【会議前日、昼前――開会宣言、人形劇】

 イレーネさんにこれでもかと飾りたてられて(誤解しないでほしいのは、それがとっても上品できれいだってこと)広場に戻って来ると、もうお祭りの準備はほとんど終わっていて、私と同じように、あるいはもう少し控えめに着飾った村のみんながどんどん集まってきていた。

 その中に、私と仲良しの人を、それもこの場にいるのがとても意外な人を発見して、嬉しさと驚きで私は思わず駆け寄っていった。


「エルザ! よかった、来られたんだね!」

「クララ。とってもきれいね」

「えへへ、ありがとう。エルザもすごく素敵だよ」


エルザは、21歳の女の子。生まれつき足が弱くて、虚弱体質で、18歳の成人を迎えられないと言われたこともあるけど、今日まで元気に生きている。きっかけはあんまり覚えていないけど、私が村に来て一番最初に仲良くなった子でもある。数日ごとにお花を届けてるんだ。もちろん、「親友」としてだからお代なんて取ってない。

 今日のお祭りも、参加したいけどできるかわからないって言ってたから心配してたけど、車椅子に乗ってとはいえ、ちゃんと来られたらしい。

 車椅子を押していたリサさんが、釘を刺すように声をかけてきた。


「くれぐれも無理をしないように。私がついて見てるけど、ちょっとでもおかしなことがあったらすぐ言うんだよ、エルザ」

「はい、リサさん。ありがとう」

「リサさん、エルザをよろしくお願いします」

「もちろん。クララもありがとうね」


 そう言ってリサさんがにこりと微笑む。リサさんは村の酒屋さん兼薬屋さんだ。この村にはお医者さまがいなくて、お医者さまにかかろうとおもったら、ここから馬車で一日かけて隣町に行かないといけない。だから、この村での病気やケガなんかの体調不良はたいていリサさんに直してもらう。エルザの主治医に近いこともしてくれている。


「あら。良かったわ、こんなこともあろうかとエルザの家に衣装を届けておいて」


 私の背後からイレーネさんがひょいと顔を出してそう言った。


「やっぱりイレーネが届けてくれていたのかい」

「当然でしょ」

「すごく素敵です、ありがとう」

「いいのよエルザ、来てくれてうれしいわ」


 イレーネさんが優しく微笑んでエルザの頭を撫でる。やっぱりイレーネさんには笑顔が似合う。


「……あっ」


 どこからともなく声がした。

 声の主を把握する前に、舞台に視線が集まる。

 壇上に、この村の領主さまであるエドヴィンさまが登っていた。そばには秘書官であるベンヤミンさんが控えている。

エドヴィンさまは厳格な、どこか横柄な人で、しっかりと村を運営してくれているのはわかるんだけど、あんまり好きにはなれない。とはいえ、数年前に村が飢饉に陥ったときは、私たちに無償で物資や食料を王都から運んでくれたこともあって、住民を助けてくれる人ではある。まあ、それはそれで、なんというか、ちょっと偉そうではあったけど。実際偉い人だからいいのかな。

 ベンヤミンさんはといえば、私にはよくわからない。いつもエドヴィンさまの指示に応える程度しか話さなくて、仕事に真面目な人って印象しかない。

 二人はいつも王都ハルトシュタットに住んでいて、ほとんどこっちには来ない。ここ以外にも治めている街や村があるし、30日ごとの視察か、あるいはこういうお祭りごとのときにしか顔を見たことがない。実際、この村のリーダーは誰かと聞かれれば、私なら、例えばアントンさん辺りを挙げると思う。それくらい、馴染みのない人たちだった。それでも貴族の身分だから、こういうときは壇上に立つんだろう。

