第零隊 荒木誠の一番長い日

『異世界省 第二庁舎・三階 第一大会議室』 

 日付:七月十五日 時刻:午前八時五十五分。


 大会議室では、すでに机や椅子の設置が進められている。

 ザ・会見場と言う形の会場が、どんどんと出来上がっている。

 はぁ……。

 俺は会見台の袖で、大きくため息を吐く。

 なぜ、俺が会見をしなくちゃならないんだ……。

「隊長?」

「うわ!」

 俺はびっくりして後ろを振り向く。

『異世界遭難捜索隊』捜索班・第二隊員・南晴香が、俺の後ろに立っていた。

「南! なんでここにいる?」

「いや~、荒木隊長緊張してるかな~と思って、見に来ました」

「別に来なくていいから」

「え~。せっかく来てあげたのに」

 俺は再びため息を漏らす。

「あのなぁ……今日は山川大臣も来るんだぞ」

「わかってますって」

 絶対わかってない。

 会見でヘマした時の叱責されるめんどくささをコイツは分かってない。

「俺は、一旦控え室にもどるからな」

「は~い」

 俺が会見場を出ようとすると、南は、ヒヨコみたいにしっかり俺の後ろをついて来る。

 好かれるのは『隊長』としては嬉しいが、こう融通が効かないのもな……。

「そうだ。津田さんはどうした?」

「へ? あ~興味なしって言ってました」

「あの人らしい」

「インテリゴリマッチョですからね。しょうがないです」

 なにがどうしょうがないか分からんが、俺と南は三階を降りて控え室のある二階へと向かった。


 控え室に入ると、青迷彩の第二型遭難捜索隊制服のポケットから、スマホがバイブレーションする。

 ポケットから取り出し確認する。一件メッセージが入っていた。

「今日は遅くなるの?」

 娘からのメッセージだ。

「多分」と俺は返す。

「娘さんですか?」と南が俺のスマホを覗きこんで訊いて来る。

「うん、そう。てか、人のスマホを勝手に覗くな」

「それは、すいません」と言って、しっかり謝る南。

 ホントに真面目なんだか不真面目なんだか分からんな。

 ガチャっと控え室の扉が開く。

 入ってきた人物の顔を見て、俺は背筋を伸ばし敬礼する。

「荒木君。会見は大丈夫そうかい?」

「おそらくは——ですが」

「今回の会見はネットで、大々的に流れるからね。世論もそうだし、予算分配にも

関わってくる。よろしく頼むよ」

「了解しました」

「南隊員も、しっかり頼むよ」

「え?」と間の抜けた声で答える南。

「おい! 南!」

「は、はい!」と言って、南は敬礼して答える。

「じゃあ後でね」

 山川大臣は、そのまま控え室を後にした。

「はぁ……。南。山川さんが入ってきたときは敬礼しろ」

「了解しました。隊長」と言って、ビシッと敬礼する南。

「今じゃないよ」

 ホントに大丈夫かな……うちの隊……。


 *   *   *


 時間だ。

 俺は会見の壇上裾で、大きく息を吐く。

 山川大臣が、諸々の説明を記者に終え。

「……これにて本省の今後の活動案についての説明を終わります」

 進行役の女性がマイクを手に構えて。

「それでは質疑応答に入りたいと思います。質疑がある方は手をあげてください」

 会場にいた記者が一斉に手をあげる。

 進行役の女性が前列に座る男を当てる。

「えー、両国新聞社から来ました。立川と言います。予算編成について質問しますが、偶発する異世界に行く遭難者に対する処置には、どのくらいの予算を割り当てるのですか? そこらへんについてお答えいただけると」

「山川大臣。お願いします」と女性が促す。

「それにつきましては、先ほど申した通り、『異世界遭難捜索隊』に全面的に予算を割り当てる次第であります」 

 全員一斉に、パソコンに向かって、文言を打ち始める。

「次の方——あ、じゃあ、後列のそこの女性の方」

 記者陣の後列に座る女性がマイクを持つ。

「質問失礼します。あ、名央都新聞社から来ました天木と言います。『異世界遭難捜索隊』の救出規模。あるいは、これまで救出してきた人数を教えていただきたいです」

「山川大臣。お願いします」

「えー、この後、『異世界遭難捜索隊』隊長・荒木誠が登壇予定なので、そこで荒木隊員に説明して頂く形で」

 え? 俺?

