あなたの言葉、わたしの言葉

Nikolai Hyland

あなたの言葉、わたしの言葉


 ──またね、大好き。


 そういって別れたきり、一度も会っていない。

 想いがあっても、気持ちが通じていても、それだけで幸せになれると信じられるほど、重ねた年月は少なくない。


 眼鏡をかけた姿が今も思い浮かぶほど、常に眼鏡をかけている人だった。

「コンタクトにしたら?」

「眼鏡でこと足りてる」

 そんなやりとりをした記憶がある。


 大学生の頃、サークルで知り合った別学部の人だった。

 なんとなく気が合う感じがして一緒にいるようになって、3回生でキャンパスを移動するからって引っ越しをする際に、一緒に暮らすようになった。


 私は親に取らされたけど、結局あの人は免許を取らないままだったな。


 一緒にいても、特に何をするわけでもなくて、お互いに本を読んだりして過ごした。

 今風に言えば、チル、みたいな。

 そういう空気が気にならない関係だった。


 たまに、お互いの趣味に付き合って出かけたこともあった。

 歌川国芳とか、コンドルズとか、サンホラとか、蜷川幸雄とか、脱出ゲームとか。

 それすらいつの間にか離れちゃったけどね。


 就活ですれ違いになって、会えない時期が続いた。

 それが終わってからも、なんとなく、そわそわして落ち着かなかった。

 お互いに、間合いをはかっているような、そんな感じだった。

 進路の話をできないまま、卒業が近づいていた。


 結局、地元で就職するからって話したのは1月頃だったかな。

 引っ越しのために荷物を片付け始めて、段々と部屋ががらんとしていった。

 まるで虫食いみたいに。


「これいる?」

「ありがとう」

 お互いにそうやって、自分のお気に入りを相手に押し付け合って。

 あの時の安部公房は、何回かした引っ越しでどっかいっちゃったけど。


 仕事は転勤が多くて、あちこち行った。

 その中で、ふとあの人の実家の近くだと気付いた。

 戯れに年賀状を送り合ったことがあるのだ。


 別にそこまで会えるとは思ってなかった。

 実家にいるとは限らないし、それでもご両親とかに、昔お世話になりましたって伝えて。

 そこから本人に伝わったりするかな、とか。




 案内されたのは遺影の前だった。




 実家に戻ってすぐ発症して、若いから進行が早かったとか。

 5年間闘病して、あっさり逝っちゃったらしい。

 髪が抜けてからは、写真を嫌がったらしくて、学生時代の写真しかなかったって。

 笑っているけど、目線はそらしたいつものあの人だった。

 あの人のカメラでお互いを撮った時の写真だった。


 なんだそれ。


 今度はこっちからまたね、大好きって言ってやろうって。

 心のどこかに居場所を作ってやろうって、そう思っていたのに。

 やられっぱなしじゃないか。

 こっちばかり大好きが積み重なって。

 美術館にも公演にも行かなくなって、貰った本もどっかいっちゃったけど。

 心の一部まで持っていくなんて。


 それでも。


「またね、大好き」


 あなたがどんなつもりで言ったのかはもうわからないけど。

 わたしはわたしのために言うよ。


 また会う日まで、さようなら。

 大好きな気持ちは変わらない。

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