 エドヴィンさまたちに気づいた村人たちが、水を打ったように静かになった。

 エドヴィンさまが、咳ばらいをして口を開く。


「今年も無事にこの日を迎えられたことを喜ばしく思う。私の話など長くてもつまらんだろうからさっさと終わらせよう。知っての通り、この祭りは秋の豊作と今後一年の安寧を願って行われるものだ。今年も皆が何事もなく平和に過ごせることを祈っている。……では、これより春の祝祭を始める。皆大いに楽しもうではないか」


 エドヴィンさまが、そう言って、にこりと貼り付けたような笑みを浮かべた。に、似合わない……とは言わないけど、その代わりに拍手をする。


「よっしゃー! 歌って踊って騒ぐぞー!」


 群衆の中からそんな声がして、軽快なリュートの音が聞こえてきた。リュートの音といえば、農夫で音楽家のノーマン君だ。一応農夫、なんだけど、全然仕事に行かないお調子者。リュートも歌も上手だから、いっそ開き直って旅芸人でもすればいいのに。そういえば、私が初めて村に来た時、初対面でいきなり口説かれたな……それ以来一回も何もないから、ノーマン君なりの社交辞令だと思うけど。

 こういうときのムードメーカーでもある彼の行動で、わっとその場が盛り上がった。気づいたらエドヴィンさまはもう壇上から下がっている。

 いつの間にか、ノーマン君の周りに人が集まって、踊ったり、歌ったり、手拍子をしたりしていた。中でもひときわ目立つのは踊り子のマイケさん。どうも元々はそれこそ旅芸人の一団にいたらしい。とっても身体が柔らかくて、跳躍力もすごいから、一人でサーカスができそうなくらいクオリティが高い踊りを踊ってる。スタイルがいいから、どんな衣装を着ても似合うって、よくイレーネさんにモデルにされては脱走してる。明るくて軽い人だから、なんだかノーマン君とも気が合うみたいで、今日みたいによくセッションしている。


「クッキー、いかがですかー」

「ミサンガ、いかがですかー」


 かわいらしい2つの声が聞こえてきた方を見ると、エラちゃんとベラちゃんが両手に籠を下げてあちこち声をかけていた。そういえば準備のときにいなかったと思ったら、あれを用意していたのかな。

 エラちゃんとベラちゃんは、そっくりな双子の女の子で、アントンさん、ティラさんの娘さん。お人形さんみたいに可愛い。エラちゃんはお菓子作りが大得意で、ベラちゃんはお裁縫がとっても上手なところ以外は本当によく似ている。今、二人は花をかたどったリボンで飾られた色違いのワンピースを着ていて、髪の具合からも白っぽい服で眠そうな目をした子がお姉さんのエラちゃん、黒っぽい服で唇をきゅっと結んでいる子が妹のベラちゃんだとわかる。

