ぼくの脱皮

未開くるす

本文

女の子の服を見ていると、つくづく自分が男でよかったぁ、と思う。フリフリで、やたらと(きょうかしょ的な言葉を使うなら)カビで(はなやかでうつくしい?バカみたい)、こんなバカらしいことするんだったら男の子の服着てられる性別がいいなぁ、と思っていた。

思っていた。


健と京介、ぼくの絡める唯一の男子が教室にいない。連中ひまを持て余して遠くの公園に行ってるらしい、というのをそこまで仲が良くない男子から聞き、しかたなしに公民館に出向いてみればいつもの女子たちがいた。

薫子、あかり、美玲の三人、名前をあげた順番どおりのかわいさのランクのこのカースト上位グループ三人は、まあぼくといつもよくつるみたがる。そんなことをしたらぼくが恥ずかしがるだろう、ということをわかっているのかわかっていないのか、この間は「モデル部」なんて遊びに駆り出してぼくのバカげたポージングを真面目な顔をして褒めた。

こういうときに女顔だと困る。母さんは働きに出ていて、父さんはぼくが生まれたときにフケたらしい。ので、これはぼく自身が友達との絡みで直接察するしかなかった。――だって、他の男子はぼくのことをなんとなく避けるし、女子しか集まんないんで、しかもその女子がぼくをやったらめったら「可愛い」というんだ。

ぼくは三人の女子をちらりと見た……季節は夏真っ盛りだったので、美玲のふとももが陽光によく映えていた。

こういうのは困る。目に毒というのだ。最近辞書で覚えた。それだのにこの三人は、ぼくの心をまるで無視して、「あーっハルキ!」と声をかけてくる。

「ちょっといい加減困るよ、一応ぼくは男なんだぜ、沽券というのに関わるだろ、だいたい君たちがよってくるからぼくには友達ができない……」

というぼくの抗議を「えーでもいいじゃない」で無下にしたのは、真ん中くらいの可愛さなのにカースト上位グループのリーダーのあかりだ。多少横暴でありつつも繊細に気が使えるところもある彼女らしい器だったが、この横暴さにぼくはいつもと惑わされている。

彼女たちは三者三様のかわいさである。最初にランク付けこそしたが、正直この夏の季節の格好にぼくの理性は毎度試されることになる。

ぼくはとりあえず公民館の隅っこで本でも読むことにした。無意識に棚から取った薄めの本は保健体育の本だった。ぼくはお母さんにこの授業は受けるなと言われてるので受けてない。でもちらっとみるくらいはする。

女子たちがキラキラおしゃべりをしている。キラキラ、と形容するのが正しいようなおしゃべりだ。このファッション雑誌がこうとか、少女漫画(当然ぼくは読まない)のキャラがどうだとか。そのうち、修学旅行が話題にあがり、ぼくの耳は彼女たちに引き寄せられていった。

そういえば、この秋は修学旅行だった。いつも旅行の類は、ぼくのお母さんが小さい個人用の風呂に入れてくれるよう頼んでくれるのだ。大方、ぼくの発達しないペニスを心配してくれているのだろうなあ、とぼくはお母さんの優しさに感謝している。先生はしかめつらというか、なんとなく憐れんだ目でぼくを見るので、あまりお母さんをよく思っていないのだろう。そりゃ、ちんちんの小さい大きいで浴室を変えちゃあ面倒だろうから。

3人交えたおしゃべりの中で、薫子とあかりふたりだけにシフトして行くのがぼくにも聞いて取れた。すると美玲が近づいてくる。そして、こんなことを言うのだ。

「ねえ、ハルキ、あんたってこう、女っぽいじゃん」

ハルキというのはぼくの名だ。このどちらともつかない名にしてカタカナで表記されるのがぼくである。

「ねえ、風呂さあ、うちらとおんなじ風呂に入んない?」

うちらと、おんなじ。それは即ち、ぼくにとって「大浴場にはいる」ことを意味した。それもおそらく、女湯だ。

美玲の顔は公民館の夕陽に照らされて見えない。表情が判別できなくて、何を考えてるのだかわからない。しかしぼくにとってはチェシャ猫みたいにによによしているのがよくわかった。そんなバカげた遊びに付き合う義理はない。

「あほか、美玲。きみさあ、きみらの世界が全部だと思ってない?ふつう、男が女湯に入ったらバツを受けるんだよ。ケイムショにはいるんだぞ。ショーネンインかもしれないけどさ」

すると、美玲の顔の雰囲気ににわかに緊張が走った。そののち、緊張が和らいでから続けてこういった。

「……あのさー。じゃあ、カケにしよーよ。うちら3人はハルキの女湯をオッケーだと思ってる。でもハルキは思ってない。だからさ、ハルキが女湯でバレなかったらチョコケーキあげるよ。薫子の家、ケーキ屋だし。逆に、バレたら、うちら3人でかくまう。つまりー、一生うちらと離れらんない」

そんなバカげた賭けがあるか!第一賭けの品物が釣り合ってない。バレなかったらチョコケーキ、まあぼくの好きな食べ物だけど、で、バレたら3人が匿うってさあ、おかしいだろう普通!

