そのセナ追いかけて
与作
第1話
その少年と出会ったのは、全てが人工的な灯りにさらされた眩しい街の片隅だった。
「……セナ?」
その見覚えのある後ろ姿に思わず声をかけてしまった。しかし、すぐ後にハッとして自分の愚かさに後悔する。セナがこんなところにいるはずがないのだ。なんと馬鹿な事をしてしまったのだろう。その私の後悔に応じるように、その少年は不快感丸出しの表情でこちらを振り返る。
「誰?」
「いや……、その。知り合いに似ていたもので。ただの人違いです、……ごめんなさい」
その少年は幼い顔つきをしていたが、突然話しかけてきた見知らぬ年上の男に怯む様子を見せなかった。その堂々たる姿に逆に私の方がドギマギしてしまい、情けなく謝罪までしてしまった。
「あっそ」
少年はポケットに手を突っ込んだまま、またどこかへ行こうとする。
私はその背中に吸い寄せられるように腕を伸ばし、少年の右腕を掴んでしまった。
少年はさすがに驚いたのか声を出さずに、目を見開いてこちらを振り返る。それもそうだ。ただの他人、それも数秒前に到底会話とは言えない言葉を交わした程度の相手に。
「あ……ご、ごめん」
「そう思ってるなら、手、離して」
私の手は少年の腕を相変わらず握りしめていた。すっぽりと私の手に包まれる細腕は、もう少し力を込めれば折れてしまいそうだ。
「……あの、離してください」
少年はポケットから手を出して、私から逃れようと腕を自分の体に寄せていた。どうにかしてこの少年と関わりを持ちたい。そして、私の記憶の中にある“彼”を呼び覚ましたい。
「少し、いいかな」
抑えられない衝動に私は少年を巻き込んでいた。
今日は金曜日の夜ということもあり、街には華金を楽しむ人々で溢れていた。仕事終わりの一杯を楽しむ人の中で、一体私たちはどんな風に映っているのだろうか。そんな事も少年は気にしないのか、適当に寄った居酒屋で目の前に運ばれてきた料理をひたすらに食べている。
「おじさん、いい奴だね。最初はやばい奴だと思ったけど」
よほど腹が空いていたのか、その少年は細身の割によく食べた。適当に頼んだ唐揚げやフライドポテト、焼き鳥が綺麗に消えていく。
「ごめんね、こんな時間に付き合ってもらって。親御さん、心配してないかな」
「別にこれくらいいいよ。ちょうど腹減ってたし。それに俺、家出中だから」
「え、そうなの?」
「うん。でも別に誰も俺のこと探してないと思う。そんな感じの家だから大丈夫」
リュックしか持っていなかったので、勝手に塾帰りだと思い込んでいたが家出中だったとは。
「でも学校は?どうしてるの?」
「行ってない。行ったところで意味ないから」
「意味ないって……。将来の為にちゃんと勉強しないと」
「もともと中学卒業したら働く気だからいい。他人が口挟んでくんな」
少年に突っぱねられ、それ以上口を開けなかった。我ながら情けない。
「……じゃ、そろそろ帰るわ。」
「どこに?」
「それ、あんたに関係あんの?」
今すぐにでもこの場を立ち去れる様にだろうか、少年は座ったままリュックを背負っている。
「放っておけないんだ」
「……俺が、おじさんの友達に似てるから?」
「うん」
「それ、マジで言ってたんだ!キモすぎ」
「キモくたっていい」
「……ま、いいわどうでも。ゴチソウサマデシタ」
そそくさと立ちあがり、心のこもっていないお礼を告げると少年は出口の方へ向かう。
「この時間に一人だと、警察に補導されるぞ」
“警察”の言葉に反応して少年は立ち止まる。少年の話から推察するに捜索願も出してなさそうな家族だ。警察に補導されて家族の元に帰されるのはこの少年が一番望まない事だろう。普通の大人ならば、ここは本人が望まなくても家に帰るように諭すべきなのだ。いやそもそもまともな大人なら、家出中の子供をこんな時間まで拘束して、弱みを握って揺さぶったりしない。
「俺の家に来たらいいよ」
少年はリュックの肩紐を両手で握りしめ、顔を顰めて私を振り返る。
「何もしないから。…心配なんだよ」
我ながら汚い大人だと思いながらも、他に頼る者のいない少年は私の方に戻ってくる。
これがこの少年との出会いだった。
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