 二人のところに、さっきまでお母さんのユリアさんと踊っていたイェフ君が駆け寄っていった。


「あ、あの。クッキー2袋と、ミサンガふたつ、くださいな!」

「はーい」

「まいどー」

「おかあさんと食べるなら、これあげる」

「おかあさんにあげるなら、これがいい」

「美味しく食べてね」

「いっぱい着けてね」

「うん。ありがとう!」


 少し赤い顔で、二人に銅貨を渡してクッキーとミサンガを受け取ったイェフ君が、またお母さんの方へ駆けて行った。

 私も、エラちゃんベラちゃんの方へ近寄って声をかけた。


「私にももらえるかな、クッキーとミサンガ」

「もちろん」

「まいどあり」

「はい、銅貨二枚ね。それからこれ、プレゼント」


 二人に銅貨を差し出した後、私は白い花の髪飾りを取り出して、二人に挿してあげた。二人の衣装によく似合っている。

 ぴょこんと二人のアホ毛がはねて、少しだけ瞳がきらっと輝いた気がした。


「ありがとう」

「大事にする」

「どういたしまして。こっちもありがとう」


 エラちゃんとベラちゃんに手を振って、舞台の方へ近づくと、人形劇の準備がされていた。

 この人形劇は、毎年恒例の行事で、教会で牧師さまをしているオスヴァルトさんと、シスターのサマンサさんが、聖書に書かれた伝説をもとに上演してくれるものだ。


「あ、クララ。もうすぐ始まるよ」


 舞台の前に置かれたベンチの傍に車椅子を停めて、リサさんに手伝ってもらってベンチに座ったらしいエルザが私に手招きをする。


「うん、そう思ってこっちに来たの。リサさんは?」

「『ちょっとティラたちを手伝ってくるから、何かあったらオスヴァルトに言いな』って」

「そっか。牧師さまも頼りになるもんね」

「うん。でも、準備で忙しそうだから邪魔したくないな」

「大丈夫、何かあったら私がついてるからね!」

「ありがとう、クララ」


 そんなことを話していると、舞台の上からオルガンの音が聞こえる。可動式の小さなオルガンを、サマンサさんが弾いていた。シスターのサマンサさんは、まだ18歳なのにしっかりとしていて、いつも穏やかなのはオスヴァルトさんによく似ている。10も年が離れてるけど、まるで兄妹みたいな二人だな、と常々思っている。一応、兄妹というよりは、親子とか師弟の方が関係性としては近いみたいだけど。

 で、兄のようなオスヴァルトさんの方は、教会の主である牧師さまで、この国の国教であるギーマ教を村人たちに説いてくれる人。亡くなった牧師さまのご両親も牧師さまで、後を継いで教会を運営しているらしい。いつも穏やかな顔と声をしていて、一緒にいると落ち着く人。牧師さまも、よくエルザの家に来て、5日ごとのミサになかなか来ることができないエルザに、頼まれるまま聖書を読み聞かせたり説法したりしている。

 ちなみに、ギーマ教というのは、私たちの暮らすこの神聖ルスタ王国の国教で、三大都市のひとつ、聖都グラウブルクにあるグラウブルク大聖堂を総本山とする世界宗教。《永約聖書》を経典として、《神の三律法》といわれる「善良・正直・信頼」を最も尊い徳とする教えが特徴で、ギーマ教徒たちは皆ギーマ教の洗礼を受けるときに聖職者から「洗礼名」というものを受ける。だから、普段名乗ることはないけど、私のフルネームは洗礼名も合わせてメータ・クララという。牧師さま……オスヴァルトさんは「セリム」という洗礼名を持っているらしい。


 牧師さまが、人形劇の準備を整えた壇の裏に立って、静かな声で話し始めた。


「この世界を創り給うたギーマの神は、自らの御姿に似せて、我々人間を生み出しました。そして、『善良であること』『正直であること』『隣人を信頼すること』の《三律法》を我々に課しました。《神の三律法》を守った者だけが、死後ギーマの神のおわす『神の楽園』へ導かれるのです。……そしてギーマの神は、我々が《神の三律法》を正しく守っているか試すべく、我々に試練をお与えになりました。それこそが、“人狼会議”。周囲を騙し、裏切り、人を喰らう化け物、人狼を見つけ出し、排除する試練です」


 どうやら今年の演目は、《永約聖書》の中で最も広く知られている、《人狼会議列伝》のお話らしい。お話といっても、“人狼会議”は実在する。なぜなら、人狼が実在しているから。人狼は人間そっくりに化けることができる人食い狼で、人里に紛れ込んで毎晩一人ずつ人間を食い殺す、という事件が、一年に何度か国中のどこかで起こる。それくらい大きな脅威だからこそ、ギーマ教はそのための注意喚起と対処法を伝えるために、この伝説をたびたび布教しているんだと思う。

 法螺貝みたいな楽器が、狼の遠吠えのような音を鳴らす。人形劇が始まった。

 牧師さまが、人形を動かして、役ごとに声色を変えて台詞を話したり、いつもの声音で語りを入れたりする。いつもミサで私たちに教えを説いているだけあって、話がうまいし、落ち着いているように見える。サマンサさんは主に楽器の演奏でサポートしている。

