もしも泉の女神様が筋肉神にすり替わっていたら
ある日木こりが木を切っていると......
_______ポチャーン!
「あっ......」
勢い余って泉に斧を落としてしまいました。貴重な仕事道具を失い慌てふためく木こりでしたが......
ふと木こりの脳裏に残っていた記憶、昔々自分が幼かった頃お婆さまによく聞かせてもらってたとある童話を思い出しました。
主人公は自分と同じ木こり、不幸にも主人公は斧を泉に落としてしまったのだが、どういうわけか泉から女神様が現れて落としたのはどっちの斧ですかと聞いてくる話......
その童話のタイトルは金の斧銀の斧。
その話の内容と今の状況が余りにも酷似しているのが何を意味しているのか......察しの良い木こりは仕事そっちのけですぐに考察を始めだしました。
自分は今日偶然か必然か泉に斧を落とした。僕も一端の木こりだしこの泉には神様が出現するという噂もある。そこから導き出した答えは......
「確定演出キタコレ!」
するとにわかに空気が揺れ始め森は騒がしくなり泉からブクブクと泡が現れ始めてきたではありませんか!
「来るぞ来るぞ! 童話通りだったら女神様に落としたのは普通の斧ですと言えば金銀の斧をくれるはず......さあ祝福の女神様、僕の前に降臨してくれ!」
_______ブクブクブク
「......あれ?」
しかし泉から現れたのは祝福の女神でも金銀の斧でもなく、ただ木こりの視線の先に見えたものは頭に天使の輪っかみたいなやつがついている、半裸の筋肉モリモリマッチョマンの大男でした。
木こりは眼を擦りながらその大男を改めて凝視。そして力なくヘナヘナと地面にへたり込んでしまいました。
すると筋肉マッチョマンの大男はゴツい声と共に木こりに話しかけ始めました。
「ハッハッハ! 斧を使って起こしてくれてありがとな! ていうか神が木こりにお礼するのってまるであの童話みたいだな! 俺女神じゃなくて筋肉の神様だけどな! ハッハッハ!」
それに対して木こりは半べそをかきながら叫ぶようにこう言いました。
「黙れ! 筋肉の変態が!? せっかく金銀の斧を手に入れそれを売りお婆さまに高い薬を買ってやろうと思ってたのにこんな筋肉モリモリマッチョマンの変態が泉の主だったら女神様の望みが絶たれてしまったじゃんか!? どうしてくれるんだよちくしょう......」
この時大男は『筋肉は全てを解決するのにお前は何を言ってるんだ?』と思ってました。ですが木こりの明らかに異常な反応に見かねた筋肉マッチョマンの変態認定された大男は木こりにある提案を持ちかけてきたのです。
「ならボディビルダーになってみないか? 一流になれば筋肉で食っていけるぞ。まあ俺達は筋肉に喰われる側だがな! ハッハッハ!」
「さっきから何わろてんねん」
筋肉大男の提案を木こりはもちろん拒絶した。なぜかというと木こりにはそもそもそんな筋肉は持ち合わせていないし、何かの間違いでボリィビルダーになれたとしてもこの世界で食ってける人はほぼいないことを木こりは知っていたからです。
もし仮に食ってけるようになったとしてもお婆さまを養えるような金が手に入るとは限らないしそこに行き着くには何年の月日が必要か。必死に稼がなきゃ今日の飯が無くなるという生活を毎日のようにしている木こりには半ば夢物語なのです。
すると大男はさらに話を続け始めました。
「金の心配はご無用。筋肉用に工面してやるしなんなら俺がトレーナーとしてお前をビシバシ鍛えてやる!」
「乗った!」
木こりはさっきの反応から打って変わって話に身を乗り出してきました。ただ木こりは筋肉に食いついたわけではないようです。
なんということでしょう、木こりの眼が金貨になっています。そう......金に食いついたのです!
これから筋肉大男と木こりの筋肉武者修行が......始まります!
◇
こうして筋肉大男と木こりの武者修行が始まりました。
ちなみにこの頃木こりは職としての木こりを辞めており、筋肉一本になっているのでもうその名は不自然になりますが、私が新たに編み出したあだ名『筋肉2号』は普通にダサかったので、これ以降も引き続き木こりと呼ばせていただきます。
◇修行その一 まずは食事から
「筋肉はエネルギー消費が激しい! つまり炭水化物を多く取って筋肉に喰われないように抗うんだ!」
黒サングラスをかけ葉巻を口に咥えている筋肉大男は木こりに対して徹底的な食事管理をしていました。
木こりは思ってたより食らい付いているご様子。
あれ?
私は今、何を見せられているのでしょうか?
◇修行その一 厚い胸板を作ろう!
