「引き籠もりの悪女」と言われ追放された公爵令嬢、実は最強の軍師でした!

青空一夏

第1話 お父様に認められた?

 《シルヴィア6歳》



 

 シルヴィアが6歳のある日、暖炉の火がぱちぱちと静かに弾ける音が、夜の静寂に溶け込んでいた。シルヴィアはストレイン公爵家の書庫の片隅で、分厚い革表紙の本を膝に乗せ、食い入るようにページをめくっている。


 シルヴィアはストレイン公爵家の双子の姉で、銀髪と金色の瞳を持つその姿は、神秘的で清らかな美貌をたたええていた。


 シルヴィアが読んでいた本は『英雄エルヴァンと千の兵』――それは、古の英雄が戦場を駆け、知略と剣の力で数々の敵を打ち破る物語だった。

 シルヴィアは6歳の女の子が読むには、いささか難しいと思われる本でもスラスラと読むことができた。


「……ん?」

 シルヴィアは、小さく首を傾げる。

「へんだなぁ。」

 

 金の瞳が、本に描かれた戦況の挿絵をじっと見つめる。物語の中で、英雄エルヴァンはたった二百の兵を率い、千の敵軍を撃退したことになっている。

 

「みぎとひだり、うしろにもてきがいっぱい。どうしてこれでかてたのかなぁ?」


 シルヴィアは、本のページを戻し、戦場の描写を繰り返し目で追った。しばらく考えこみ、ぷくっとほっぺをふくらませる。


「……ふしぎ…… これじゃあ、エルヴァンが はさみうち されちゃうから、かてるわけないのに」


 小さな指先が、本の挿絵に戻りその上をなぞる。シルヴィアの眉がぎゅっと寄った。ただの《伝説》として楽しむのではなく、敵陣の戦術の欠陥を見抜こうとしていたのだ。


「……おバカさんね」

「だれがバカだって?」


 低く響く声が、シルヴィアの思考を遮った。父、ルドヴィクが、書庫の入り口に立っていた。

 

「お、お父さま……」


 シルヴィアは顔を上げたが、本を閉じることはしなかった。


「ねぇ、おとうさま、このおはなし、へん じゃない?」


 シルヴィアはすらすらと説明しだした。敵軍の配置の強み、英雄エルヴァンの進軍ルートの稚拙さ、彼女の小さな指が、紙の上をなぞりながら的確に分析する。この状況であればエルヴァンが負けるのは必須。しかし、結果はエルヴァンの圧勝だった。


「エルヴァンがかてたのは、てきのしきかんがおばかさんだったからよ。うんがよかったんだわ」


 6歳の少女が、伝説の英雄譚えいゆうたんに冷静な評価を下した瞬間だった。ルドヴィクは、僅かに目を見開いた。


「……ほう」

「もしね、エルヴァンのへいたちが まえに いったときに、こっちとこっちのてきが ぎゅーって せまってきたら、えいゆうはまけちゃったとおもうの」


 シルヴィアは落ち着き払った口調で言い切る。ルドヴィクは、無言のまま、シルヴィアが指し示す戦況を見つめた。そして、ゆっくりと口元を歪めた。


「シルヴィア。」

「はい?」

「お前は面白い子だな」


 ルドヴィクは書庫の中へと足を踏み入れ、シルヴィアが座っている椅子の前で立ち止まる。


「普通の娘なら、この物語を『英雄がすごい』とだけ思う。だが、お前は『英雄の戦術に不備がある』と考え、戦に勝てたのは敵軍が愚かだったと考えたわけだ」


 シルヴィアは褒められた気がして、 ぱぁっと顔をほころばせた。


「……だって、これじゃかてるはずがないもの」


 父は静かに頷いた。


「そうだな。……お前には才能があるかもしれん。お前は、戦のことを考えるのが好きか?」


 父はゆっくりと膝を折り、シルヴィアの目線に合わせる。

 シルヴィアは小さく頷いた。


「……すき!」

 シルヴィアは、きらきらと目を輝かせた。

 

「ならば、もっと学ぶがいい」

 ルドヴィクの声には、明確な期待が込められていた。


「戦の本質を知りたくば、ただの物語ではなく、本物の戦の記録を読むことだ」

 そう言って、ルドヴィクは背後の棚から一冊の書を抜き取り、シルヴィアに手渡した。それは、家門に伝わる戦術書のひとつだった。


 革の装丁に刻まれた題名は——『戦律の書』

 シルヴィアは そっと手をのばし、革のひんやりとした 表紙に触れた。

 

「これ…… なぁに?」

「お前が知りたがっている知識がそこには詰まっている。お前は今からこの書庫を自由に使っていいぞ」


 ルドヴィクは、ゆっくりと笑みを深めた。


「ほんとに!?」

「好きなだけ、戦のことを考えろ。お前が学ぶことで、我がアルストレイン家は繁栄する」

 

 シルヴィアは、本を抱きしめるように ぎゅっとかかえた。父の言葉の意味をシルヴィアはまだ深く理解していなかった。

 ただ、父に認められたという喜びが先に立った。


「……ありがとう、お父さま」

 

 シルヴィアは嬉しそうに微笑んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る