第8話 豊かさの流れに乗る

 透華は、あるセミナーで「アバンダンス・ギフト」という言葉を初めて耳にした。


 「豊かさとは、所有することではなく、流れること。」


 講師がそう語ると、会場には静かな驚きが広がった。

 豊かさとは、「持つこと」ではなく「巡らせること」なのだろうか?




 セミナーで紹介された考え方は、透華の「お金」や「豊かさ」に対する価値観を揺さぶった。


 「豊かさとは、溜め込むものではなく、循環させるもの。」

 「与えることは、減ることではなく、増やすこと。」

 「お金はエネルギー。流すことで、新しい流れが生まれる。」


 それまで透華は、豊かさとは「努力して手に入れるもの」だと考えていた。

 しかし、この話を聞いていると、まるで水の流れのように、お金や幸せは循環するものなのだと感じた。


 「本当にそうなの?」


 半信半疑だった透華に、講師はこう問いかけた。


 「あなたが誰かを助けたとき、その人がまた誰かを助ける。

 それが巡り巡って、いつかあなたの元へ戻ってくる。

 そう考えたら、世界はもっと豊かになると思わない?」


 透華は、ハッとした。

 それはまるで、仕事で学んだ「持続可能なビジネス」の考え方に似ている。

 一人が豊かになるのではなく、みんなが豊かになる仕組みをつくる。

 それが、アバンダンス・ギフトの本質なのかもしれない。




 それから数日後、透華は友人の真紀とカフェでお茶をしていた。


 「最近ね、お金に対する考え方が変わってきたの。」


 「え? どういうこと?」


 「お金って、“手元にある額”で豊かさを測るんじゃなくて、“どう流れているか”が大事なんじゃないかって思うの。」


 「流れ?」


 「うん。今まで私は、お金は“貯めるもの”だと思ってた。

でもね、お金って水みたいなもので、動かないと淀んでしまうんだって。」


 真紀は少し考えてから、ふと微笑んだ。


 「確かに、気持ちよく使ったお金って、また別の形で戻ってくることがあるよね。」


 「そうなの! 例えば、この前、知人の小さなブランドの服を買ったの。

そのお店のオーナーがすごく喜んでくれて、後日、新しいお客様を紹介してくれたの。」


 「わあ、それってまさに循環だね。」


 透華は、これまで「節約しなきゃ」「お金を増やさなきゃ」と思っていた自分を思い返した。

でも、今は違う。


 「お金は、感謝とともに使うことで、新たな豊かさを生み出す。」


 それに気づいたとき、なぜか心がふわっと軽くなった。


「手放すことで巡ってくる」という体験

ある日、透華は大切にしていたワンピースを手放すことにした。

高価だったし、思い出も詰まっている。

でも、もう何年も着ていない。


「誰か、これを喜んでくれる人に渡したいな。」


そう思い、知人が主催するチャリティーバザーに寄付した。


数日後、その知人からメッセージが届いた。


「透華さんのワンピースを買った方がね、“これを着て大事な面接に行きます”って言ってたの! すごく喜んでたよ!」


その言葉を聞いたとき、透華はじんわりと温かい気持ちになった。

そして——偶然かもしれないが、その翌週、透華に思いがけない臨時収入が入った。


「これが……巡る豊かさ?」


手放すことは、失うことじゃない。

新しい流れを生み出し、自分にとって必要なものがまた戻ってくる。


それを実感した瞬間だった。


豊かさは、すでにここにある

「あなたは、もう持っている」


かつて透華の人生を変えた言葉が、また胸の中で響いた。


豊かさも同じだった。

足りない、足りないと追い求めるのではなく、今あるものをどう流していくかが大切なのだ。


透華は、これからは「豊かさを溜め込む」のではなく、「流れに乗る」生き方をしようと決めた。

そうすれば、必要なものは、必要なときにちゃんと巡ってくる。


彼女の心は、これまで感じたことのないほど、満たされていた。

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