 夜に人狼が現れて村人を喰い殺し、村人たちは次の日の朝に“人狼会議”で人狼を見つけ出すことにした。話し合って、嘘を吐いている人を見つけて、処刑する。でも、それだけじゃ終わらない。また犠牲者が現れる。


「そんなとき。この村を救う五人の英傑えいけつが現れました」

「おおー!」


 観客席から、楽し気なイェフ君の声が飛んでくる。

 牧師さまはイェフ君の方ににこりと微笑んでから、新しい人形を出した。“人狼会議”の伝説で《五英傑》と呼ばれる五人の偉人たちを模した人形だ。

 一人目は“聖導師マリウス”。ギーマの神によって、一晩一人ずつ、人と人狼を見分ける力を与えられた、人間にとっては大きな救いとなる役割を持つ人。

 二人目が“聖女ゲルダ”。“聖なる双子”と呼ばれる二人の子どもたちの母親でもある彼女は、前日に処刑された人が人だったのか人狼だったのか見分けるだけじゃなくて、人狼があと何人残っているのか把握することもできた。そういえば、サマンサさんの洗礼名も「ゲルダ」というらしい。牧師さまがそう名付けたのには、何か意味があったのかな。

 三人目の偉人は“勇者ゴットハルト”といって、夜の間に一人、人狼の襲撃から村人を守ることができたらしい。彼の名前は神聖ルスタ王国の首都、王都ハルトシュタットの名前の元にもなっていて、王立騎士団は彼の崇高な精神を受け継ぐなんて言われていたりする。

 四人目は“賢者シュテファン”。驚くほど頭が良くてカリスマ性に長けていた彼は、人狼だと判明してもなお人間たちを惑わして処刑を避けていた人狼を、彼の言葉によって処刑してしまえるほどの賢さだったらしい。

 そして最後の五人目は、“大司祭ズィリック”。彼は神に与えられた『聖なる護り』という特別な力で、一晩だけ、あらゆる脅威から誰か一人を守ることができた。ギーマ教の最高位の大司祭さまはその位を受け継ぐごとに名前をズィリックに変えるみたい。

 この《五英傑》率いる村人たちは、《神の三律法》を忘れずに人狼たちと戦い、最後には人狼は全滅し村人たちが勝利を収める。


「この出来事が、神の与えたもうた“人狼会議”の、その最初の試練となりました。《五英傑》の力は今でも我々に受け継がれており、時が来れば彼らは《五英傑》の代理人として、我々に力を貸して下さることでしょう」


