ヒーローにクズが多すぎる!〜世間で大人気のヒーローですが、蓋を開けてみれば罪人ばかりでした。優しい人が報われる理想郷を実現するために、偽物は全部粛清します〜

藤村

粛清者の誕生

第1話 地獄の幼少期

 僕はリビングのソファに腰掛けて、お母さんに絵本を読んでもらっていた。


 部屋の中は薄暗くて、絵はよく見えない。

 でもお母さんが優しい声で音読してくれるから、内容がちゃんと伝わってきたよ。


「こうして、正義のヒーローの鉄拳が悪の魔王を打ち倒し、世界に平和が訪れたのでした。めでたしめでたし」

「わーい、やったやった! やっぱりマックスマンは強いなぁ。全部の能力がマックスなんて、まさに最強だよねっ! 魔王なんてやられて当然だよ!」

「ふふっ、そうね。マックスマンは強いわ。本当にいてくれたら、どれだけいいことか――」


 お母さんが遠い目をして呟く。

 ちょうどそのタイミングで、お父さんが帰ってきた。


 お父さんは帰宅早々、お酒臭い息をまき散らしながらドカドカと歩み寄ってきて、僕の髪を引っ張った。


てる、このゴミが! また絵本読んでもらってたのか、ふざけやがって。お前には1日中ひらがな書いとけって言ってるだろーがっ!!」

「ごめんなさい、今からやります。だからやめてよ!」


 僕は泣いたけど、お父さんは、僕の腕を掴んで力いっぱいに引っ張った。


 うう、痛いよ。

 なんでこんなヒドイこと……。


 するとお母さんが止めに入ってくれた。


「やめて、照は悪くないの!」


 そう言って、必死にお父さんの腕にしがみつく。

 お母さんは病弱? っていうやつらしい。


 そのせいで瘦せていて、髪の毛の色も白と黒が混ざっている。


 普通は黒色らしい。

 でもストレスっていう病気があると白色にもなっちゃうみたい。


「黙れ、女が!」


 お母さんがドンっ! と突き飛ばされた。

 壁にぶつかって、呻きを上げて、簡単に立てなくされてしまった。


「うっ、ぅう……」

「お母さん!」


 僕が叫ぶと「うるせえ!」と怒鳴り声が飛んできた。


 バシッ!


「うわ!?」


 僕は顔を叩かれて、お母さんみたいに簡単に倒れてしまった。


「うっ、うう、痛いよう」

「照、ごめんね……」


 するとお父さんが倒れたお母さんの髪を鷲掴みにして、頬をペチペチと平手打ちした。なんであんなヒドイことができるんだろう、許せないよ。


「やめてよ!」

「ゴミは黙ってろ!」


 僕が叫んだって意味は無かった。

 

「オラァっ!!」


 そんなふうに怒鳴られて、また殴られた。

 

 痛いよ、怖いよ。

 

 僕は床に倒れて、お母さんが酷い目にあっているところを泣きながら見ていることしかできなかった。


 僕がマックスマンだったら、お母さんのことを助けてあげられるのに!


 悔しいけれど、僕にできることなんてなに一つ無かった。


#


 8歳になった。

 学校から帰ってくると、お父さんがソファの上で寝息を立てていて、ビールの缶が床にいっぱい転がっている。


 仕事は……たぶん今日は休みなのかな?

 はぁ、お父さんが家にいると一気に気分が重くなってしまうよ。


 部屋中にはお酒の匂いが充満していた。

 うう、最悪な気分。


「ただいま……」


 一応、小さな声で言う。

 するとお父さんが起き上がった。


 ソファの縁に肘を掛けて、タバコに火を付けて、ぶわっと灰色の煙を吐き出した。


「おう、帰ったか。この虫以下が」

「ごっ、ごめんなさい……」

「あ? なに謝ってんだよ」

「いや、えっと。その」

「チッ。ぼそぼそ喋りやがって、うっぜぇな。なんで謝ってんのかって聞いてんだよ」

「うっ、ぁ……あ」

「オイッ!!!!!」


 いきなり怒鳴られて、全身がビクゥッ!! と跳ね上がる。


 そしてお父さんは何が気に食わないのか、鬼のような顔で拳を振り上げてきた。


 ゴッッ!!


「うわあっ!!」


 僕は思い切り吹き飛ばされて、テーブルに肘をぶつけながら半回転して、うつ伏せの状態でフローリングの床に転がった。


 鼻からツーと血が出ていた。


「痛いよ、やめてよ」


 僕が泣くと、お父さんはさらに苛立ったような顔になって、見下してきた。


「泣くな、ゴミが! お前を見てるとあのゴミの顔がチラついて虫唾が走るんだよっ!!」


 意味不明な言葉が飛んできて、同時に握り拳が飛んできた。


 ガッ!!


 僕は床に転がって、震えながら顔を抑えて丸まった。


「虫以下の分際でご機嫌取りなんかしようとしやがって!!」


 次に髪が引っ張られて、頭を壁にぶつけられた。


 ゴツン!


