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『魔王城殺人事件~勇者殺しの謎~』は、勇者たちが魔王を倒した直後から始まる、ミステリーに分類されるインディーゲームである。
魔王を倒し、意気揚々と帰ろうとした勇者たちは、しかし、魔王城へ来るときに渡った橋が落ちているのに気づく。
普段なら、スキルや魔術を使って簡単に脱出できるところだが、運悪く、メンバー全員がMP切れで、誰も、スキルや魔術を使えない。
そのため、勇者パーティ7人は、魔王城に閉じ込められることになる。
そして、その日の夜から、仲間が次々と殺されていく。
犯人はわからない。
魔王城内に魔物か人間が潜んでいて、我々を狙っているのかもしれない。
もしかしたら誰かが裏切り、皆殺しにしようとしているのかもしれない。
パーティメンバーは疑心暗鬼になり、次々と対策を講じるが、殺人は止まらない。
果たして、犯人の正体とは――というのがゲームのあらすじだ。
ゲームでは、主人公は付与術士のトーマス・ルブランで、第一被害者が、勇者であるレイ・オーギュスト。
つまり、俺である。
「クソ!」
どうしてトーマスじゃなく、よりにもよってレイになってしまったんだ。
レイは勇者だが、最初に殺されるモブだぞ!
「――俺が何をしたっていうんだ」
俺は思わず頭を抱えた。
真っ当な会社員として生きてきたはずなのに、この仕打ちは到底納得できない。
そもそも俺は、レイのことが嫌いだったのだ。
彼はゲーム内で、トーマスに当たりが強い描写をされていた。非戦闘員で付与魔術しかできないトーマスを明らかに見下していた。
ゲーム開発側も、レイにヘイトを集めさせたうえで、最初の犠牲者となることで、プレイヤーのざまあ、という優越感を煽るストーリー構成を意図して作ったに違いない。
そんなやつに、俺はなってしまった。
「だ、大丈夫?」
レベッカがうろたえている。
ゲームではほとんど表情が変わらなかったので、狼狽えているところを見るのは新鮮だった。
「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと、頭が痛くて、混乱しただけで」
――冷静になれ。
よく考えてみれば、設定はゲームとまったく同じだが、俺はプレイアブルキャラクターになったのだ。
つまり、ゲームでは選択肢が出なかった場面でも、自由に行動できるということ。
自らの死にも、抗えるかもしれない。
「心配してくれてありがとう」
俺が笑顔で言うと、レベッカの頬に、ほのかに朱が差した。
「珍しい、レイがお礼なんて」
彼女は顔を俯かせて、恥ずかしがっているように見えた。
レイは顔が整っている。金髪碧眼のイケメンに笑いかけられて、少しも心が動かない方がおかしいのだ。
しかし、油断してはいけない。
なにせ、俺を殺す犯人は、こいつなのだ。
◯
――正確には、レベッカの肉体を乗っ取っている魔王の魂、ということになる。
徹夜でこのゲームを最後までプレイしたので、大体の展開は頭に入っている。
このゲームは、すべての殺人が、魔王により引き起こされる仕様になっている。
それを可能にするのが、『魔王による乗っ取り』という設定である。
これは最終盤で明かされることだが、魔王は、まだ死んでいないのだ。
魔物は倒されたら身体が消滅するはずなのに、倒された魔王の身体が、少しの間、残っていた描写があった。
実はあのとき、魔王はまだ生きていたのだ。
最後の力を振り絞って、勇者たちの息の根を止めるため、魂だけの存在となった魔王の魂は、他者に取り付き、思うままに操ることができる――という設定だ。
そして、取り憑かれているのが、今、俺の前で俯いている暗殺者、レベッカ・フェアフィールドである。
魔王は、言わずもがな勇者パーティの全滅が目的で、そのためには、暗殺者は適任と考えた。
メンバーは誰も彼もがレベルが高く、1対1では分が悪いために、暗殺に向いたスキルを持ったレベッカに狙いを定めたのである。
しかし、レベッカを含む全員のMPが切れており、スキルが使えない状態だったことは、魔王にとっても誤算だった。