 進行役の女性が、手首の時計を見て。

「短いですが、次の会見に移ります。それでは『異世界遭難捜索隊』隊長・荒木誠隊員に登壇していただきます。お願いします」

 はぁ……もう、くるのか。

 会見を終えた山川大臣が、俺の方に向かって来る。

「頑張ってくれよ」と言って、俺の肩に手を置いた。

「は、はい」

 俺は、恐る恐る袖から出て、登壇する。

「えー、ご紹介に預かりました。異世界遭難捜索隊、隊長・荒木誠です。現在、我々はルーター技術により、『異世界』に遭難する方々の救助活動を行ってる次第であります。え——」

「救助数はどれくらいなんですか!」と先ほど質疑していた女性がマイク無しで訊いて来る。

「あの、質疑応答の時間はまだ……」と進行役の女性が言うも。

「救助数の名言は今回はしっかりされるんでんすか!」と前列の男性。

「救助方法は! ルーター技術の応用とは何です!」と中央列の男性。

「それは……その、秘匿事項なっておりまして——」

「公開もできないことに『異世界省』の予算の大部分を割くんですか!」とまた別の記者が言う。

「いやだからそれは——」と言ってからは記憶がもうない。

 いや、唯一記憶に残っていたことがある、山川大臣の「今回も失敗か」と言う、落胆の台詞だ。


 *   *   *


『異世界省 第一庁舎・四階 大臣室』

 日付:同 時刻:午後一時半


 諸々の片付けを終えた後に、第一庁舎に戻ったのは、午後一時を過ぎた頃だった。

 俺は、怖い顔で座る山川大臣と対面する。

「はぁ……まぁ、荒木君が会見が得意じゃないのは知っているけど、もうちょっと上手くかわす技術を見つけてくれるかな?」

「すいません」と、俺はこれしか言えない。

「会見の事はもういい。それより、あの件。わかってる?」

「新隊員の選定ですか……」

「あぁ。陸自からも催促が来てる」

「それは……」

「陸自も早く編成を組みたいだろうからね。採用するならする。しないならしないでそう通達しなければ」

「了解しました。この後陸自にもう一度向かいます」

「そうしてくれ。あ。それと先日の救助報告。よろしく頼むよ。南くんからまだあがってきてないからね」

「すいません。きつく言っておきます」

 俺は、大臣室を出る。

 ふ~。大きく息を吐いた。


 *   *   *


『両国府 両国市 異世界遭難捜索隊・本部 第一庁舎・一階 仮隊員室』

 日付:同 時刻:午後二時

 

 第一庁舎・一階廊下を進む。

 ここ、『異世界遭難捜索隊・本部』は、異世界省からそう遠くないところに位置している。

 異世界遭難捜索隊は、異世界省に直轄される組織であり、防衛省に属する自衛隊以外で、軍事力を有する新日本都市連合国で唯一の組織である。

 がしかし、その唯一の組織の力と言っても……。

 俺は、仮隊員室に入る。

 中は、雑多に置かれた段ボール。使い古された机と椅子。寂れたロッカー。そして、なぜか置かれている背の低い冷蔵庫。

 そして、机の上で必死に報告書を書く、異世界遭難捜索隊・第二隊員・南晴香。

 栗色のボブカットに、長身。よく食べるタイプ。それに、人のいう事をあまり真面目に聞かない、お転婆属性もある。

 はぁ……。本日、何度目かのため息を吐く。

「南。報告書書いた?」

「いま書いてます」

「山川大臣から催促されたよ」

「えぇ!? それは、急がないと!」

 俺は冷蔵庫まで行き、冷やしておいた水を取り出す。

 冷蔵庫の扉横には、『南のです!!』と書かれたプリンが置いてある。

 あぶねぇ、また手に取る所だった。

 俺は、手に持った水を一気に飲む。

 ロッカーに入った荷物を取りだす。リクルートにでも出かけるか……。

 俺は、仮隊員室の扉へと向かう。

「あれ? 隊長またどこかに出かけるんですか?」

「陸自に行ってくる」

「またですかぁ?」

「仕方ないだろう。引き抜くなら早くしろって山川大臣からの催促だ」

「隊長も大変ですね」

「南。大変と思ってくれるなら、その報告書、早く仕上げてくれよ」

「っ! 今日中に上げます」

「頼んだぞ」

 

