罪悪感と、欲望と
第6話
夏休みも近づいてきた月曜日の朝。その日も佑月はスクールメイクとヘアセットをばっちりキメて、登校した。
相変わらず由夏は荷物を置いてどこかに行っている。そして、壮太はいつもの一軍グループの面子と仲良くしている。
しかしあの事があったせいか、お互い気まずくて、軽く挨拶を交わすだけで会話に発展することはなかった。
そのまま、三人別々で過すまま放課後になった。今日は従姉の咲綾もいるので、早く帰る。その旨だけ壮太に伝えて、正門に向かう。すると後ろから、聞き覚えのある様な声に呼び止められた。
「えっと……羽賀くん?」
彼は壮太の友人で、何かと女子と交友を持とうとするチャラいタイプの男子だ。苦手なタイプなので関わったことはないが、話には聞いている。
「ちょっと用事あるんだけど、いい?」
「まあ、少しなら」
「じゃあ、校舎裏来てよ」
「校舎裏……まあ、いいけど」
いったいどんなイベントが待ち構えているのだろうかと警戒しつつ、彼の後について行く。
そして、人気のない校舎裏で言われたのは、案の定の言葉だった。
「なあ、宮野お前壮太との付き合いはお試しなんだろ? ならさ、俺ともお試しで付き合わね?」
なぜ? そんな当然の疑問しか浮かばなかった。
彼とは一切交友がない。話したのだって、これが初めてだ。それなのに、お試しでも付き合う理由なんてない。
「なんで?」
「好きになるかも、だからお試しで付き合ってんだろ? なら、俺でも変わんないじゃん。壮太じゃいけないとこまで、リードしてやるよ」
壮太と違って、下心が透けてどころか丸見えだった。
確かに壮太は今の所奥手だ。だが、それは自分を思ってくれているのだろうとわかる。だからこそある程度は気を許しているわけで、好きになって体験できれば誰でもいい、というわけでもない。
なんて、わたしが言えた話じゃないか――そう思ったが、やはり答えは一つしかない。
「ごめん、そういうので付き合ってるわけじゃないから。まあ、元々わたしが押しに負けたって言うのもあるけど、色々気にかけてもらってたっていう経緯もあるから」
「そりゃあいつ、お前の事好きだったからな。俺らが介入する隙もなかったよ」
「へぇ……」
それでやけに親しくしてくれていたのかと納得した。お互い立場的が似ているからこそと思っていたが、好きな人、気になる人を気に掛けるのは当然の事だろう。
「まぁ俺も気にはなってたよ。いつもちょっと体調悪そうだし、いつ倒れるか分かんねぇ女子がいたらそりゃ気にもなる。たぶん、クラスの男子みんなそうだ」
「それは、ご心配をおかけしたようで」
「まぁ、俺もあいつとお前に対する好意は変わらない。それに、やっぱあいつとは違ったやり方で、好きになれるかもしれないだろ?」
「……ごめん、それでもお試しだとしても付き合えない」
「まぁ、そう言わずに――」
「はい、ストップ」
じりじりと羽賀が近寄ってきたところで、後ろから由夏が彼の腕を掴んで止めた。
「由夏ちゃん」
「ごめんねー、近くで休んでたら話聞こえちゃって、どっか行こうかと思ったらなーんかまずそうな雰囲気になってたから」
「柏木……お前には関係ないだろ」
「可愛い可愛いお友達のピンチは見逃せないからね~」
「ちっ、わーったよ」
「よろしい。佑月、大丈夫?」
「うん。助けてくれてありがと」
あのまま壁に押し付けられて、なんて想像して怖かった。その恐怖を拭うように、由夏に抱き着く。
「よしよし。羽賀はもう帰ったから大丈夫だよ」
「うん……」
「見たところ帰る前だよね。あたしも帰るから、一緒に帰ろ」
「うん」
サボってそのまま帰るつもりだったらしく、由夏はバッグを木陰から持ってきた。
二人で家路につき、エレベーターで彼女と別れる。
やっぱり、助けてくれるところもお姉ちゃんみたいだ――なんて思いながら、本当の従姉のお姉ちゃんの元に帰る。
「ただいま」
「おかえり佑月ちゃん。その顔、何かあった?」
「あー、わかっちゃう?」
「わかるよ、すぐ顔に出るんだから。話聞いてあげるから、着替えてきな」
佑月は制服を脱ぎ部屋着に着替え、リビングのソファーに座る。すると咲綾がココアを持ってきて、隣に座った。
「で、何があったの?」
「告白された。まあようやくしたら、たぶんだけどえっちしてから好きになる事もあるだろ、みたいな話」
