十、師走


 会社からの連絡で、在宅勤務は解けないけれど、年内に各職域でミーティングを開くみたい。

 佐々木君からは、


「今後の在宅勤務の対策として、会社に望む改善点を話し合ってほしい。」

 

 たったこれだけメールが届いた。

 一斉に出社すると、せっかく人込みを避けているのに、それではまったく意味がない。

 だから各部署ごとに、会議室を予約して調整している。

 

 もちろん、総務課が中心となって今後の調整を担当するため、一番初めに会議をすることになった。


「来週の月曜日、午前中会議かぁ」


 そのためには日曜日の朝からうちに帰って、次の日に会社に行かなければならない。

 アイツは週末のデートを楽しみにしていたから、ちょっとかわいそうだよね。


 すっかり私もキミのお世話や買い物を普通に頼んでいるから、初めのうちは悪いなって思っていたけど、今ではアイツから買いものに行こうって誘ってくれるから、私も当たり前に付き合っている。


 自然に距離を詰めてくるなんて……あれ?

 でも、奥手だと言っていたはず。


 今日も普段通りに朝お迎えに来て、キミと一緒に車に乗ってホームセンターに買い物に行くの。

 そしていつも海岸まで出て行って、海辺のお店でランチ、少し散歩して帰ってくる。

 こういうデートを重ねていくと、それが当たり前の日常になる。

 だから少し変わったことがあると新鮮に感じる。

 

 そういうちょっとしたこと……例えば、岬の先でイルカたちが一斉にジャンプするのを見たり、トンビがハンバーガーを狙ったとき、勇敢にもキミが威嚇して追い払ったり。

 そんな二人だけの景色は、いつの間にか特別な思い出になっていく。



 我には女房が修氏に心を許していくのがわかった。

 でも、女房も不器用なので、修氏の前では「お姉ちゃん」を崩すことができないのだ。

 修氏が優しいので、甘えてしまっている。

「お姉ちゃん」なのにである。


 修氏からはあこがれの「お姉ちゃん」と聞かされてしまっているので、どうにも修氏には殿方としての魅力よりも、よき「お姉ちゃん」でいることにこだわってしまっている。

 これを崩すような修氏の会心の一撃に期待したいものである。



 アイツに来週東京の家に帰ると言ったら、


「こっちで一緒に暮らそう。」


 だって。


「うそ、やだ、もしかしてプロポーズのつもり?」


 私も照れてしまって、こういたずらっぽく返すのがやっとだった。


「もし仕事が大丈夫なら、僕と一緒にここで暮らしてみない?

 仕事も頑張るし、さおちゃんと一緒ならもっと頑張れる気がする。」


 男の子のまっすぐな目線って、ドキッとするよね。

 そんなにまっすぐに言われると、心が揺れてしまう。

 突然そんなことを言うからびっくりしちゃった。


「考えとくね」


 そういうのが精いっぱいだった。

 なんなのよ、この子は。


 生意気に 一緒に住もうと いろいろと 覚悟を決める お年頃なの



 修氏の会心の一撃には我も驚いたが、我が皇子時代にもこういうのがあったなら……とにかくまっすぐに思いを伝える。

 言葉を尽くすより、迷いながら立ち止まる恋のほうが美しい。

 それもまた、よい。


 皇子だった時は美辞麗句をならべ、ほめちぎって興味を持ってもらうことがはやりだった。

 今どきの男子の実直なやさしさとまっすぐな思い、ほかに何がいるものか。


 ほら、女房には、どうやら効果てきめんだったようだ。

 技ありである。


 うちの女房は、家に帰ってからは放心状態である。

 週末に東京に帰ることを母様は知っていたので、何があったかは察しがついているらしい。

 時々ニヤけては、女房の様子をうかがいながら我に話しかけてくる。


「修ちゃんとはお話しできたのかなぁ?

 東京の会社にいつまでも務めていても、ご縁がなければねぇ。

 どこに住んでも一緒だと思いませんか?

 キミィ?」


 そのように畳みかけてくる。


 いつもなら反発して「うるさいなぁ」と一言返してプイっとするのに、今日は母様の話を神妙に聞いている。


「こういう反応は初めてよねぇ、キミも見たことないでしょ?」


 耳まで赤くなった女房が黙って自室に戻っていく。


「おやまぁ。」


 母様は、なんだかうれしそうだった。


 暁の 一番列車 振り返る 夢のまたゆめ 仕事に戻る



 ここにアイツが見送りに来ていてくれたら……。

 東京に戻る電車の中で、窓の外をぼんやり眺めながら、つい思ってしまう。

 素直にアイツの気持ちに答えられなくて、なんだか申し訳なくて。

 

 今ごろアイツ、変な勘違いしてないかな……。


 また来いよ アイツの顔が つらいから 黙ってきたの 悪かったかな



 これは絶対に、嫌われたか避けられたと勘違いするよな、男は。

 すれ違う二人が、何とももどかしい。


 修氏よ、


「見送りには行けないよ。行ったら……何も言えなくなるから。」


 これはないだろう。


「仕事だから、邪魔しちゃ悪いから。」


 駄々をこねる年でもあるまい。


 女房はわかっているのだろうか?

 修氏は「流される」奴だということが。


 この恋の駆け引きは、引けば終わるのだ。

 そんなつもりはなくとも、修氏は何もできずに悲嘆にくれるのであろうか。


 女房の気も知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る