第4話 死後の選択肢



「そんなに落ち込まないでください。異世界転生は無理ですが、強くてニューゲームは可能かもしれませんよ?」


「その話詳しく!」


 前のめりになる叶夜きょうやは興奮を抑えられない様子である。他の幽霊たちも来世らいせの話に興味を持ったのか近くに集まってきた。わざとらしく咳払いする来世らいせは自身の霊力でホワイトボードを形成すると、図式しながら解説し始めた。


「えーと、死神の剪定を受けていない霊魂は転生時に元の性格や姿、得意分野などを僅かに継承することができます。これが転生時に引き継げる基本情報ですが、例外はあります」


 来世らいせは『転生時の基本継承』という一つ目の項目の下に『善行』と『その他』という新たな文言を追記していく。


「例外の一つは生きている間に善行を積むこと。これによりその人間が周囲に良い影響を与えると判断された場合は生まれ変わる前に貢献度に応じた才能が付与されます。所謂徳を積むというものですね。よりよい社会を構築できる魂には便宜を図るわけです」


 例えばボランティアをやってきたとか、多額の寄付を行ったこと、長生きして子や孫の面倒を見るというひとつの家族形態すらも善行にカウントされる。要はどれだけ周りの人間を肉体的、精神的、経済的に支えてきたかどうかということである。【如月小学校】の校長先生などはこの善行にあたるために死ぬ前から便宜を図られているというわけだ。


「もう死んでる俺達にはどうしようもねーじゃん」


「だからなるべく長生きするべきなんですよ。ただ不死川しなずがわ叶夜きょうやさん。あなたは『その他』の項目に該当しますのでいくらかの才能は付与されると思われます」


「――というと?」


「病気や事故、事件など本人の意図しない所で死亡してしまった場合は特約条項によって才能が付与されるのです。同情票みたいなものですかね」


 理不尽な出来事で命を奪われた場合は長生きして徳を積む機会が奪われてしまう。そういった運の悪かった霊魂への救済措置が認められているのだ。


「まぁおかげで悪人であっても才能豊かな人間が生まれることにもなってしまう訳ですが」


「なあ、事故や事件で死んだり、善行を積んだりって基本生きていたときのことだろ? やっぱり死んでたら新しい才能も貰えないわけだし、成仏したくないっていうコイツらの気持ちも分かる気がするぞ?」


「そうだそうだ!」「もっと言ってやれ兄ちゃん!」「転生システムに改革を!」


 普段はおとなしい浮遊霊たちがここぞとばかりに死神に抗議し始めた。群体になったら発言力を増すのは人間も幽霊も同じらしい。


「そんなあなた達に朗報です。死んでも才能を得られる裏技があります。善行を積むより手っ取り早く確実で、より多くの才能を得られる方法です」


「なんだよ、そんな画期的な手段があるならもったいぶらずに教えてくれよ!」


「簡単なコトですよ~。私のように死神になればいいのです」


 死神という職種は一般的な幽霊から公募しているらしい。死神として死者の魂をより多く黄泉の国へと導くことができれば多種多様の才能が得られるということだ。他者に貢献すれば才能を得られるという点では生きている頃と変わらないが、付加される才能のレベルや多様さは善行を積むときとは比べ物にならないと来世らいせは熱く語る。


「あなたも生前、容姿端麗で成績優秀な上にスポーツ万能で家柄まで良い人間を一人は見た事があるでしょう? 彼らの多くは元死神なのです。死んでから頑張った分だけ約束された勝ち組人生が待っているという訳ですね」


「おおっ! 俺、神社や寺の子じゃないし霊感とかなかったけど死神になれるもんなの?」


「勿論、家柄や才能は問いません! 必要なのは本人のやる気だけです! ささっ、熱が冷めない内にこの書類にサインを!」


 どこぞの企業PRの如く前のめりで死神職の素晴らしさを説く。

 来世らいせが取り出してきたのは『死神契約書』というものだ。日本語で書かれていないが、なんとなく記載内容は理解できた。一定数の魂を導くまで死神としての職務を全うするという旨が記載されている書類だった。しっかりと『職務功績次第で死神としての報酬に加えて転生時に才能を上乗せする』ということまで書かれている。

 下部には名前の記載欄と血判を押印する場所があった。

 渡された髑髏のペンを握って軽い気持ちでサインしようとした時、ペンの動きが止まった。力を込めても金縛りにあったように動かない。


「死神の嬢ちゃん、無知な若い子を騙すのはどうかと思うよ」


 叶夜きょうやの動きを制止させたのはゴッドマザーこと露婆つゆばあだった。今まで静観していた彼女が出しゃばってきたのは意外だったが、それよりも明確に「騙す」と表現したことに叶夜きょうやは首を傾げた。契約書の内容的に人を落とし入れるようなことは書かれていないはずだ。


「どういうことなんだよ、婆ちゃん?」


「死神の嬢ちゃんの言ったことは事実だよ。確かに死者の魂を導いたなら相応の才覚が与えられ優先的に転生できる。但しそいつが生きて死神の仕事を全うできたらの話じゃ」


「生きて……? いや俺達もう死んでるんだけど」


「ワシが言っとるのは魂の死の方じゃ。霊魂の死は普通の死と違って完全消滅を意味する。普通はそんな事は起こらないが悪霊や怨霊と日常的に闘う死神なら命を落とすことも有る」


 死神の仕事は浮遊霊を説得して黄泉の国へ送ることばかりではない。悪意を持った霊魂たちと時に戦い武力鎮圧することもあるのだ。そのために彼らは武器としてソウルブレイカーを携帯しているのである。つまりそれは死の危険を伴うことを意味していた。


「ワシはここに随分長いこと住んどるが、この地区の死神はもう三度も殉職しておる。嬢ちゃんの前任者もその中の一人じゃ。なぁそうじゃろ? 生明あざみ来世らいせ


 指摘を受けた来世らいせは悪びれることもなく露婆つゆばあの主張を認めた。


「私はあくまで選択肢を与えただけですよ。強要はしていません」


「いや、俺……何も説明受けてなかったけど……」


「聞かれませんでしたので」


 最早怒る気にもならなかった。確かに彼女は嘘をついていない。意図的に隠していただけなのだ。


「そういや、死神は人材不足って言ってたっけ。考えてみればそうか。楽に良い想いできる仕事なら代わりはいくらでもいるはずだもんな」


「以前は人間の魂を五百ほど霊界へ送れば良かったはずじゃが……今は死神の数が減って一人一人のノルマが倍に増えてるとも聞く。そして新しい死神を五人勧誘できれば即刻その死神は任期満了扱いで転生できるという話もな」


 まさか自分に代わる人柱を見繕うために強引な勧誘をしたのかと叶夜きょうやは冷ややかな視線を来世らいせに送った。しかし彼女は涼しい顔でそれを受け流しながら答える。


「仕事仲間を増やしたいと思ったのは事実ですが、職務を押しつける気は毛頭ありませんよ。仮に叶夜きょうやさんを勧誘できていたとしても私は成仏する気はありませんでした。……まだ現世でやり残したことがありますから」


 意味深なことを呟いた彼女は【ホラーハウス】を後にする。彼女も何かこの世に未練があるようだ。叶夜きょうや露婆つゆばあたちにお礼を言って慌てて彼女の後を追いかけた。

 やや進んでから来世らいせは躊躇いがちに振り返ってくる。


「……あの場に残っても良かったんですよ?」


「冗談抜かせ。死神が地縛霊を推奨してどうするよ」


 キレのあるツッコミに来世らいせは小さく笑った。

 多少強引で少々棘のある言い方をするときもあるが、叶夜きょうやは彼女を悪人だとは思えなかった。校長先生に便宜を図っていたり、若くして死んでしまった自分の思い出名所めぐりに付き合ってくれたりしているのだ。それらは死神としての職務だけではないだろう。


「さっき現世でやり残したことがあるって言ってたよな?」


「これから転生する人は余計なことは考えなくていいですよ。これから未練を解消しようという人が新しい未練を増やすつもりですか」


 案に深入りするなと返されてしまった。実際の所ただの浮遊霊に過ぎない叶夜きょうやではどうすることもできないだろう。口淀んでいる間に強引に話題を変えられてしまう。


「今は貴方の心残りを解消する時間です。次はどこに行きますか? 小中学生の頃通い慣れた場所は大方巡ったと思いますが……」


「そうだなぁ。あと心残りがあるとすれば……」


 遠足や家族と行った旅行先なども楽しかったが今一度行きたいかと言われると微妙だった。あの時は友人や家族と一緒に行ったことが付加価値を与えたのであって幽霊の身で一人行ってもさみしくなるだけだ。


 ――色々考えた結果最期に辿り着いたのは【四宮高等学校】だった。

 叶夜きょうやがこれから三年間過ごす予定だった学校である。今までは過去の人生を振り返るために思い出の場所を巡っていたが、最後は未来に進んでいくはずだった自分の居場所を見つめ直そうと思ったのである。叶夜きょうやの葬儀も終わったため学校も日常に戻りつつあるようだ。ただクラスメイトの死という事実は叶夜きょうやの机に置かれた献花として残っていた。

 時折水口が悲しそうにその席を一瞥しているのがよく分かった。


「本当は俺もあそこにいたんだな」


叶夜きょうやさん……」


 死んだ人間がもう元の居場所に帰れないことは分かっていた。それを望むということは地縛霊になるということに他ならない。叶夜きょうやには無念さはあったがそこまでの執着はない。

 ただ悔いとして学校でやり残していたことが一つだけあった。叶夜きょうやは自身の隣の席の女の子に眼を向ける。多くの生徒の中でも一際目立つ麗しい容姿の美少女である。その熱を帯びた視線から来世らいせも何となく事情を察した。


「彼女に好意を抱いていたのですか?」


「ああ。彼女……鈴森綾香すずもりあやかは俺の初恋の人だった」


「中学時代に失恋してたって言ってませんでしたか?」


「実らなかった恋なんて忘れちまったよ。初めてのトキメキを抱いたらそれはもう初恋でいいじゃねーか」


 理屈がさっぱり分からない来世らいせも彼が相当惚れこんでいることは理解できた。しかし高校入学して間もないはずだ。どんな切っ掛けで恋心を抱いたのか興味本位に尋ねてみることに決めた。


「いつ惚れたのです?」


「出会ったその日」


 一目惚れらしい。確かに鈴森綾香すずもりあやかは黒髪のロングストレートヘアで見るからに清楚な外見であり女慣れしていない男が好きそうな容姿をしていた。失恋記録更新中の叶夜きょうやなら即効で落ちてしまうだろう。


「具体的なアプローチはしたのですか?」


「取りあえず名前は覚えてもらった。珍しい苗字だから話の口実にはなったぜ」


 どうやら本格的に口説こうとしていた矢先に死んでしまったようだ。叶夜きょうやは中学時代の失恋のせいか恋愛に関してかなり奥手になってしまっていたのである。

気の毒ではあるものの来世らいせにはどうすることもできない。


「死者は生者に関わることはできません。手も触れられなければ声も届かない。残念ですが彼女にあなたができることは何もありません」


「分かってるよ。けど成仏する前に俺が最後に惚れた女の子のことを見ておきたいんだ」


 転生時に不死川しなずがわ叶夜きょうやとしての記憶は消されてしまう。いくら恋い焦がれた対象の姿を目に焼き付けていても生まれ変わったら何も覚えていないだろう。しかしそれでも構わなかったのだ。叶夜きょうやは来世でも良い恋愛ができるように自身が恋い焦がれた感覚を忘れたくなかったのである。


「分かりました。私も元は人間なので気になる子のことを知りたいという感情は理解できます。但し、丸一日遠くから眺めるだけ。えっちな覗きとかはダメですからね」


「しねーっての!」


 同伴者の許可も得たことなので叶夜きょうやは想い人の姿を追った。生きている時点で追跡はストーカー扱いされかねないが、死んだ彼を気に留める者はいない。生徒も教師も何ら気づかず彼の身体を通過していく。幽霊だからこそ誰にも気づかれずに想い人の後をつけられるのだ。改めて観察する鈴森綾香すずもりあやかはクラスの人気者だった。社交的で誰にでも優しく、ゴミ出しなどの雑用も嫌な顔一つせずに引き受けている。