 あまりの衝撃に、目の前がチカチカする。


「やめてっ! 痛い!」


 必死に叫ぶけど、お父さんはニヤニヤと笑っていた。


 助けてお母さん。

 心の中で、そんな無意味な叫びを上げてしまう。


 なぜ無意味なのか。

 それは、お母さんは3年前に死んでしまったから。


 詳しくは分からないけど、悪い病気にやられちゃったらしい。マックスマンがいたら、病気を倒してくれたのかな?


 そんなことを考えていると、お父さんの右手にはベルトが握られていた。


「このゴミクズが!」


 バシッ!

 ビシッ!


「うわっ! ごめんなさい、もうしません!」


 僕は必死になって頭を下げた。

 でも効果は無し。


「謝っても無駄だ!」


 お父さんは叫びながら、何度も攻撃を繰り返す。ベルトが背中にピシッて当たるたびに、焼けるような痛みが走って、ジンジンと疼いた。


「痛い、痛いよ」

「黙れっつってんだろ! なんで虫以下の分際で人の言葉喋ってんだテメー!!」


 そしてまた一発、二発とベルトが打ちつけられる。


 うう、背中が熱い。

 きっと赤い線がいっぱいできちゃうんだろうな。


 僕は膝をついて泣いている。

 するとやっぱり「泣くな、ゴミが!」と怒鳴られて、またもやベルトが振り下ろされる。


 服を捲って脇腹を見てみると、赤くなっている。

 たぶん皮が擦れて血が出ちゃったんだ。


「ごめんなさい、もうしないからやめて!」


 必死に懇願するけれど、お父さんは血走った眼を三日月みたいに細めて笑っているだけだった。


 それからも暴力は続く。


 熱湯を浴びせかけられたり、灰皿を投げつけられたり。


 かと思うといきなり暴力が止んで、お父さんの楽しそうな声が聞こえた。


 なにかいいことがあって機嫌が直ったんだ!

 そんな希望も、1時間としないうちに打ち破られる。


「ういーっす」

「お邪魔~~」

「あ~、ヒック! なに、久々に賭ける気になったらしいじゃん。でも金あんの?」


 するとお父さんはニタニタと笑いながら、僕を指差した。


「悪ィ、金はねーんだ。その代わり俺が負けたら1000点に応じて10分、そこのガキをサンドバッグにしてくれていいぜ」

「おっ、相変わらずクズ極まってんね~。ヒーローとは思えねぇw」

「あーあ、カワイソ。つーか如月きさらぎゴミすぎて笑うわ。まぁいいよ、その条件で。俺も最近ムシャクシャしてたし」

「たまには奴隷で憂さ晴らしってのも悪かねェだろ?」


 不穏な会話が繰り広げられる。

 それからジャラジャラと音が鳴って、数時間後、金髪のおっかないお兄ちゃんが僕の髪をガシッと掴んだ。


「8歳……、う~ん。流石に危ないか? いや、35缶くらいならいけるだろ」


 よく分からない言葉と同時に、もう一人、太った男の人が僕の目の前に銀色の缶を置いた。いつもお父さんが飲んでいる、ドラフトツーっていうビールだ。


「飲め」

「えっ、でも」


 次の瞬間、脇腹を思い切り蹴り上げられた。


「うっ!! おげえ!」

「あ? おい如月、教育なってねーぞ。なんか奴隷のクセに口答えしてくんだけど」

「悪ぃー悪ぃー、そいつ一丁前に自我持っちまってるからさ。ウザかったら煮るなり焼くなり好きにしろ」


 そんな感じで、僕はビールを飲まされた。


「「「はい飲~んで飲んで飲んで、飲~んで飲んで飲んで♪♪」」」


 変な歌ではやし立てられながら。

 僕は必死に、不味い液体を喉に流し込んでいく。


 ゴクゴク、ゴクゴク。


「うっ、おええ」


 全然美味しくない。

 不味すぎて気持ち悪くて涙が出てくる。


 でも、吐き出すのだけは必死に我慢した。

 だって吐いたら殴られる。蹴られる。


 だから僕は必死になってビールを飲んだ。

 そして飲み干したら、険悪な空気が一変した。


「ンだよお前、意外と根性あんじゃん。見直したわ。如月ー、コイツお前よりよっぽど根性あるわw」

「照くんだっけ? ちょっとイジメすぎちゃったね。ごめんね? はいこれお小遣い。1万円あげるから、コイツで勘弁してちょ」


 そう言って、男の人たちは帰っていった。

 するとお父さんは上機嫌で、僕から1万円をひったくった。


「虫以下にしては役に立ったじゃねーか。ンじゃ俺は飲みに行ってくるから、吐いたもんとか全部掃除しとけよ」


 こうして、安息の時間がやってきた。

 僕は雑巾をお湯で濡らして、床を掃除した。


 それから襖を開けて、リビングの隣部屋にいって布団を敷いた。


 そのあとで、いつもお母さんが読んでくれたマックスマンの絵本を取り出した。


「マックスマン……格好良いなぁ」


 ぽろぽろ、ぽろぽろ。

 

 気付いたら涙が溢れて止まらなくなった。

 僕は絵本を閉じて、毛布を取り出して丸くなった。


 ずっと泣いていたけれど、気付いたときには疲れきって、ぐっすりと眠っていた。

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