第1話 プロローグ

 フィクス王国の首都キティオン、その中央区にある運び屋協会の一室で運び屋のベルデはレーザーピストルの銃口を背後から突き付けられている。

 どうしてこうなったかは、その原因になっているベルデ自身が分かっている。

長期の仕事が終わったばかりのベルデに、新しい仕事の話を持って来たフィクス王国軍情報部所属の士官が仕事の詳細を語っていた時、意味ありげに言ったある部隊の事を言った瞬間、反射的にベルデはその胸倉を掴んだ為そんな事になっている。

「おやおや、急に何をすると思えば。早くその手を離してくれませんか?」

 小太りの30代くらいの男の士官が、嫌みな口調でそう言って来る。

「ベルデ、その手を離せ」

 苦虫を嚙み潰したような表情で、運び屋協会の上役のヨリノブがベルデに指示をするのを聞いて、大きく息を吐いて手を離す。

「仕事の説明をしているのに、このような事をするとは“完璧”と言われているベルデさんの評判とは違うようですな。この始末はどうしてくれますか?」

「それは分かりますが。ベルデは今朝仕事が終わったばかりでここに呼びだされているのですよ?それに対して、クレインさんは仕事の説明とは関係無さそうな事項を話すので、ベルデを激高させたのではないですかな?それにベルデは過去に王国軍に居た事も関係ないでしょう、当方としても無限に時間があるわけではない、王国軍たっての希望という事でベルデに無理を言っている状況を理解してくれませんかな」

 ベルデの態度に乗じて要求の上乗せをしようとしたクレインに、ヨリノブが釘を刺す。

「・・・そう言う事にしておきましょうか。では、仕事の内容は帝国軍との前線近くの我が軍の施設へ7日以内に機密物資を届ける事です。ルートは国境を越えた後はサイハ砂漠の中立都市を経由して下さい。なお、機密物資となるため友軍にもその存在は秘密となります。国境までのパスは用意しますが、それ以降は我が軍にも帝国軍にも補足されると仕事は失敗になります。そして帝国軍との交戦区域には未確認情報ですが、ワラキア隊が展開していると情報がありますね。困難な仕事ですがベルデさんにしか出来ないと、情報部では評価しています」

「荷物を届けた後はどうするんだ?」

「報酬の支払いは首都で行うので、この通信チャンネルに通信を入れた後に帰還をして下さい。なお、方法は任せます」

 正直、キナ臭い依頼ではあるがクレインが勿体ぶって言った“ワラキア隊”は、自分の過去に関わる部隊名だったのでベルデは受注をする。

「ベルデ良かったのか?」

「ヨリノブさん、さっきはすまなかった。あの部隊の事を出されるとね・・・。さっそく準備にかかるので失礼する。荷物はガレリア集荷センターで受け取りだから、今夜にも出発する予定で行くつもりだが、何か補足はありますか?」

「いや、無事に帰って来てくれよ。ウチの協会には表も裏も頼める運び屋は少ないからな」

「分かりましたよ。では」

 そう言って、運び屋協会を出たベルデは自分の大型装甲輸送艇「タロス」に飛び乗り、南区の郊外にあるレンタルハンガーへと向かう。

 そこでは、整備士長のミードが待っていて3番ハンガーを開けて待っていた。

「ミードさん、また世話になってすまない」

「おうよ、ウチもお前に世話になっているから気にスんな」

 豊かな髪が総白髪になっているツナギ姿のミードが笑顔で親指を上げる。

先に通信をしていたので、ハンガーに収まっていた全高7メートルの人型兵器「機兵」が姿を現していた。

 ベルデの持っている機兵は、軍用の中古パーツを組み上げたもので「エウノミア」と名前を付けている。

 これがベルデの輸送の仕事を、ほぼ完璧遂行させている切り札となっている。

動かすだけでも金がかかるので、ほとんどの仕事ではハンガーに眠らせているが、今回は必要だと判断をして赤字覚悟で使う事に決めている。

「整備はしておいたぜ、武装もフル装填しているがリクエストは他にあるか?」

「サンキュ!そうだな・・・アサルトブースターがあるなら、積み込みをしたいんだが」

 コックピットに乗り、プリブートチェックをしながらミードに遠慮なく言って作業を進める。

「あれか?まあ、このフレームに合う奴はあるが、相当キナ臭そうな仕事なんだな?」

「まあね、命は一つだからね。そっち優先だからな」

「わかった、積み込みならすぐに済む。おい、レック!」

 ミードが部下の整備員に声を掛けてベルデが言った装備を運び込んでいく、その頃にはベルデはタロスの操縦席に座ってナビゲーションシステムを始めとした計器を一通りセットアップし終わっている。