「そういえば今はお試し彼氏がいるんだっけ。まあ、そう考えたらコロッと落とせそうに思えちゃうんだろうね」
「そこまでチョロく――」
ない、とは言い切れなかった。お姉ちゃんに、咲綾に雰囲気が似ているからと、仲良くなって間もないクラスメイトに、あそこまで許してしまったのだから。
「佑月ちゃん、昔の事もあるんだから警戒してるとは思うけど、話が始まる前に断るのも大切だよ?」
「うん」
「それに佑月ちゃんチョロいから、異性とか関係なく気を付けないと」
そこには、由夏も含まれるのだろう。咲綾は彼女の存在を知らないだろうが、付け込んで何かしてくる女子も、確かにいるかもしれない。
けど、あれは自分から誘った事。
「……お姉ちゃん、ぎゅーってして」
「あはは、甘えん坊さんだなぁ」
佑月は咲綾の胸に顔を埋める。由夏と同じように、ほんのりタバコの香りがする。
「……気分転換に、一緒に買い物行こっか」
「そうする」
佑月と咲綾は夕飯の買い出しに、近所のスーパーに行った。
近所のスーパーは壮太も由夏も利用する場所だが、時間的に壮太と会うことはないだろう。今会うと気まずいので、それでいいが。
「今日の夕飯、何にする?」
「今日はわたしが作るよ。最近洋食多かったし、和食にしようかな」
「それならホッケ食べたい! 日本酒も飲んじゃおうかな」
「なら、味噌汁と肉じゃがと……でいい?」
「うん。佑月ちゃんのご飯久しぶりだなぁ、楽しみ」
「久々に作るから、あんまり期待しないでね」
家になかった必要な食材をカートに入れていく。咲綾の作ってくれた作り置きが無くなったら大抵出前だったので、案外必要な食材が多かった。それに加えておやつやらお酒やらで寄り道したので、会計が終わるのも少し遅くなってしまった。
「重いでしょ、持つよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
咲綾に荷物を渡してスーパーを出る。すると、制服姿の壮太と、その隣を仲良さそうに歩く一軍の、彼の幼馴染らしい女子――三司麻里奈を見かけた。まだ部活は終わってないはずだが、早退したのだろうか。
嫉妬心は、なかった。ただ、仲いい女子とはあの距離感で帰るんだなぁと、あの時の初心にすら見える反応が意外だった。
「ねえ、あれ宮野さんと……え、さーやじゃない⁉」
歩いていると麻里奈が咲綾に反応して、それに釣られるように壮太も佑月の方を見て、ばつの悪そうな顔をする。そんな壮太を気にせず、麻里奈は壮太の手を引っ張り、咲綾の元まで走って来た。
「あの、さーやちゃんですよね!」
「お、私の事知ってるんだー?」
「はい! 雑誌とかめっちゃ見てます! あと、動画も!」
「マジ? 嬉しい~。あ、もしかしてそのメイク」
「はい、参考にしました!」
「やっぱり~。超かわいいじゃん。彼氏に見せるの?」
壮太の事を何も知らない咲綾は、気付かず二人の地雷を踏みぬいた。彼氏に見せるの? とだけ聞いていればよかったものを、満面の笑みで壮太の方を見ている。
「違いますよー。これはただの幼馴染なんで。彼氏もいないですし?」
「あれ、彼氏じゃないんだ。手繋いでるしてっきり――」
「あー、ほんと、ただの幼馴染でこいつが勝手に手引っ張って来ただけっす」
「あはは、いいんじゃない? 私が由夏ちゃんと手繋ぐのと同じようなものでしょ?」
気にしていないよと、遠回しにそうフォローしておく。しかしそれが「嫉妬もしない」と取られてしまったのか、壮太はしゅんとしてしまった。
もう何も言わないでおこう。何を言ってもこれ以上は悪化するだろうし、自分にも刺さる。
「そっかそっかー。てか、佑月ちゃんのお友達?」
「私はそんな交流ないけど、こっちは宮野さんの彼氏ですよ。まあ、お試しだけど」
「ふぅ~ん。ま、お試しならいっか。けど、幼馴染とはいえあんま人の男にちょっかいかけちゃだめだよ~? すっごい拗れ方するから」
全くだ。下手に手を出すと、色々拗れる。経験したからよくわかる。
「気を付けまーす。ごめんね、宮野さん」
「気にしないで。幼馴染の距離感って、そんなもんでしょ」
とは言いつつも、なんとなく彼女の言葉に悪意があるような気がして、少し言い返したくなった。罰が当たったのだろうか、今日は嫌な日だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます