第4話 死後の選択肢
「そんなに落ち込まないでください。異世界転生は無理ですが、強くてニューゲームは可能かもしれませんよ?」
「その話詳しく!」
前のめりになる
「えーと、死神の剪定を受けていない霊魂は転生時に元の性格や姿、得意分野などを僅かに継承することができます。これが転生時に引き継げる基本情報ですが、例外はあります」
「例外の一つは生きている間に善行を積むこと。これによりその人間が周囲に良い影響を与えると判断された場合は生まれ変わる前に貢献度に応じた才能が付与されます。所謂徳を積むというものですね。よりよい社会を構築できる魂には便宜を図るわけです」
例えばボランティアをやってきたとか、多額の寄付を行ったこと、長生きして子や孫の面倒を見るというひとつの家族形態すらも善行にカウントされる。要はどれだけ周りの人間を肉体的、精神的、経済的に支えてきたかどうかということである。【如月小学校】の校長先生などはこの善行にあたるために死ぬ前から便宜を図られているというわけだ。
「もう死んでる俺達にはどうしようもねーじゃん」
「だからなるべく長生きするべきなんですよ。ただ
「――というと?」
「病気や事故、事件など本人の意図しない所で死亡してしまった場合は特約条項によって才能が付与されるのです。同情票みたいなものですかね」
理不尽な出来事で命を奪われた場合は長生きして徳を積む機会が奪われてしまう。そういった運の悪かった霊魂への救済措置が認められているのだ。
「まぁおかげで悪人であっても才能豊かな人間が生まれることにもなってしまう訳ですが」
「なあ、事故や事件で死んだり、善行を積んだりって基本生きていたときのことだろ? やっぱり死んでたら新しい才能も貰えないわけだし、成仏したくないっていうコイツらの気持ちも分かる気がするぞ?」
「そうだそうだ!」「もっと言ってやれ兄ちゃん!」「転生システムに改革を!」
普段はおとなしい浮遊霊たちがここぞとばかりに死神に抗議し始めた。群体になったら発言力を増すのは人間も幽霊も同じらしい。
「そんなあなた達に朗報です。死んでも才能を得られる裏技があります。善行を積むより手っ取り早く確実で、より多くの才能を得られる方法です」
「なんだよ、そんな画期的な手段があるならもったいぶらずに教えてくれよ!」
「簡単なコトですよ~。私のように死神になればいいのです」
死神という職種は一般的な幽霊から公募しているらしい。死神として死者の魂をより多く黄泉の国へと導くことができれば多種多様の才能が得られるということだ。他者に貢献すれば才能を得られるという点では生きている頃と変わらないが、付加される才能のレベルや多様さは善行を積むときとは比べ物にならないと
「あなたも生前、容姿端麗で成績優秀な上にスポーツ万能で家柄まで良い人間を一人は見た事があるでしょう? 彼らの多くは元死神なのです。死んでから頑張った分だけ約束された勝ち組人生が待っているという訳ですね」
「おおっ! 俺、神社や寺の子じゃないし霊感とかなかったけど死神になれるもんなの?」
「勿論、家柄や才能は問いません! 必要なのは本人のやる気だけです! ささっ、熱が冷めない内にこの書類にサインを!」
どこぞの企業PRの如く前のめりで死神職の素晴らしさを説く。
下部には名前の記載欄と血判を押印する場所があった。
渡された髑髏のペンを握って軽い気持ちでサインしようとした時、ペンの動きが止まった。力を込めても金縛りにあったように動かない。
「死神の嬢ちゃん、無知な若い子を騙すのはどうかと思うよ」
「どういうことなんだよ、婆ちゃん?」
「死神の嬢ちゃんの言ったことは事実だよ。確かに死者の魂を導いたなら相応の才覚が与えられ優先的に転生できる。但しそいつが生きて死神の仕事を全うできたらの話じゃ」
「生きて……? いや俺達もう死んでるんだけど」
「ワシが言っとるのは魂の死の方じゃ。霊魂の死は普通の死と違って完全消滅を意味する。普通はそんな事は起こらないが悪霊や怨霊と日常的に闘う死神なら命を落とすことも有る」
死神の仕事は浮遊霊を説得して黄泉の国へ送ることばかりではない。悪意を持った霊魂たちと時に戦い武力鎮圧することもあるのだ。そのために彼らは武器としてソウルブレイカーを携帯しているのである。つまりそれは死の危険を伴うことを意味していた。
「ワシはここに随分長いこと住んどるが、この地区の死神はもう三度も殉職しておる。嬢ちゃんの前任者もその中の一人じゃ。なぁそうじゃろ?