 *   *   *


『陸上自衛隊 両国駐屯地 第一訓練場』

 日付:同 時刻:午後三時


 陸自の隊員の声が訓練場に鳴り響く。

 ここに来ると三年前を思い出す。

 異世界遭難捜索隊に志願し、陸自を離れ、今まで活動してきた。

「まぁ、また来るとは思わなかったけど」

 訓練場には、第五型迷彩服を着た陸自の隊員が激しい訓練を行う。

 遠目からでもその様子が見て取れる。

 俺が、眺めていると訓練教官と目があった。

 帽子を取って一礼をする。

 

 庁舎にある小さい会議室まで来た。

 鞄を椅子の横に置き、ここに来るであろう人物を待つ。

 コンコンと扉が二回ノックされる。

「どうぞ」

「失礼します」と聡明そうな青年が入ってくる。

 彼は、三河蓮二等陸士。帽子を机に置き、俺の対面に座る。

「要件は分かってるね?」

「はい。でも……自分はやりません」

「考えてはくれた?」

「一様は」と彼は、ぶっきらぼうに答える。

「前にも言ったと思うけど、君だけなんだ。旧東京の一番被害の大きいルーター災害を経験しているのは」

「それは以前も聞きました。ですが、なぜ僕なんですか?」

 俺は息を大きく吸う。フラッシュバックしそうな記憶の蓋を閉じる。

「私も君と同じ経験をしている。あの経験をしている者なら、ルーターからもたらされる危機を正しく理解できるはずなんだ。捜索現場でも、きっと即戦力なる」

「僕は……絶対にやりません」

 俺は、座った椅子に一度背中を預ける。

 やっぱり……説得は無理か?

「うちはできたばかりの組織だ。人が足りない。君のような人材をなによりも欲しているんだ。頼む。入ってくれ」

「……正直言って、迷惑なんです」

「え?」

「異世界省なんていう得体のしれない組織から、こうして呼び出しを食らうと白い目で見られるんですよ」と言って、彼は席を立つ。

「ちょっと!」

「失礼します」

 一礼してそのまま出て行ってしまった。

 こりゃ、どうしたもんか……。

 

 *   *   *


『両国府 両国市 異世界遭難捜索隊・本部 第一庁舎 一階 仮隊員室』

 日付:同 時刻:午後五時

 