 友人も多いようで昼休みは一緒に食事をしようと誘われることが多々あった。


綾香あやかちゃんはやっぱり天使だな」


 昼食を頬張る綾香を見ているだけで叶夜きょうやはご満悦らしい。どうやら彼女を見つめているのは叶夜きょうやだけではないようだ。クラスの殆どの男子が彼女の行動を目で追っていた。


「随分人気者ですね。まぁ顔もスタイルもよく愛想も良ければ異性からは好かれますか」


 やがて放課後になり彼女は女友達と連れだって繁華街に繰り出した。制服姿のままカラオケに入って行く。交代で歌っていく様はまさに青春である。叶夜きょうやも男友達とカラオケに来ることはあったが女同士も対してやることは変わらないものだなとぼんやり考えていた。

 いくつかの歌い終わって疲れてきたのか頼んだ軽食をつつきながら女子会が始まった。


「ねぇ、あたしのSNSバズってるんだけど見たー? この前挙げた動画の再生数とかヤバい! インフルエンサー扱いされてるし!」


綾香あやか可愛いからねー。SNSはともかく彼氏はできたの?」


「んー? いないけど?」


「うっそ、もてまくりじゃーん。クラスの大半の野郎共はみんな綾香あやか狙いだと思うけどー?」


「そうそう、この間死んじゃった不死川しなずがわくんだっけ? 彼もずっと綾香あやかのコト見てたし」


 叶夜きょうやは内心ガッツポーズをとった。霊として自分の声が聞こえない時点でどうすることもできなかったが、友人から話を振ってもらえるというのは思わぬ僥倖である。

 彼女が自分に対してどう思っているのか知ることができるのだ。ゴクリと固唾を呑んでその返答を待つ。携帯を弄っていた綾香あやかは飲物を一口飲むと、つまらなそうにつぶやいた。


「興味ないよ。アイツがあたしに好意持ってるのはバレバレだったけど全然タイプでもなかったし。お金もってなさそうだからキープでも無理。ずっと告白断る口実探してたから死んでくれて手間が省けったって感じ」


綾香あやかひど~い!」「サイテー」


「本人が聴いてる訳じゃないし、別に良いでしょ」


 幽霊として自由に人を観察できるということは隠していた相手の本心さえも見ることになってしまう。綾香あやか自身本人がもうこの世にいないので仲間内で本音が漏れてしまっただけだったのだろう。本当に悪気はなかったのだ。ゲラゲラ笑う女子高生が楽し気にカラオケを再開するが、叶夜きょうやは意気消沈してその場から動けなくなっていた。


叶夜きょうやさん、元気出してください」


「……何も知らないままの方が良かった。もうこのまま成仏させてくれ。悔いはない」


 完全に自暴自棄である。死神としては手早く成仏させられるので良い状態なのだが流石に憐みを感じてしまう。少しばかり女子高生たちにお灸を据えてやろうと来世らいせは霊力を込めて何らかの呪文を唱えた。途端に電灯が点滅し始める。


「な、なに……!?」


 驚き慌てる女子高生の眼の前で、テレビ画面に写っていた動画が突如砂嵐に変わる。そしてスピーカーの反響音が鳴った後、先程の叶夜きょうやの呟きが不気味な音に編集された状態で再生される。


『何モ知ラナイママノ方ガ良カッタ……コノママ成仏……ブツブツ』


 そこからは阿鼻叫喚だった。泣きだす者や抱き合って怯える者、店員に抗議に行く者、各々リアクションは違ったがこのままカラオケを続けられるというテンションではなくなっていた。自然な流れでお開きになる。


「ざまぁないですね。死者を冒涜するからです」


 一人とぼとぼと帰路につく綾香あやかの背中は小さく見えた。流石に自分の発言に思うところがあったのかもしれない。満足した来世らいせはその場を離れようとしたが、近くに叶夜きょうやがいないことに気が付いた。


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