 そんな語り言葉と、サマンサさんのオルガンの演奏で、人形劇はつつがなく終了した。

 私も含めて、観客のみんなが二人に対して拍手をした。


「素敵だった……! 私、去年クララに話を聞いて、どうしても直接観に来たかったの……!」

「本当によかったね、エルザ」


 そんな話をしていたら、牧師さまが舞台上から下りてきて私たちに話しかけてきた。


「エルザさん、クララさん。観て下さりありがとうございます」

「牧師さま! とっても素敵でした」

「ありがとう。素敵といえば、今日のエルザの衣装はとても素敵ですね。似合ってますよ。もちろんクララさんも。イレーネさんの仕事ですね」


 穏やかな笑顔で私たちを褒めてくれる牧師さま。牧師さまはいつもと変わらない黒いカソックに、ミサのときだけ着ける白いストラとロザリオを着けた姿をしている。

 同じくいつもと変わらない黒いシスター服のサマンサさんが、劇が終わったと見るやいなや、イレーネさんに捕まって連行されていた。女の人全員にあれやってるのかな……。


「相変わらずわっけわかんないご都合話だったね、牧師さま?」


 出し抜けにそんな刺のある言葉が聞こえて、私たちは振り返る。

 あまりお祭りの雰囲気には合わない、いつも通りの普段着を来たヴィンフリートさんが、片方の口角をつり上げて、腕を組んでこっちを見ていた。ヴィンフリートさんはちょっと怖い雰囲気の、農夫、だけどノーマン君以上に働いているところを見たことがない。そういえば今日も、話題にすら上がってなかった。ヒューベルトさんすら諦めるくらいの自由人らしい。そして何よりの特徴が、本人が「無神論者」を自称していて、洗礼名もなく、牧師さまといつもギーマ教について議論なのか口論なのかわからないことをしていること。こんな日にまでふっかけなくてもいいのに……。


「あなたにはそう聞こえたかもしれませんね、ヴィンフリートさん」


 いつも穏やかな牧師さまが、少しだけ好戦的な態度を見せる。こういうときだけちょっと穏やかじゃなくなるんだよね。まあギーマ教の使徒としては放置できないんだろうなあ。乗って来た牧師さまに対して鼻で笑うヴィンフリートさん。


「そもそも神の姿が見えない、声も聞こえない以上、神の存在を証明することだってできないわけだ。そんな不確かなものを信じて何になるわけ?」

「信じること自体に救われる者もいます。どんな困難に陥っても、それが神の試練と思い、受け入れることで、先の幸福を思い努力することができる。また神の教えに従い、互いを信じること、正直であること、善良であることで、自らだけでなく隣人たちの心も穏やかに救われることとなります。そうして信頼、正直、善良の《神の三律法》を守り抜いたものは、死後神の楽園に迎え入れられることになるのです」

「ふーん。色々言いたいことがあるな。まず、困難をわざわざ受け入れるメリットって何さ。理不尽なことも神の試練って、それただの諦めだよね。善良に生きてたって苦しいこともあるし、この世で不利益を被るのは大抵が相手を馬鹿正直に信じた奴だ。救いどころか自ら貧乏くじを引きに行ってるようにしか見えない。一番言いたいのは、何だよ神の楽園って。そんなものあるって本気で信じてるの?」

「……まあ、『神の楽園』に関しては、神自体の存在同様それを信じない者への証明はできません。我々が肉体という器に魂を閉じ込めている以上感じることのできない代物ですから。しかし、それを信じることによって救われる者がいるのは確かです。それに、《神の楽園》は、理論上は現世にも再現可能です。この世界の人間が皆、《神の三律法》を守れば、必然的にそれに近しいものがこの世界に現れることとなる。我々ギーマ教に仕える者が目指すのはその境地です」

「バカバカしい。大体そんなの不自然だろ。皆が皆本当の自分を抑え込んで、他人の顔色を窺って生きていった結果にしか思えない」

「不自然? それは違います。そもそも人間は生まれたときは皆善良な魂の持ち主なのです。しかし、今の善悪が共存する現世に、そしてそこに存在する体に引っ張られて、欲や嘘などの罪が現れます。したがって全員が魂に善く生きることは、本当の自分を抑え込むことではなく、むしろ本来の自己を解放することなのです」

「人間が生まれながらに善良って何で言えるわけ?」

「生まれたばかりの人間は悪を知らないからです」

「でも善だって知らないよね? それに幼子だって我が儘を言って泣くし、遊びで生き物を無意味に殺す」

「いいえ、幼子は悪意を知りません。我が儘に見えるのは、既に体に感覚を引かれているからです。それを制御する方法を知るために、大人は教えないといけないのです」

「でもさ……」


 延々と続くギーマ教論議。何を言ってるのか途中からついていけなくなってきて、エルザを連れてどこかへ行こうかと思っているところへ、さらに状況を混沌とさせる人がやってきた。


「あんたたち! 何を不毛でバカバカしくて無益で無価値な口喧嘩してるの!」

「お師匠~! せっかくパンが焼き立てだったのに~!」


 騒々しい声と共に、これまたお祭りの雰囲気に合わない、暑そうな暗い藍色のローブを着込んだマリアナさんと、いくぶん可愛らしい衣装に身を包んだパミーナちゃんがやって来た。可愛らしいといっても、ところどころ、それ何……? と言いたくなるような不思議な飾りがついている。しゃれこうべとか。たぶん、パミーナちゃんの趣味なんだと思うけど……それともマリアナさんに強制されてる……?