スキルが使えない以上、レベッカも、一般人よりは早く動けるだけの、ただの女の子だ。戦闘力は皆無。
だから、魔王は策を弄することになった。
一見事故のように見えたり、不可能そうに思える殺しが多発する原因である。
「ところで、今は何時かわかるか?」
俺は、レイの話し方を思い出しながら言った。
かなり序盤で死んでしまうキャラなので、あまり自信はなかったが、『ペコ』だの『ッス』だの、変な語尾も付いていなかったと思うし、普段の俺の話し方とかけ離れているというわけでもなかったはずだ。
――時間を確認したのは、自分が殺されるまでの猶予を確認するためだ。
この部屋は多分、1階の隅の方にあった牢屋だ。
レイが死んでいるのが見つかる部屋でもあるから、猶予がどのくらいあるかを早急に知る必要があった。
「10時くらいだと思う」
レベッカが、不思議そうに首を傾げながら教えてくれた。
この世界はファンタジーな世界観を基盤にしているはずだが、時間や言語は現代日本と変わらない。
おそらく、プレイヤーが推理しやすくなるように、というゲーム開発側の配慮だ。
『こっちの時間では、1日は20時間しかなく、さらに1時間は30分である』とか、『こっちの言語でいうナイフとは、刃渡り50センチ以上の斧のことである』とか言われたら、現代と異世界での、認識の齟齬を修正するところからになって、推理どころじゃなくなってしまう。
「10時というと、主人公はまだ宴会をしている時間か」
「しゅじんこう?」
俺が呟くと、レベッカが反対側に首を傾げた。
知らない単語を聞いたような反応だ。
ゲーム内に登場しない概念は、キャラクターにはわからないということか?
それとも、単純に言っている意味がわからないということか?
ともかく、こっちの話だ、と言うと、彼女はそれ以上突っ込んでこなかった。
――それにしても、キャラクターが目の前に居るというのは不思議な気分だ。
ゲームでは基本的に、立ち絵と表情やポーズの差分だけでストーリーが進んでいた。レベッカもそうだったのに、今は3D化した上にヌルヌル動いている。
それどころか、生きているのだ。
しかしそれは、俺自信にも当てはまること。
俺はゲームのキャラじゃない。生きている。
殺されてしまえば、当然死ぬのだ。
――まずは、レベッカに殺されないよう、できることをしなければ。
俺は軽く頭を振って、両足を地面につけてベッドの上に腰掛けた。
キイ、と耳障りな音がする。ボロいせいか、少し動くだけでもかなり揺れた。
「それで、俺はどうして牢屋なんかに閉じ込められてるんだ?」
「それは、みんなの声がうるさいと、レイの睡眠の邪魔になるから」
「俺を気遣ってくれたってことか」
レベッカがコクリと頷く。
確か、これは建前だった。
普段レイに虐げられているトーマスからの、ささやかな仕返しだったはず。
「そうか。その割には、雨音がうるさくて、あまり寝られそうもないな」
俺は言って、牢屋の中を見回す。
「それは、運び込んだときには、雨脚がそこまで強くなかったから」
レベッカは身体を固くする。
こんな牢屋からは出ていく、と言い出さないかヒヤヒヤしているのだ。
それはそうだろう。
もう、俺を殺すためのセットアップは済んでいるのだから。
俺は、あえて魔王の思惑に乗ってやる。
「――まあいいや。それよりも、水を取ってきてくれないか。喉が渇いて」
「わかった」
レベッカが出ていき、牢屋のなかが雨音で満たされた。
俺は牢屋の中に視線を巡らす。
ベッドに接した壁の天井近くが四角く切り抜かれていて、鉄格子が嵌められている。窓はなく、吹きざらしになっているので、鉄格子の間から振り込んだ雨が、床に水溜りを作っていた。
外は結構な大雨らしい。
そのすぐ真下には、『魔剣セント・エルモ』が木製の鞘に収められたまま、立てかけられていた。
レイが装備していたものだ。寝かせるときに邪魔だったから、レベッカが装備から外して立てかけておいたのだろう。
「――さて」
俺は、自分の腰や胸元に手を這わせ、腰にぶら下げてあったアイテム袋を見つけると、そこからあるアイテムを取り出して、握り込んだ。
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