初めての待ち合わせをした、あの場所で。

マクスウェルの仔猫

初めて待ち合わせをした、あの場所で。

 着いた。

 改札を抜け、周りを見渡す。

 

 土曜日の駅の構内は、ビジネスマンや家族連れ、観光だろう外国人でごった返している。


 待ち合わせまで、30分。


 来て、くれるだろうか。

 

● 




『私、遠距離無理。それに仕事あるから一緒に行けないよ』


 



 従兄弟の、仕事で海外を飛び回る姿に憧れた。海外での仕事を調べるうちに、夢となった。沙優さゆと付き合ってからはそこに俺達と子供の姿が加わった。


 友達の紹介から始まった俺達は、息をするように馴染んだ。感情を表に出さない沙優の、一瞬だけ見せる心からの表情が愛しかった。


 俺の足りてない部分をいつもサポートしてくれる優しさと気遣いがたまらなく嬉しかった。

 

 別れるなんて考えもしなかった。だから海外プロジェクトに抜擢された時の沙優の言葉が信じられなかった。


 俺が、馬鹿だったんだ。




 

『戻ってきたら連絡する。本当は別れたくない。愛しているんだ』

『……無理だよ』

『もう一度だけ……俺にチャンスをくれないか』

『さよなら。頑張ってね、応援してる』





 待ち合わせから、1時間。

 来てくれなかったか。


 海外で話を聞く機会に恵まれた。海外赴任で、俺達のように乗り越えられなかった人達がいた。乗り越えて同じ未来を歩む人達がいた。


 乗り越えられなかったのは俺のせいだ。沙優が俺との未来を望んでいると勝手に信じていたんだから。





『帰ってきたよ』

『……そう』

『俺の気持ちは変わってない。許されるなら……いちからやり直したい』

『……』

『待ってる。土曜日、俺達が初めて待ち合わせをした、あの場所で』

『……』

 




 最後だから声が聞きたいけど女々しいよな。沙優がここに来なかった事が答えなんだから。


 沙優。

 愛してる。


 幸せになって……ん?

 着信?


 ……沙優?


「もしもし、沙優?」

「うん」


 最後に声が聞けた。鼻の奥がツン、とする。もう少しの辛抱だ。頑張れ俺。泣くなよ?


「この前はちゃんと聞けなかったけど……元気にしてたか?」

「うん」

「今、幸せか?」

「……そこそこ」

「そうか」


 結婚したのか?

 彼氏はいるのか?


 その言葉が喉から出ていかない。きっと心より身体の方が分かっているんだろう。もう、黙って沙優の幸せを願うだけでいいって事に。


 ……泣きそうだ。でも、せめて最後くらいはキチンとしろ!


「沙優、幸せにな。それだけを願ってる」

「……来てほしかったのに」

「そうだな。俺も、来て……」




















 俺、も?




















「沙優! 今どこにいる!」

「? 新宿東口、喫煙所の近く。ショータ君とリエと四人で宅飲みしようって集まった場所だよ? え? 悠太も来てる……の?」

「……あっ!!」


 そうだ!

 初デートの前に四人で会ってるだろうが!


「悪い、勘違いしてた! 今渋谷だ、すぐに行く!」

「う、うん」


 電話を切った。


 震える。

 シビれる。


 沙優、来てくれた。


「タクシー、いや電車か!」


 来てくれたんだ!



 東口の改札を抜けた。


 走れ。

 走れ。

 走れ!


 いた!


「沙優!」

「!!」


 そこには、二年前より髪が少し伸び、それでいて俺が見た事のない表情を浮かべる沙優がいた。


 泣いている。

 あの沙優が、顔をくしゃくしゃにして。


「悠太!」

「沙優!!」


 広げた腕に飛び込んできた沙優の涙と温もりと、懐かしく愛しい薫りをしっかりと抱きしめて、回る。


 何度も。

 何度も。

 何度も回って。


 そして。


 俺の目も回った。



「もう。転ばなかったら映画みたいだったのに」

「ごめん。嬉しすぎた」


 いろいろな意味で周りに笑われながら、ベンチに座っている。


「う……会いたかった。ずっと会いたかったの」


 ミニタオルで涙を拭きながら、潤んだ目で見上げてる沙優が愛しい。が、見てるうちに心配になってきた。


「俺も会いたかったけどさ……沙優、何か変わった? 泣き虫になったとか」




 ばっしん!




「いってえ?!」

「違うよ馬鹿。本当は私、けっこうこんなだよ。でもわがまま言ったら困らせちゃうし、悠太の夢の邪魔にならないように……私のせいで悠太が何かを諦めないようにって……だから……だから……」

「沙優……ごめんな」


 抱き寄せて、頬と頬を合わせる。頬に触れる涙の感触が、温かさが胸に沁みる。


「もう、さ」

「ぐすぐす……うん?」

「離したくない。沙優と二度と離れたくない。これからは俺と一緒にいてほしい」

「私も。悠太と一緒じゃなきゃ嫌だ」

「必ずプロポーズをするから、少しだけ待っててくれるか?」

「……うん!」


 沙優。

 一生をかけて、絶対に幸せにするよ。





















「パパ、次のお仕事はアイスランドだって! 美悠みゆ、お仕度すっるよー!」

「おー!」

「沙優、美悠。いつもごめんね」

「だってパパはママと美悠がいないと寂しくって泣いちゃうもんね~」

「ね~」

「ママと美悠も寂しくって泣いちゃうもんね~」

「パパ、いないいないなの? ……ぐすっ」

「「ああああ?!」」



 はい、その通りです。

 寂しくて泣いちゃいます。


 そんなパパは今日も幸せいっぱいです。

 

 沙優、美悠。


 もう少しで世界一周しちゃうけど、その時はみんなでお祝いしよう。プレゼント、楽しみにしててな。

 

 愛してる。





















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初めての待ち合わせをした、あの場所で。 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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