マリアナさんは、都会、それも三大都市のひとつである学都シュテファニア出身の研究者らしい。私たちにはよくわからない論理を展開する。学者というか……有り体に言えばただの変人、で済ませられてしまうかもしれない。いつも村外れの森の入り口にある家にこもってるか、森の中に朝から夜まで、あるいは夜を越えてずっといるような人。

 パミーナちゃんはマリアナさんの養女で弟子の、16歳の女の子。マリアナさんに比べるとだいぶまともで、よくマリアナさんに振り回されていたり、逆になんとか手綱を握ろうとしていたりするところをよく見る。……ただ、うちの店に来て「マンドラゴラありませんか?」とか聞きに来るのはやめてほしい。比較的まともとはいえ、やっぱりマリアナさんのお弟子さんなんだよなあ……。

 パミーナちゃんの文句をガン無視して、マリアナさんがビシッと牧師さまとヴィンフリートさんを指さした。


「まったくあなたたちときたら、どうしてわからないのかしらね! ギーマ教とかいう思考停止の宗教や、見えないものを存在しないと断ずる愚かな無神論! 世界の真実はそんなものではないわ! そう……精霊たちのさざめき、喜び、怒りに悲しみ、その全てが複雑に絡み合い、出会い別れ、混ざり散り、大いなる自然という名の渦となり、この世界を作り上げる……我々はその渦の中に飲み込まれ、それに合わせ営みをつくるしかない、なんて矮小な存在……ふふふふ……自然の怒りに触れ風に大地に雷雨に翻弄され、空気に土に埋もれ風化していく哀れな人間……それを他所に何事もなく移り変わる精霊の営み……自由かつ洗練されたその姿……ふふふふ、ああなんて美しい! その全てを見たい! 聞きたい! 知りたい! 感じたい! ああ大いなる自然! それに隠された神秘! うふふふふ!」


 ……どうやら今マリアナさんの独擅場らしい。怒ってるんだか楽しんでるんだかわからない論理が怖い。

 黙ってマリアナさんの話を聞いていたヴィンフリートさんが、深々と呆れたため息を吐いた。


「はぁあ、バカバカしい。ギーマ教が思考停止ってとこだけは同意だけど。神様だの精霊だの、よくもまあ、いもしないものにそこまでご執心になれるよね。尊敬するよ。ある意味」

「まあ落ち着いてください。神がいもしない……などと、なぜ言えるのです? 主たる神が我々人間の前に姿を現すことはありません。それを信じることこそ神の臣民である我々の第一の試練であり、根本的な救いのもとなのです」


 むっとした様子の牧師さままで参戦して、今度は三つ巴か……と思われたその時。


「もう! お師匠! せっかくお祭りに来たんですから、そんなミサのたんびにやってるバカげた議論なんかまた今度にしてください! ほらお師匠の好きなジャガイモの渦巻き揚げがあっちで揚がってますよ! ほらほらほら!」

「ちょっとパミーナ! 精霊たちの崇高な世界を今日こそ認めさせてやんないといけないんだから! 放しなさい!」

「あ~と~で! じゃ、皆さん失礼しました~!」


 ぐいぐいとマリアナさんのローブを引っ張って、パミーナさんが無理やりその場を離れていく。救世主はどうやらあそこにいたらしい。私とエルザはつい両手を組んで祈ってしまった。


「なんだか複雑な気持ちですね……」


 そんな私たちの様子を見ながら、牧師さまがぽつりと呟いた。

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