第3話 三百年後の戦闘

 狭い個室の中、机の向こう側に座った警察官の男が口を開く。


「名前は?」

「大森林のユピ」

「職業は?」

「魔法使い」


 男はわざとらしく、大きな溜息をついた。

 威圧的な態度が街の治安を守る衛兵を連想させる。

 

 机上の照明が顔面を照らす。

 個室全体が威圧のために仕込まれた装置なのだろう。

 さながら威圧の魔法陣と言ったところか。

 

 離れた席で若い警察官が紙に筆を走らせる音が個室に響く。


「つまり、伝説の勇者一行ゆうしゃ いっこうの生き残り、大森林の姫巫女ひめみこにして最後の長命種エルフ、ユピ様であらせられると」


 速記の音が止んだ所で、聞き取り担当の警察官が尋ねた。

 音程を外した声には呆れた感情が混じっている。

 白髪と鋭い目つきが、幾つもの修羅場を潜り抜けていることを思わせる。


「その通りだけど」


 返事をすると聞き取り担当の警察官は、再び大きなため息をついた。


「あのな、お嬢ちゃん。もう勇者一行ゆうしゃいっこうごっこをする歳じゃないだろう」

「本当だよ」


 疲れ切った喉から弱々しい声を捻り出す。

 何度も言っているのに、信じてもらえない。


 私は正真正銘しょうしんしょうめい、大森林の姫巫女ひめみこにして勇者一行ゆうしゃいっこうの魔法使いユピだ。

 三百年も俗世ぞくせを離れていたとしても、事実は変わらない。


「この長命種エルフの耳を見たらわかるだろう」

「どこの商会の新製品か知らないが、俺らがガキの頃からが進歩している」

「作り物じゃなくて、本物の耳だから」


 右手で耳を触って見せるが、聞き取り担当の男の態度は変わらない。

 汽車から駅と言う場所に降ろされた後、鉄道警察隊てつどうけいさつたいめ所の個室に案内された。


 現在の衛兵こと警察官に経緯を説明して、正しい作法を教わった。

 お金を用意したら直ぐに切符の代金を支払おうと、決意した矢先、名前を聞かれた。


 個室に入った時に名乗ったはずだが、書記の若い警察官が書き漏らしたのだろう。

 再び、名前を名乗ると怪訝けげんな顔をされた。

 それから何度も、名前と住まいを聞かれる。


「早く換金して乗車賃を払いたい」

「俺達も仕事は手早く片づけたい。だが、警察には長命種エルフに関することは全て王都に報告する規則がある」

「誰が、そんな規則を作った」

「昔の宰相閣下」


 知っている宰相の顔を思い出して、渋い顔になった。

 長命種エルフの王族と共に戦場を駆けていた短命種にんげんの老人だ。

 

 豊かな顎鬚あごひげとおっとりした表情から想像しにくいが、大剣で大鬼オーガを真っ二つに切断する剛毅ごうきだ。

 忠誠心が過剰な宰相なら、私の足取りを追うために迷惑な規則は平気で作る。

 片手で額を抑えて、うな垂れる。


しばらくくしたら、報告書は役所の掲示板に張り出される。来月には新聞の三面記事になるな」

「正当な報酬を支払わずに汽車に乗ったことが流布るふされると」

「そういうことだ」


 長命種エルフにあるまじき不名誉だ。

 完全に頭を抱えてしまう。

 この場に勇者セイクが居たら腹を抱えて笑ったに違いない。


「もうすぐお嬢ちゃんも、つとめ先を探す時期だろう。名前が公開されたら大変だ。もうしないって約束してくれるなら、長命種エルフの件は見なかったことにしてもいい」

「つまり?」

「お嬢ちゃんは解放され、俺達も余計な仕事をせずに済むってわけだ。だからその飾り物の耳を外してくれ」

「だから、これは本物の耳。外したら元に戻らないの」


 隻腕せきわんの私から耳まで奪おうとするとは、警察というのは非常な組織だ。

 盗人の腕を切り落とす刑罰は魔王戦争より前に廃止されたはずだが、この様子では復活しているかもしれない。


 聞き取り担当の警察官は片手でこめかみを抑えながら、目を細めている。

 めんどくさい人を相手にする時の目だ。

 私も同じ目をしていると勇者セイクにもよく言われた。


「ええい、流布るふしたければするがいい。最後の長命種エルフ、大森林の姫巫女ひめみこたるユピが人界じんかいに降り立った喧伝けんでんになる」


 椅子から立ち上がって胸を手に当てて宣言する。

 半ばやけっぱちである。


 聞き取り担当の警察官は首をがっくり落とした。

 速記をしていた若い警察官が体が小刻みに震えている。

 彼らには申し訳ないが、私は私だ。

 

