2.はじめまして

「ま、じ、かぁ~」

 橋本が教室を出ると同時に奏が机に突っ伏す。

「ど、どんまい、奏……」

 後ろにいた女子が肩をポンポンと叩く。奏は振り向いてその手をガッと掴んだ。

「なに言ってんのよあんたも道連れよ」

「え、か、奏?」

 奏は席を立つと、彼女を連れてツカツカと星羅のもとへ歩み寄る。担任がいなくなったのをいいことにさっそく席を立った生徒たちのせいで、彼女の周りは離れ小島のように誰もいなかった。

「初めまして、柳内さん。私は樋口奏。こっちは平田牧子まきこ

「ちょ、ちょっと奏⁉」

 牧子と呼ばれた女子が小声で抗議するが、奏は無視した。

 ぼうっと正面を向いていた星羅が、ゆっくりと二人を視界に映す。

「……よろしく」

 先ほどと同じ、硬い声。星羅は短くそう返すと、また正面を見た。

 おや、と奏は思う。睨むわけでも、無視するわけでもない。

「ねえ、柳内さんって非能力者なの?」

「……そう」

「ここ、全寮制だけど、前はどこに住んでたの?」

「……かんざ……後見人の家。その前は施設」

「成績って上? なんの科目が得意?」

「……得意は体育。成績はぜんぶ1か2」

「そ、そう」

(やっぱり)

 奏は確信した。

 挨拶をすれば返される。質問もちゃんと答えてくれる。完全に拒絶されているわけではない。

 ならば。

「〝アーツ〟に適合したって聞いたけど、本当?」

「……本当」

「それ、今見せてもらうことってできる?」

「ちょっ、奏!」

 牧子が悲鳴を上げて奏の腕を引っ張った。遠巻きに見守っていた他の女子も加わり、窓際まで引き離される。

「そんなグイグイ行って大丈夫なの?」

「無理してない?」

「んー、いや無理はしてないよ。緊張はしたけど」

 ちらと星羅の方を見れば、彼女はまた正面を向いていた。

 奏は今も隣にいる牧子を見る。

「ねえ、牧子はどう思う?」

「え」

「柳内さんのこと」

「どう、って……。怖いよ。いつ怒り出すかわかんないし」

 周りの女子たちもうんうんと頷く。ホームルームの十分間で橋本と星羅がどえらい爆弾を落としてくれたから、周りも皆戦々恐々としている。

 星羅の転入が遅れた理由は、結局語られなかった。入院と言っていたが、口にできないトラブルを起こしたとしか思えなかった。

 元より能力者育成学園は、その名の通り特殊能力を持つ者たちが無用なトラブルを起こし、また巻き込まれないようにするための施設だ。奏たちは物心つく前からここで育ち、自分たちの能力について学び、制御しながら暮らしてきた。

 もちろん、子ども同士の喧嘩や、大人たちへの反抗によるトラブルはある。だが警察が出動するほどのトラブルは数年に一度も起こらなかった。

 そこに突然現れた、なにかしらのトラブルを起こして時期がずれ込んだ転入生。

 なにがスイッチになって、いきなり暴れ出すのかわからなかった。

「うーん」

 だが、奏は顎に手を当てて首をひねる。

「でも先生の言うとおり、身の危険を感じなかったらなにもしてこないと思うんだけどなあ」

「それは奏が楽観的だからでしょ」

 生徒の一人が腰に手を当てる。

「もしかしたらナイフを隠し持っているかもしれないじゃない?」

「いやいや、それはないでしょ。さすがに」

 事前に身体検査があるだろうし、それを掻い潜ったとしても、敷地内にはそうした異物に敏感な能力者もいる。ファントムを殺すという目的を持って入った以上、そんな危険を冒すとは思えなかった。

「とにかく、あんまり一人で近付かない方がいいと思うよ」

「せめて男子の護衛くらいは付けないと」

「俺らを巻き込むなよっ⁉」

 後ろで聞いていた男子が勢いよく振り返った。

「なに言ってんのよ、男らしく盾になりなさいよ」

「無茶言うなって!」

「はいはーい、男だからって盾役にするのよくないと思いまーす」

「力自慢は男の特権でしょうが。せめて女子が逃げるだけの時間稼ぎぐらいしなさいよ」

「男にも逃げる権利はあるだろ⁉」

「女の子を置いて真っ先に逃げる男子は格好悪いと思うけど?」

「それはそれ、これはこれ!」

 開き直った男子の発言を皮切りに、教室が一気に騒がしくなる。

 本鈴が鳴って教科担当の教師が声をかけるまで、議論とも口論とも呼べない言い合いは続いた。

 その間、星羅はずっと正面を見続けていた。

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