、華やかさに欠ける劇団出身の新人今井一史という青年で、誰もが彼で大丈夫なのかと不安を抱いていたことは確かだった。


 それでも本間が手がけるという効果も働き、前評判は中々だった。


 だがドラマが放送され始めると視聴率は低迷を辿った。


『責任? それで満足ですか? なら引き受けますよ。但し条件が一つ』


 本間は人気俳優を降板させたこと、彼の事務所に迷惑をかけたこと、スポンサーに不利益を与えたこと、テレビ局のイメージをダウンさせたこと、その他全ての責任を取らされるという形で部所の異動を命じられた。


 彼はその旨を素直に受け入れた。


 たった一つ。

 

 打ち切りが決定していたそのドラマを最後まで放送するということを条件に、彼は第一線から身を引いたのだ。


 皮肉なことに本間が異動になった後、彼がプロデュースしたそのドラマは徐々に視聴率をあげ、最終回は二十五パーセントを超える勢いの話題作にまでなった。


 突如、抜擢された無名の俳優、今井一史も知名度をあげ、それ以降元々演じるはずだった人気俳優の地位さえも奪ってしまった。


 最初の頃はそんな立場に戸惑ってばかりだった今井一史も最近では当たり前の顔をするようになっている。

 

 それでも本間に対してだけは一貫して変わらない。

『今の自分がいるのは本間さんのお陰です。感謝しています』と、人気絶頂の時期に電撃結婚した彼は披露宴会場でそう口にした。


 結婚相手は彼の初主演映画の音楽を担当した、女性に圧倒的な支持を受けているシンガーソングライター黒木彩音。


 たまに一緒に飲みに行くと『本間さんはオレの人生にとっていつも重要なものを運んでくれる。彩音だって本間さんがオレを見つけてくれてから出会うこと出来た』と一史はそう語る。


 そんな彼を本間は最近少し心配していた。


 理由はたくさんあるのだが一番は彼自身の驕りだ。


 本間が一史の存在を見つけたのは小さな舞台だった。


 そこで彼はたった一言の台詞しかない脇役で、はっきり言って演技も酷かった。


 それでも本間は彼に惹かれるものがあり、声をかけ、半ば無理やりにドラマに出演させたのだ。


 始めは無残なものだった。


 しかし後半、特に本間が外されてからの一史の演技は同一人物かと疑うほどの成長ぶりだった。


 そのことが作品の視聴率アップに繋がり、彼は一気に無名の役者から高視聴率を叩き出せるという俳優になっていった。


 最近の本間は彼に会うたびに『ちゃんと作品を選べ!もっと演技がいる作品をだ』そう言わずにはいられなくなっていた。


 だが当の本人は全く危機を感じておらず『ちゃんと選んでいますよ』という対応を返す。


 誰もが錯覚し、消えていった俳優を本間は嫌と言うほど見てきた。


 一史にはそうなって欲しくないと心底思っている。


 だがそう思う反面、そのことを周りが見えなくなっている人間に伝えることがどれほど困難なことかも本間には十分に分かっていた。


 一日でも早く彼を目覚めさせる必要がある。


 そんな確信したばかりの時に連絡が届いた。


『ドラマ制作部に復帰ですか?』


 あまりにも急な、外された時よりも突然の話だった。


 だが本間は即座にそれを承諾し、半年後に迫った秋の連ドラの製作にすぐに取り掛からなくてはならなくなった。


 いくら四年前は自分が全てを仕切っていたとは言え、正直なところ時間はない。


 それでもやれと言われた以上、絶対に見返してやりたいと思うのが本間の性格であり、この四年間の意地でもあった。


 その手始めにまず挨拶まわりから始めた。


 そこで思わぬ収穫をする。


 昔の仲間で何度もコンビを組んで作品を作っていた浅見からの粋なはからいだ。


 本間は出版社を出るとすぐにファミレスに立ち寄り、彼から譲り受けた原稿を読み始めた。


 三百枚近くある原稿を数時間で読み上げ、微かに浮んだ涙を拭い、決断を下した。


 復帰、そして素晴らしい作品との出会い。


 二つの偶然に本間は身震いがした。


 きっと凄いものが作れるという喜びが、彼をそこまで感激させたのだ。

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