文豪気取り
司馬延
プロローグ
「先生!僕は作家になりたいんです!」
肺を突き刺してくるような冷たい空気を纏った教室
進路相談の時間、僕は震える声で叫んだ。
目すら合わせてくれない先生に、
精一杯の想いをぶつけたつもりだった。
「作家か…。
お前、国語のテストで平均取ったことあったか?」
「え...ないです.....」
「だろ?
文章を書くのと、仕事にするのは別の話だ」
何も言い返せなかった。
ようやく口を開いたと思ったらこの通り。
さらにたちが悪いのは、先生が言ってる事が全部本当だってこと。
自分でもなんで作家になりたいかは分からない、
でも心のどこかでそう思ってる自分もいる。
だけど国語の定期試験が平均を超えたことはない。
結局、何も言い返す事ができずにそのまま教室から飛び出してしまった。どういう顔をしていたんだろう?
「なんか、暗い顔してるけど…大丈夫?」
「え? いや、そんなことないけど」
「ふーん。でも、さっき先生と話してたとき、すごく真剣な顔してたよ?」
彼女は同じクラスの伊藤さん。
不思議な人だと思う。
クラスでは穏やかで、みんなと仲良くしているけど、どこか…本心が見えない。
優しい笑顔の奥に、
何かを隠しているような気がする。
それがなんなのか...僕は分からないけど。
返信をしようとする前に
遠くから図太い声が聞こえてくる。
「おぉー!西園寺!面談終わったか!
どーした、また説教か?笑」
「違うよ!...進路相談かな」
こいつは僕の親友。ザキ。
根っからの明るい人でいつも引っ張られてる、
けど頼もしい。
「もーあと2週間で卒業式だよ。
俺らの中学生が終わるんだぜ?信じられねーよな」
そう、僕らはあと2週間で中学を卒業する事になる。
でもそんなこと今の僕は気にしてはいられない
なんでなのかは分からない。
ずっとそうだったし、これからもきっと変わらない。
…そう、思っていた
軽く頷く。
それだけで、話は流れた。
そのまま、僕たちは帰路につく。
伊藤さんも一緒だった。
「そういえば、お前の女子グループは?」
ザキが何気なく聞く。
だけど、伊藤さんは微笑むだけ。
何も言わない。
…本当に、何を考えてるのか分からない人だ。
いや、それは僕も同じか。
いつものように、くだらない話をして
いつもの交差点でさよならを告げて
いつもの場所へ向かう。
落ち着く場所、こういう時にはちょうどいい。
夕日差し込む公園、僕はただ1人、月を見る。
常に1人でも光っているその姿に、僕はのめり込む。
まるで、手を伸ばせば届くのに、
決して触れられない光。
僕にとっての月は、そんな存在だった。
誰からも注目されない僕だけのロマンスをした後、
ただ道を歩き、誰も居ない家へ帰る。親は仕事だ。
カバンを下ろした先には、
1面、本とノートに埋めつくされた机。
ここだけが僕の安息地。
自分が自分でいられる場所。
「高校部活動仮入部期間3月2日から!」
ふと机上の学年だよりに目を向ける。
大学まで一貫校だから
高校に行く前に部活を決めなければ行けない。
やりたい事がなかった僕は、この中学三年間、
同じ小学校だったザキに流されながら
バスケ部に入り、
上手く馴染めずに三ヶ月で退部。
その後は一時的な不登校を断片的に挟みながら
グタグタしてきた。
正直、クラスの人達から見ると
僕は俗に言う「陰キャ」って奴だと思う。
そんな僕にも優しくしてくれる人、それがザキ。
真逆に位置する僕らがなぜ
仲良くなれたんだろうって思う。
ザキの優しさが僕の心を照らす唯一の光だ。
けど今になってはその光が消えるのが怖い。
あぁ!考えるのを辞めよう。
1人、「安息地」でペンを握り締め、理想の物語を書く
「部活、入ってみよっかな!」
文章の主人公、
理想の自分がこの言葉を言おうとした時、なんだか
イラついてしまった。
ペンを投げ出して、外を見る。
あの月を見つめて目を閉じる。
ペンを握り締める。
何度も書いては消した僕の物語の主人公は、
僕がなれなかった「理想の自分」。
でも、本当にそれでいいのかな?
バスケ部を辞めた日。
みんなが楽しそうに練習しているのを、校門の外から見ていた。
僕は、何をしていたんだろう?
「…このままでいいのかな...」
その時、不意にスマホが震えた。
《ザキ:明日、放課後遊びに行こうぜ!》
スマホの画面を見つめたまま、ため息をつく。
胸の奥に、重たい何かが沈んでいくようだった。
僕は結局、何も変われないままなのかな?
部活、入ってみよっかな。
光が消えるのが怖いのか、理想の自分が妬ましいのか
それともただ逃げたくないだけなのかは...分からない
でもただ1人、あの月に向かって僕は決めた。
この決意に意味があるのかは分からないけど
少しだけ自分に、自信がついたと思いたい。
自己嫌悪から少しだけでも、抜けだせたと思いたい。
そう決心した日、月は新月だった。
.....あの月は、いつ満ちるのかな?
文豪気取り 司馬延 @shiba_en
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