 胸を張って高らかに宣言したところで、鼻に違和感を覚えた。

 かすかに生物が腐ったような腐敗臭ふはいしゅうが漂っている。


瘴気しょうき


 壁に掛けられていたベルがけたたましい高音をまき散らした。

 お尻を蹴られたように二人の警察官が立ち上がる。

 書記をしていた警察官が個室の扉を開けると、怒鳴り声が飛び込んできた。


「三番ホームで瘴気しょうきが発生。魔物が発生する濃度だ。全員、完全武装で急行せよ」


「お嬢ちゃんはここにいろ。外には出るな」


 聞き取り担当の警察官が一方的に告げると、駆け足で個室から出ていった。

 言われたことが理解できず、思わず首を傾げた。


古来こらいから、魔物退治は魔法使いの生業なりわいでしょう」


 壁に立てかけていた杖を握ると、全速で警察官達の間をすり抜ける。

 詰め所を出て腐敗臭ふはいしゅうが強くする方へ駆ける。

 逃げてくる人波ひとなみの頭上を飛行魔法で飛び越える。


 黒い霧が漂うホームに降り立つ。

 汽車の側で影がうごめく。

 杖を影に向けて浄化魔法を放つ。


 一筋の白銀が黒霧を消し去りながら突き進む。

 白銀から逃れようと影が伸ばした手だけが落ちる。

 薄緑に黒が混ざった色彩の皮膚をした子供の手。


小鬼ゴブリンか」

「シャアアアアア」


 奇声を上げて飛び掛かって来た小鬼ゴブリンを杖で殴る。

 殴打おうだと同時に浄化魔法を発動し、頭の無い体を床にはたき落とす。


 鋭い爪と牙を突き立てようと小鬼ごぶりんが襲いかかってくる。

 足先から床に魔力を注しで魔法陣を描きながら、二匹、三匹と小鬼ゴブリンを杖で殴打する。


 杖で床を叩き白銀に輝く魔法陣をホーム全体に広げる。

 魔法陣によって瘴気の黒霧が消え去り、日光で皮膚を焼かれ始めた小鬼ゴブリン達が、物陰に逃げる。


 見える範囲で十三匹。

 汽車の中にもいるはずだ。

 散らばって逃げられると、面倒くさい。


 バン、と乾いた破裂音はれつおんと共に空気が震えた。

 音が鳴ったと同時に、小鬼ゴブリンの体に穴があく。

 開いた穴から瘴気しょうきが漏れ出す。


「やるな、嬢ちゃん」


 背後から聞き取りを担当していた警察官が声をかける。

 他の警察官達もホームに突入してくる。


「だが、杖より銃のほうが上だ」


 手に握っている鉄筒を小鬼に向ける。

 鉄筒から破裂音と同時に何かが飛び出した。

 銃口を向けられていた小鬼ごぶりんの頭に穴が開く。


「・・・飛発ハンドキャノンを手のひらに収めて、連射できるようにしたのか」


 三百年、槍と同じ様に担いで運んでいた兵器を思い浮かべた。

 十数人の警察官達が連射すると、あっと言う間にホームにいた小鬼ゴブリン達が掃討される。

 動けなくなった小鬼が日光に焼かれて浄化されていく。


 汽車に窓に近づいた警察官達が丸い物を投げ入れた。

 窓から眩い光が発せられ、小鬼ゴブリンの短い悲鳴が響く。

 警察官達は慣れた手つきで汽車に丸い物体を投げ込んでいく。


「・・・高価な手光弾しゅこうだんをあんなに気軽に使うなんて」


 貴重な鉱石が必要なため、魔法戦争のころでも兵士十人に一個しか支給されなかった。

 警察官達は明らかに一人で数個の手光弾しゅこうだんを使っている。


「あれ、私の出番はもう終わり?」


 キビキビと俊敏に動く警察官達を見ながらつぶやく。

 無差別むさべつに人々を襲う魔物を瞬時に退治する。

 とても素晴らしい光景だ。


 でも、冷や汗が止まらないのは何故だろう。

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