閑話 真理の話


 修ちゃんがデイサービスの遠足の下見に菊花展に行くというから、私もついていくことにした。

 猫たちも一緒に車に乗って、家族そろって初めてのお出かけね。

 

 さおりが修ちゃんのお父さんの話を聞きたがるから、少し思い出話をする。

 修ちゃんには話してないだろうけど……まぁ、面白がっているし、話しちゃおうか。

 悪いわね、晴信さん。


 晴信さんとは、子どもの頃からのお付き合い。

 私の両親がこの町のベッドタウンに家を買い、そこに住み始めた頃、晴信さんのご両親もこの町に引っ越してきて、電気店を開いたの。

 

 あの頃は鉄道の開通で街がにぎやかになり、こんな田舎の町でも横浜まで通勤で1時間。

 道路はまだ整備されていなくて、電車のほうが便利だから、電車で通勤する人たちが集まってきたの。


 そんな時代の小学校のお友達が、晴信さん、修ちゃんのお父さんね。


 私は一人っ子の鍵っ子だったから、学校が終わるといつも一人で帰ってきて、遅くまで働いている両親を待っていたの。

 二人で働いているから、お金持ちではないけど、ピアノが家にあるくらいの生活をしていたわ。


 ベッドタウンとはよく言ったもので、本当にお父さんは品川の商社に勤めて遅くまで働いて、家に帰ってからはお風呂に入って、ビールの大瓶を毎日飲んで、ご飯食べて寝ちゃうの。

 小さかった私はあまりお父様とはお話ができなかったけど、小学校の高学年ごろには私が起きている間にお父さんは帰ってきた。

 お母さんはパートさんだったけど、残業で遅くなることも多かったな。


 夕飯が遅くなっても大丈夫なように、おやつは多めに用意してくれていたから、夕飯までは宿題をして、ピアノのお稽古をして、テレビを見て、お留守番をしていた。


 カラーテレビがだんだんと、どこのうちにもあるようになって、朝の学校前はみなしごハッチだったかな。


 そうそう、これでも私、テレビに出たこともあるのよ。

 それがきっかけで晴信さんとも仲良くなったのよ。


 朝のピンポンパン体操に、幼稚園のみんなで出たのよ。

 その時には、近所で噂になったの。


 私は大きな木のセットの中からおもちゃをもらえるのだけど、お人形さんセットだったかな? 

 それを抱えて出てきたところをアップで写されて、ちょっとした話題になったのよ。

 かわいい満面の笑みの女の子って。


 ある日、私はお母さんがなかなか帰ってこなくて、さみしくなって、賑わう商店街を一人で歩いていたの。

 そうしたら晴信さんが、


「おまえ、テレビに出ていた子だろ、こんな時間にどうしたんだよ。」

 

 その時は6時過ぎていたから、一人っきりで歩いていた私を心配してくれていたのね。


「母ちゃん、女の子が一人で歩いていたから、うちに来いって言った。

 そしたら来た。」


「……は? なんだって?」


 おばちゃんは大きな声でお店から声をかけたけど、私の顔を見て、


「あら、いらっしゃい。」


 急に上品な声になった。

 その時の晴信君は目を丸くしていたな。

 

 そのころサザエさんでは新しい家電のコマーシャルそしていて、晴信さんの家にもそんな家電が置いてあったの。

 黄緑色の冷蔵庫と電子レンジ。

 おばちゃんが電子レンジを使って、コロッケを温めていた。


「旦那さんが遅くなっても、ラップをかけて、電子レンジでチンすれば、ほら温かいおかずの出来上がり。」


 なんて店先でやっていた。

 

 テレビに出ていた子役(と思われていた)が飯塚電化センターの店先で電子レンジのコマーシャルをしていると、近所で評判になった。

 また世の中景気が良くなっていく時代だったから、電子レンジも売れたの。

 