「とにかく胸を鍛えればゴツくなる! まずはバーベルベンチプレスからだ!」
いいえ、ただ胸を鍛えればいいというわけではありません。健康的にそして合理的に胸の厚みをつくっていくためにはバランスが重要です。
この返し......専門家みたいですね! 最近筋肉を鍛えている所しか見ていないので私も筋肉に詳しくなってきているという。今の私は神の視点としては失格判定をもらうんでしょうね。
それはそうと施しを受けている木こりはというと全身が大分仕上がってきたようにも見えます。今でもボリィヒルに参加できるぐらいには急成長しているのだが、それでは筋肉大男は満足しなかったのです。
「ぬるい! 今のお前は筋肉に笑われてるぞ! もっと筋肉を愛し尽くせ! まるで恋人のように厚いハートを描き筋肉と共鳴しろ!」
かくして筋肉武者修行はまた激しさを増していくのでした。
◇修行その一 筋肉は休ませることも大事
「よーし。休め!」
「え......なんでですか!? 僕はまだまだ頑張れますよ!」
「お前は筋肉の泣いてる声が聞こえてこないのか!? 筋肉はブラック企業で働いてるわけじゃないんだぞ!」
もう木こりの世界観がぐちゃぐちゃになってる気がしますが、もうそれは野暮ってことなんでしょう。
筋肉大男がまだ余力が残っている木こりになぜ強制的に休ませたのかを説明しましょう。休息をとらず、48時間よりも短い間隔でトレーニングを行ってしまうと、筋肉が十分に回復する前に再び筋肉が破壊されてしまうため、筋肉が成長しないうえ、疲労が蓄積してパフォーマンスが向上しないからなんですよね。
つまり筋肉にもメリハリは必要なんだよねってわけです。頭も筋肉で埋め尽くされていそうな大男はつい先ほど木こりに水を身体にぶっかけていました。案外気にかけているのでしょうか?
◇
こうして武者修行を開始してから一年半の月日が経ちました。
◇
「俺がやれることは全てやった。あとは......本番のみだ!」
「はい、師匠! 今までこんな僕につきっきりで付き合ってくれてありがとうございました!」
「その言葉は終わった後でいい。今は目の前に集中するんだ! さあ筋肉好きのみんながお前を待ってるぞ! 行ってこい!」
「はい!」
ここは世界中の鍛えられた筋肉武闘会。ボリィビル大会です!
この大会に優勝すると一生食っていけるような金と大々的にメディアによって有名人になりさらに仕事が貰えるという夢のある舞台。
ただし2位以下になると微量の賞金以外何も得る物が無いだけに終わってしまうという厳しい大会。
そしていよいよ木こりの出場になりました。ちなみにエントリーNo.7で出場しています。
出場者も木こりに負けず劣らずの筋肉の持ち主です! とりあえず掛け声を聞いてみましょう。
「No.9 ハムケツキレてる!」
「10番仕上がってる!」
「7番土台が違う土台がぁぁぁ!」
「11番プロポーションおばけ!」
「7番新時代の幕開けだぁぁぁぁ!」
「7番デカすぎて固定資産税と法人税がかかりそうだな!」
筋肉掛け声が暑苦しいですね。
_______そして
「優勝は鋼の筋肉を持ちつつもその笑顔から放たれるギャップで会場にビックバンを巻き起こしてきた! エントリーNo.7木こり!」
その瞬間会場に花吹雪が舞い散り会場内は新たな王者の誕生に熱狂の嵐になっていました。木こりは一瞬何が起きたのかわからなかったようですが、すぐに自我を取り戻しそして絶叫したそうな。
木こりは優勝インタビューにこう答えていました。『これでお婆さまに紐じい思いをさせずに済みます。応援してくださった方々本当にありがとう!」
この時筋肉大男はいつのまにか姿を消していました。まるで役目を果たしてもうここに俺は必要無いだろうと言ってるかのように......
◇
あれから2年の月日が流れました。
あの日以来ずっと忙しい日々を過ごしていた木こりにも変化はあり、お婆さまが安らかに眠ってるように亡くなってしまったり、木こり自身に家族ができたりとそれはもう大変なことが多かったそうな。
そして今仕事も落ち着いてきたこともあり再度木こりを始めていました。
どうやら本人にとって木こりが1番しっくりくるらしく、今一度斧を持たせてみたらまるで魚が水を得たように生き生きと木を伐採し始めたといいます。
そんな木こりは今、あの泉の前に来ていました。あのとき感謝の言葉一つ言えなかったことを後悔しているようでした。
そして木こりは持っていた斧を泉に投げ入れました。
_______ポチャーン!
するとあのときと同じような雰囲気を出しながら空気が揺れ始め森は騒がしくなり泉からブクブクと泡が現れ始めてきたではありませんか!
_______ブクブクブク
「しょうがねぇなあ。お前はすぐ人様の眠りを妨げにくるよな。まあ......俺は筋肉の神様なんだけどな! ハッハッハ!」
◇◇◇
終わり
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