指摘を受けた
「私はあくまで選択肢を与えただけですよ。強要はしていません」
「いや、俺……何も説明受けてなかったけど……」
「聞かれませんでしたので」
最早怒る気にもならなかった。確かに彼女は嘘をついていない。意図的に隠していただけなのだ。
「そういや、死神は人材不足って言ってたっけ。考えてみればそうか。楽に良い想いできる仕事なら代わりはいくらでもいるはずだもんな」
「以前は人間の魂を五百ほど霊界へ送れば良かったはずじゃが……今は死神の数が減って一人一人のノルマが倍に増えてるとも聞く。そして新しい死神を五人勧誘できれば即刻その死神は任期満了扱いで転生できるという話もな」
まさか自分に代わる人柱を見繕うために強引な勧誘をしたのかと
「仕事仲間を増やしたいと思ったのは事実ですが、職務を押しつける気は毛頭ありませんよ。仮に
意味深なことを呟いた彼女は【ホラーハウス】を後にする。彼女も何かこの世に未練があるようだ。
やや進んでから
「……あの場に残っても良かったんですよ?」
「冗談抜かせ。死神が地縛霊を推奨してどうするよ」
キレのあるツッコミに
多少強引で少々棘のある言い方をするときもあるが、
「さっき現世でやり残したことがあるって言ってたよな?」
「これから転生する人は余計なことは考えなくていいですよ。これから未練を解消しようという人が新しい未練を増やすつもりですか」
案に深入りするなと返されてしまった。実際の所ただの浮遊霊に過ぎない
「今は貴方の心残りを解消する時間です。次はどこに行きますか? 小中学生の頃通い慣れた場所は大方巡ったと思いますが……」
「そうだなぁ。あと心残りがあるとすれば……」
遠足や家族と行った旅行先なども楽しかったが今一度行きたいかと言われると微妙だった。あの時は友人や家族と一緒に行ったことが付加価値を与えたのであって幽霊の身で一人行ってもさみしくなるだけだ。
――色々考えた結果最期に辿り着いたのは【四宮高等学校】だった。
時折水口が悲しそうにその席を一瞥しているのがよく分かった。
「本当は俺もあそこにいたんだな」
「
死んだ人間がもう元の居場所に帰れないことは分かっていた。それを望むということは地縛霊になるということに他ならない。
ただ悔いとして学校でやり残していたことが一つだけあった。
「彼女に好意を抱いていたのですか?」
「ああ。彼女……
「中学時代に失恋してたって言ってませんでしたか?」
「実らなかった恋なんて忘れちまったよ。初めてのトキメキを抱いたらそれはもう初恋でいいじゃねーか」
理屈がさっぱり分からない
「いつ惚れたのです?」
「出会ったその日」
一目惚れらしい。確かに
「具体的なアプローチはしたのですか?」
「取りあえず名前は覚えてもらった。珍しい苗字だから話の口実にはなったぜ」
どうやら本格的に口説こうとしていた矢先に死んでしまったようだ。
気の毒ではあるものの
「死者は生者に関わることはできません。手も触れられなければ声も届かない。残念ですが彼女にあなたができることは何もありません」
「分かってるよ。けど成仏する前に俺が最後に惚れた女の子のことを見ておきたいんだ」
転生時に
「分かりました。私も元は人間なので気になる子のことを知りたいという感情は理解できます。但し、丸一日遠くから眺めるだけ。えっちな覗きとかはダメですからね」
「しねーっての!」
同伴者の許可も得たことなので
友人も多いようで昼休みは一緒に食事をしようと誘われることが多々あった。
「
昼食を頬張る綾香を見ているだけで
「随分人気者ですね。まぁ顔もスタイルもよく愛想も良ければ異性からは好かれますか」
やがて放課後になり彼女は女友達と連れだって繁華街に繰り出した。制服姿のままカラオケに入って行く。交代で歌っていく様はまさに青春である。
いくつかの歌い終わって疲れてきたのか頼んだ軽食をつつきながら女子会が始まった。
「ねぇ、あたしのSNSバズってるんだけど見たー? この前挙げた動画の再生数とかヤバい! インフルエンサー扱いされてるし!」
「
「んー? いないけど?」
「うっそ、もてまくりじゃーん。クラスの大半の野郎共はみんな
「そうそう、この間死んじゃった
彼女が自分に対してどう思っているのか知ることができるのだ。ゴクリと固唾を呑んでその返答を待つ。携帯を弄っていた
「興味ないよ。アイツがあたしに好意持ってるのはバレバレだったけど全然タイプでもなかったし。お金もってなさそうだからキープでも無理。ずっと告白断る口実探してたから死んでくれて手間が省けったって感じ」
「
「本人が聴いてる訳じゃないし、別に良いでしょ」
幽霊として自由に人を観察できるということは隠していた相手の本心さえも見ることになってしまう。
「
「……何も知らないままの方が良かった。もうこのまま成仏させてくれ。悔いはない」
完全に自暴自棄である。死神としては手早く成仏させられるので良い状態なのだが流石に憐みを感じてしまう。少しばかり女子高生たちにお灸を据えてやろうと
「な、なに……!?」
驚き慌てる女子高生の眼の前で、テレビ画面に写っていた動画が突如砂嵐に変わる。そしてスピーカーの反響音が鳴った後、先程の
『何モ知ラナイママノ方ガ良カッタ……コノママ成仏……ブツブツ』
そこからは阿鼻叫喚だった。泣きだす者や抱き合って怯える者、店員に抗議に行く者、各々リアクションは違ったがこのままカラオケを続けられるというテンションではなくなっていた。自然な流れでお開きになる。
「ざまぁないですね。死者を冒涜するからです」
一人とぼとぼと帰路につく
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