「こっちの作業は完了だ、どこに行くか聞かないがいくつかの都市にワシの知り合いがいるから必要だったら頼ってくれ。ワシからの紹介と言えば便宜を図ってくれるはずだ」

 そう言って、ミードはメモを手渡す。

「助かる、それじゃ!」

 開いた窓から手を振って、ベルデのタロスは都市間ハイウェイに乗り荷物の受け取り地点であるガレリア集荷センターへと進路を向ける。

 タロスはオート運転にし、貨物室やエウノミアの調整を行っていると瞬く間に2時間が過ぎ、車載システムから集荷センターの近くに来ていると連絡が入る。

 もう一度操縦席につき、手動操縦で広大な集荷センターの荷捌き所にタロスを停める。

 エウノミアを積んだ全長70メートル、全高15メートル、全幅20メートルの大型輸送艇を停められる場所があるのは、さすがにハブ集荷センターのガレリアだとベルデは思う。

 駐機をしてすぐに通信が入り、1台のどこかの企業のロゴが書いてあるオリーブ色の中型輸送車が傍に来て合図をするのを見て、ベルデは貨物室のドアを開ける。

「運び屋のベルデだな?」

 ヘルメットと作業員の服を着た人影が5人入って来て、すぐに荷物の移送作業を始めると1人が声を掛けて来る。

「そうだが、あんたは?」

「俺は、ヒースとでも呼んでくれ。本部からの追加連絡がある、移動ルートの変更と通信予定箇所と時間のリストだ、これは3回参照するとデータが消滅するからそのつもりで」

 ヘルメットのバイザーを上げると、日に焼けた中年の男の顔が露出する。

どうやら、合流予定の王国軍の要員らしい。

「ヒース・・・荒地さんね。急な変更は避けて欲しいんだがな」

 そう言って情報を入れたカードを受け取る。

「それはすまなかったな。それでは我々は失礼する、貴官の任務成功を祈っている」

 ヒースと名乗った男もベルデの過去を当てこすっているのか?と思って見返すと、その表情は真剣で揶揄する意図は感じられなかった。

 作業員の姿をした王国軍の要員は1人を置いて素早く中型輸送車に戻るとすぐに発車してしまう。

「お、おいぃ!!!」

 それに気が付きベルデは大声を外に上げるが、輸送車は構わずその姿を小さくしてしまう。

「なんだってんだ?人員を寄越すなんて聞いてないぞ?おい、あんたはこの任務の協力者か?」

 そう言いながら、シートに覆われたエウノミアを触っている要員に声を掛ける。

 近づいて見ると作業服の胸を盛り上げる膨らみに気が付いて、ベルデは怪訝な顔をする。

 声を掛けられた作業員がヘルメットを脱ぐと、豊かに波打つ鮮やかなオレンジ色の髪が零れ落ちる。

「は?」

間抜けな声を上げて、ベルデは呆然とそれを見守るしか出来ない。

「あんた、なんていう乱暴な言葉を掛けられたのはいつぶりかしら?随分と乱暴な言葉ですわね?」

 ヘルメットから出て来た凛々しい顔は、良くゴシップ系のニュースサイトに良く見る顔だった。

もちろん、ベルデの顔見知りでは無い。

「あんたは、お見合い10連続斬りのワガママ令嬢・・・」

「フフフ、そうですわよ。あたくしがアシュバーン家の長女、アンジェラ・アシュバーンですわ。あたくしののご案内をお願いしますわね」

そうアンジェラは尊大な口調と、性格が悪そうな笑顔をベルデに向けたのだった。

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