「ただいま戻りました」

「お! お疲れじゃねぇか、荒木」

「津田さん」

 疲れた体で仮隊員室に入ると、異世界遭難捜索隊・情報班・第三隊員・津田一生がいた。

 筋骨隆々の肉体に、チェーンのついた眼鏡をしている。インテリなのかマッチョなのか分からない。否、インテリマッチョなんだろう。

 異世界遭難捜索隊においては、後方で情報管理や一部指揮を行ってもらっている。

「また陸自に行ったそうだな」

「ええ。でも、ダメでした」

「なんでそうあの陸士にこだわる」

「いや~。こだわるっいうか、総合的に考えて彼が適任だと思うからです」

「まぁ、いいけどよ。お前は昔から一度決めたら曲げられない奴だ。何を言っても無駄だからな」

「……すいません」

「ちなみに、ルーターから検出された異常数値はなかったぞ。平穏その物だ」

「そうですか……」

「おい。なんだお前、誰か異世界に行ってくれみたいな言い方だな」

「違いますよ。今日の記者会見で救出数とか訊かれたんです」

「そういう事か。救出数か。言っても、約百人ぐらいだな年間」

「よく覚えてますね……。アメリカだと、年に三千人も異世界から救出したって話を聞きますよ」

「でも、数じゃないだろ」

「分かってます。一人でも多くの人を助ける。それが、我が隊の使命です」

「あぁ~あ。『鬼の荒木』なんていわれるぐらいなんだ。もっとしっかりしろ」

「うっす」

 津田さんは、仮隊員室の扉へと向かう。

「津田さん、またルーター検査ですか?」

「そうだ。一日中張り付いてないといけないからな」

「お疲れ様です」

「あ。あと。お前、熱血精神を持つ割に、引いてばかりいる。押してダメなら引くというが、その逆もあるぞ」

「それはどう——」

 津田さんは、部屋を出て行ってしまう。

 つまり……引いてダメなら押してみろってことか……?

 ものすごい足音がこの部屋に近づいて来る。

「隊長!!」と南が勢いよく部屋に入ってくる。

「どうした」

「報告書、バツくらっちゃいました!!」

「お前……」

「ど、どうしましょう……!」

「なんで、俺に一度見せないんだ」

「だ、だって……」

「だってもなにもないだろ」

「くっ!」

 南は、冷蔵庫に向かって突撃する。

「あ!」と、俺は冷蔵庫の前に立ち、開けさせない。

「どいてください!メンタルがプルプルなんです!!」

「メンタルがプルプルだから、プリンくおうってか!? そうは問屋がおろさねぇ!先に報告書を仕上げてからにしろ!」

「くっ~~~~~!!」

 南は、思い切り拳を握りしめて構える。

 不味い!! 空手黒帯のバカ力パンチが来る!!

「お、おい!! やめろ! 殴るな!!」

「隊長の!! バカ!!」と言って、南は俺を持ち上げ床に叩きつける。

「殴るんじゃないのか……」

 床に倒れ込む俺をよそに、南はプリンを冷蔵庫から取り出し、貪るように食う。

 コイツ絶対いつか懲戒処分にする……!!


 *   *   *


『両国府 両国市 第三特区』

 日付:同 時刻:午後十一時半


 くたくたに疲れた体で家に上がる。

 なんだかんだで南の報告書を手伝っていたら、もう午後十時過ぎになっていた。

 リビングの明かりは消えている。

 乃瑠はもう寝たかな……。

 二階に上がり、子供部屋をそっと開ける。

 小さな寝息を立て、娘が静かに眠っている。

「いつも遅くてごめんな」と一言告げ、扉を静かに閉める。

 リビングに戻り、冷蔵庫からコリンのビールを取り出す。

 グラスなんかに注がないで、一気に半分まで飲む。

「ぷっは~! やっぱ、これだよな」

 俺はダイニングテーブルの椅子に座る。

 ふと、キッチンに飾ってある写真が目に入る。

 生前の妻と撮った写真だ。

「彼は、あの災厄にいたから捜索隊に入るつもりはないのかなぁ……。いや、当たり前の話しか……」

 記憶の蓋が開きフラッシュバックが起きる。

 十年前。旧東京で起きたあの災厄が全てをめちゃくちゃにした。

 ビルや民家はおろか、人まで。全てが焼け、溶け、死体の山が積みあがった。

 行軍した化け物たちが都市を蹂躙し、全てを灰に変えた。

「ルーターか……」

 ポケットからバイブレーション。

 スマホを取り出し、確認する。

 電話だ。『津田一生』と名前が表示されている。

「もしもし」

「津田だ。ルーターが異常数値を検出した」

「場所は?」

「P31」

「いつものですか」

「そうだ」

 キッチンの写真がもう一度目に入る。

「今すぐ本部に来い。突入(アダプト)するぞ」

「……」

「おい! 聞いてるのか?」

「津田さん。陸自の寮に行ってきます」

「はぁ!?」

「引いてダメなら押してみろですよ」

「お前! まさか……!」

「三河蓮第二陸士も一緒に連れてきます」

 

 荒木誠の一番長い日はまだまだ続く……


 ルーターによるアダプトを開始しますか?

 

 YES——次に続く

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

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