再就職スナイパー

りゅうちゃん

第1話 定年退職

 私も65歳を超え、あとひと月で定年退職となる。理事待遇まで行った人間は通例3年間は顧問として再契約される。退職金の税金対策でもあり、実務はほぼ無い。まれに、子会社へ役員として天下れることもあるが、タイミング次第であり、役員の枠が空いていればとなる。社外取締役は顧問と変わらず実務も無いし、期間も長いので、こちらのほうが有難い。会議室に向かう途中、そんなことを考えたのは経理担当役員からの呼び出しがあったからだ。

 経理畑を43年、二流大学出にも関わらず理事待遇の部長まで上り詰めた。今の管掌役員は3年下の後輩だが、一流大学と言うだけで大した能力も無く出世した。だが、やつが出世するのは分かっていたので、入社時から目をかけてきた。だから、私の退職後の処遇も配慮してくれるだろう。ある程度収入が減ったとしても、退職金で妻と別れ、投資用として購入したマンションで愛人と新しい暮らしが始められるだろう。

 会議室に入ると、役員と人事担当が待っていた。淡々と退職の手続きの説明がされ、備品の返却まで話が進んだところで、話を遮った。「私の退職後の処遇は」と聞くと、役員は蔑んだ目で、今までお疲れ様でしたとしか言わなかった。それでも過去の事例を出して問いただすと、分厚いレポートが目の前に置かれた。「退職金のところで説明する予定でしたが」と言って、交通費のちょろまかしから始まる、カラ出張、経費水増し、仕入れ先からのリベートと今までしてきた悪事が露見していることを説明した。「刑事事件にはしませんので、会社に与えた損害は足りませんが退職金と天引きして経費処理の不備による返金と言う扱いで処理します。これは会社の評判を落とさないための処置であり、不満があるようでしたら提訴させていただきます。明日からは出社の必要はありません。今日中に私物をまとめ、備品は返却して下さい。以上です」そう言って三つ下の後輩は出て行った。私に対する敬意など無く、汚物を見るように一瞥して会議室を出て行った。

 

 馬鹿な奴だ。先輩面して二流大学のくせに偉そうにして。あいつの横領は新人の頃から知っていたし、まねをして恩恵も受けていた。万が一バレたときの為にスケープゴートすべく飼っていたが役に立った。俺の経費不正請求が切っ掛けだが、書類を偽装して奴が単独で承認したように小細工しておいて良かった。退職金と相殺で上手くまとめたから再調査も無いだろう。これで安心して銀座で飲めるな。


 青天の霹靂とでも言うのだろう。経理のプロとして43年。悪いことはしたが、経理の隅から隅まで知り尽くし、さらに勉強して、この会社で私以上に経理について知る人間はいないと過信していた。だから見つかることは無いと大胆に横領をしていたのだが。退職金も無い、再雇用も無い。これから一体どうしたら良いのだろうか。

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