ソウルブレイカー

@Murakumo_Ame

第1話 プロローグ


「俺は決めたぞ。この半年の間に彼女を作る」


普通科高校に通う不死川しなずがわ叶夜きょうやは一生に一度の青春時代を彩ろうと奮起していた。隣を歩く友人は肩を竦めて苦笑した


「お前、中学時代も似たようなこと言ってなかったっけ?」


 かねてから付き合いのある水口は叶夜きょうやの恋愛失敗経験を見てきた故に全く期待していない様子である。だが叶夜きょうやも今回ばかりは本気だと決意を固める。

 実際に恋人ができるかどうかは問題ではない。勿論学校生活で彼女と過ごせたら理想であるが、そのために行動することやそれをネタに親友と語らうこと自体楽しいのだ。

中学時代は男友達と馬鹿なことをやるだけの花の無い生活だったが、それはそれで活気あるものだった。


「また失恋記録が更新されないよう祈っててやるよ。お前に彼女が出来たら昼飯奢るわ」


「言ったな!? 見てろよ!」


 中学時代の雪辱を思い出した叶夜きょうやは改めて自分を奮い立たせる。そんな悪友の様子に苦笑していた水口の携帯が鳴った。どうやら電話ではなくアプリの通知だったようだ。スマートフォンの画面を一瞥した彼から笑顔が消えた。アプリはニュース関連のものらしい。不審者情報と共に市内で起きた連続殺人事件が報道されている。それは被害者の死体の内両腕を切断されていたり、眼球が抉られていたりと猟奇的な内容だった。一連の事件と同一犯の可能性について推察されている。


「また例の事件の記事か。死体コレクターだったっけ? マスコミは好きだよなーそういうの。インテリのお前がこんなゴシップ記事読んでるなんて意外だけど」


「この事件はちょっと気になることがあってな」


「気になること?」


叶夜きょうや、お前小学生の頃に流行った『ヒトデナシ』って怪談覚えてねーか?」


 記憶の糸を手繰り寄せてみる。一時期オカルトブームになった時に流行った怪談の一つだ。細部まで覚えていないが、身体の無い怪人が自身の肉体足りえる人体パーツを求めて殺戮するという猟奇的な怪談である。出没時期が夕刻から日の出前にかけてなので子供が夜遊びをしないように言いくるめるための方便ではないかと当時の水口は推測していた。


 しかしそれでも小学生たちを震えさせるには十分だった。何故ならこの怪談が流行る一年前にこの町で実際に猟奇殺人事件が起きていたからである。それこそ怪異が実際に人を襲った証拠であると実しやかに噂されたのだ。


「けどあの怪談って急に廃れたような。何でだっけ?」


「ヒトデナシの仕業だとされていた猟奇殺人事件の犯人が捕まったからだよ」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花というやつである。結局残酷な殺人事件は残酷な人間によって起こされていた。逮捕された犯人は速やかに極刑となったのだ。安堵に胸を撫で下ろす大人達とは対照的に子供達は怪談が人間の殺人鬼だったと知って肩を落としていた。


「そう言えばそうだったっけ。で、ガキの頃終わった怪談をどうして今更持ちだすんだよ?」


「似てないか? その怪談と今回の連続殺人……前回はただの殺人事件だったが、もしかしたら今回の事件はホンモノが起こしているとか―――」


 呟く水口を叶夜きょうやは心底馬鹿にしたような目で見ていた。そんな悪友と目が合ったことで彼も我に返ったようだ。わざとらしく咳払いして強引に会話を打ち切ってしまった。


「悪い。ちょっと疲れてたみたいだ」


「オイオイ、陰謀論とかやめてくれよな勉強のし過ぎじゃねーの?」


「けど親の機嫌とりのためにも今日の予備校休むわけには……」


「言った傍から勉強かよ。ほどほどにしとけよ。高校始まったばかりだぜ?」


 学塾に急ぐ友人を見送った叶夜きょうやは一人家路についた。社会的地位のある上流階級家庭の水口は学歴に拘る親からの期待に応えるべく高校一年生の段階から塾に通っている。

 叶夜きょうや自身も漠然と大学進学を考えているものの、真面目に勉強するのは三年生からだと割り切っていた。今は花の高校生として青春に時間を費やしたかったのだ。


「さぁ高校生活は始まったばかりだ! 一生に残る思い出にしよう!」


 高校生活は三年間と短いがクラブ活動に恋愛とやることは沢山ある。留年や退学にならないように勉強もしなければならない。期待に胸を膨らませながら叶夜きょうやは通学路を進む。

 ありふれた高校生の生活が続くと考えていた。


 ――しかし、日常は唐突に壊されてしまった。


 突然胸部に激痛を感じた叶夜きょうやは訳も分からず吐血していた。

視線を落とすと、胸を貫く男の太い腕が見える。更に強烈な腐敗臭が嗅覚を狂わせる。


「シンゾウ、ヲ……モライマス」


 強引に心臓を掴まれる叶夜きょうやは一瞬だけ自身を襲った男の姿を見た。継ぎ接ぎだらけで涎を垂らす歪んだ大男の顔があった。薄れゆく意識の中、叶夜きょうやはヒトデナシの怪談を鮮明に想起する。だがその時には全てが手遅れだった。

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