 電子レンジが売れるたびに、私はご褒美にリカちゃんをもらったのね。

 だからお父さんも家電を買うときには飯塚電化センターで、冷蔵庫とテレビ、掃除機やアイロンも買っていたかな。


 晴信さんの家の営業トラック、実はうちのお父さんが安くしてくれたらしいの。

 そういうのもあって、家族ぐるみの付き合いになっていったのよ。


 そのうち二人とも大きくなって、中学校を卒業するくらいになると、お互いが相手を意識するようになるのだけど、ほら、男の子って、難しいお年頃でしょ? 変に照れて。


 あ、そこは修ちゃんも親譲りなのね。

 気があるのにはっきりしないから、友達にからかわれて、


「俺はお前なんか嫁にしないからな!」


 なんてみんなの前で言うから、


「こっちこそお断りよ。」


 ああ、言っちゃった。

 だから二人はそれっきり。

 

 私はそれから商業学校で簿記とそろばんをやって、ワープロも習ったかな。

 それで横浜の会社に勤めたのよ。

 そこでお父さんに見初められて、22歳で会社を辞めて、結婚したの。

 私は一人娘でしょ、だから当時では珍しいマスオさんだったのよ。

 

 晴信さんは、そのあとなかなか結婚しなかったけど、同じ電気商会のお見合い結婚で、修ちゃんが生まれたのよ。

 

 修ちゃんのお母さんのご実家は、商社にお勤めのエリートさん。

 電気商会のお偉いさんだったらしいの。

 だからなかなかのお嬢様だったと近所でも評判だったのよ。


 上品な話し方、おやつは手作りで、修ちゃんとお姉ちゃんは幸せだったでしょう。


 そんな奥様だったから、やきもち焼いて晴信さんに迷惑になると思って、仲良く話すのはしばらく遠慮していたのだけど、晴信さんがね、


「うちのと仲良くしてもらえないかな。」


 ほら、田舎のことだからね、お嫁に来たお嬢様って言うだけで、話しかける人がいなくて、お友達ができなかったのよ。


 新製品の家電のデモはお店で若い奥様らしくやるのがあって、料理とかおやつ作りとかで手伝ってくれるお友達が欲しかったのね。

 私たちはすぐに仲良くなったわ。

 テレビの話題が一緒だったから。

 それに同じくらいの子を持つ母親ですもの、よく子供の話をしていたな。


 そんなこんなで、修ちゃんのことはよく知っているの。

 まさかうちに来るとは思ってもみなかったけど、お友達の息子さんじゃ、何も心配いらないし、晴信さんも喜んでいる。



 菊花展の会場には、色とりどりの菊が並び、細竹の簾に囲まれて、しっとりとした風情が漂っていた。

 そんな時、聞き覚えがある声がしたの。


 修ちゃんが真っ先に「親父、仕事か?」と言ったから、すぐに晴信さんと分かった。


 夜の菊花展のライトアップをするそうだ。

 足元にはLEDの装飾が順路に沿って設置され、少し高い位置から光を落とすようにライトが設置されていた。


「晴信さん。」


「真理さんと嬢ちゃんか。」


「さおりはもう嬢ちゃんという年ではないのよ。

 それにあなたの家の嫁になるのだから。」


「うちの倅が厄介になって、悪いな。

 こき使ってくれてかまわないから。」


「大切な跡取り息子なんじゃないの?」


「イマドキ、まだそんなこと言うかね?」

 

「お姉ちゃんがまだいるから、だからって嬢ちゃんを待たせちゃ悪いだろ?

 男なら覚悟を決めて行けって言ってやったんだよ。」


「それに遠くに行かないんなら、今まで通りにできるからな。」


「ありがとうね、それじゃ修ちゃんをもらうから、時々はちゃんと顔を出してね。」


「おう、女房と孫の顔でも見に行くよ。」


「修ちゃん、あなたに似て奥手だから、いつになるのでしょうね?」


「ははっ、そうかよ。」


 晴信さんは笑っていた。


 うちは猫のキミと沙織たちに当てられて、ラブエナジーばっかり。


 あの人がなくなってもう七年かぁ。


 ふふっ、思い出しちゃったじゃない。

 あの頃は楽しかったわね。


 昔の仲間でも呼ぼうかな。

 時々外で食事とかデートするのもいいよね。

 

 今更深い仲にはならないけど……。

 プラトニックなら、それも悪くないかな……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る