しかし、薫子とあかりがふらふらとぼくのそばに近づいてきたらもう逃げられない。

「あたしん家のケーキはうんまいぞお」と薫子、「女装潜入じゃん!一番むずいやつだよ。ちんちん小さいなら裸でも女装できるんじゃない?」とあかり。あほか、女装潜入ってあれだぞ、女の子の格好することだぞ。

「どうせ女湯に入るならさあ、可愛いカッコしたほうがよくね?うちらでハルキの服選ぼう!」とまたしてもあかりである。

そこまでしてぼくを女装させたいという熱をなぜカースト上位の3人がただの平凡な女顔のぼくにやるのかはわからなかったが、ともかくぼくは女装して修学旅行をすることに相成った。

女子たちはぼくの修学旅行すべての日程を女子の、それも可愛い服で過ごすために、服選びへとぼくを連れて行った。買うのはお小遣いが足りないので、3人の服の中で合うやつを探すのだ。あかりは家がでかく、つまり金持ちなので、必然とあかりの服が一番多くなる。次に美玲、その次薫子だ。ひとしきり可愛い服が集まったら、それを着せられて、今度はショッピングモールへと連れて行かれた。

「やっぱ人間観察?女子がどんな振る舞いしてるか見てみなよ」と3人は言った。そして、彼女らに包まれるようにして女の子の多い店を回っていった。

化粧品売り場の女子、というよりぼくらからしたらお姉さんたちは、キビキビと細かい動作でパッケージをとっかえひっかえしていた。ぼくのイメージする工場のライン作業にちょっと近い。でも、ぼくもプラモを選ぶときこんな感じだよな。

女性向けの店にいる女性たちを眺めていると、ぼくとはあまりにもかけ離れているように見えて近く見える。でも、ぼくにとっては拒絶意識のほうがつよかった。

……本当にこんなものに変装しないといけないのか?それも、服を着るだけじゃなくて、脱がなきゃならないじゃないか。ぼくの体の瑕疵はともかく、そんなこと許されるのだろうか?

休日は女子たちに付き合いっきりなので、放課後に健と京介に愚痴をつむぐしか、ぼくのストレスを解消する方法はなかった。でも、どこか図太い健はともかく、京介はぼくを羨むことしかしないのだ。

「だってさあ、お前しかいないじゃん!女湯に入れる機会なんてそうそうねえぜ、ハルキ!」

それから、京介の小麦色の肌が窓にきらりと照らされた後に、ぱしっとぼくの背中を捕捉してぎっちり掴んだのち、「女湯、どんなだったか教えてな」と耳もとで囁いた。

嫌だなぁ。こんなストレス、ほかにない。だいいちどうしてぼくが女の格好して風呂なんか入らないといけないんだ?

そして、戦場はついにぼくのもとへやってきた。

いつも家にいないお母さん――働いてるのかよくわかんないけど忙しいのだ――の代わりに、3人の女子がぼくのパッキング(女物の服が入っている)を手伝い、明日の女物の服を手渡し、「じゃ、また明日ね」とにやついて去っていた。

集合場所にやってきたとき、さすがに悪ふざけが過ぎないかなと先生の目をチラリと見たら、先生はただ憐れむような目つきをするだけなので、なおさらヘンな気分になった。――なぜ誰も止めない?

東照宮をまわって、土産物屋をまわって、いよいよ風呂に入る段になってしまった。

どうしよう。ぼくは心臓を大きく膨らませながら、お母さんの申し付けどおり個室で取ってもらった部屋で悶絶していた。

率直に言って、嫌だった。どうしてぼくは女湯なんかに入らないといけないんだろう?小さい時は女湯に入ってもよかったが、それはそれで、ぼくは男で、女装潜入ってったって女装なんかしたくないし、ぼくはそもそも女装がしたくなかったのだ――

そこに薫子がやってきた。

「さて、覚悟はいい?」

「いいわけないだろ!」とぼくは顔を真赤にして抵抗した。それをぐっと抑える薫子はテキパキと風呂の用意をして、ぼくの手を握って女湯のほうに連れて行った。

「あのねハルキ、あなたお母さんしか親がいないよね」

「それがどうしたっていうんだ」

「えーと、まあ女湯についたら見てほしいんだけど……」

薫子の手がぱっと離れて、女湯についたことがわかった。ぱっと裸が目に入る。またぐらのところまで見える。――ぼくに似ている?

「えーと、そう。前にさ、お母さんがうちらの家に来たんだよね。ハルキを女の子だってばれさせないでください、って」

つまるところ、今までの過程はすべてショック療法だったともいえるわけ、と続ける薫子に、ぼくは思わずくずおれた。

女装潜入と称してぼくの体について本当のことを教えようとしてくれたわけだ、あの3人の女子は。

後日、このことを健や鏡介にたずねてみると、ふたりとも気まずそうな顔をして、ぼくが女子であることを知っていたことを認めた。

お母さんはもう戻ってこない。家には帰ってこないお父さんのお金があるから、それでやってゆかれるけれど、お母さんは行き過ぎた教育を児童相談所に通報されて、もうぼくには会えない。

知らないままだったら、どんなによかったろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼくの脱皮 未開くるす @Tofu_on_fire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る