第4話 魔導車からの景色と狂気の青年

魔導車まどうしゃ”。

マナを動力とした馬車と似た乗り物であり、動力の起源となるのは魔導車を操縦する御者のマナによるものだ。

文明が進んだモルドでもその数は少なく、一般的な乗り物ではないとされる珍しいものだ。

ミザールはそんな魔導車から、街の風景を眺める。

御者台にいるのはエルナトで、彼のマナ量なら余裕で目的地に着くだろう。

ミザールは長い睫毛で縁取られた瞳を細めながら、小さく細く息を吐いた。

ふと、魔導車の窓から見えていた街の景色に、あるものが映り込む。

――――――鮮やかな色彩が目を引く、一つの銅像だ。

太陽の光を反射して輝くその銅像は、ある女性を模している。

腰まで届く長い黒髪に、浅葱色の瞳。女性らしい起伏に富んだ肢体を動きやすい服に包んでおり、見る人間を一目で惚れさせるほどの美貌を持っている。

かつてのミザールの姿であり、今はもう『幻想』と化した魔女だ。

ミザールはその銅像を見つめていたが、やがて、小さく嘆息した。

「別に、英雄になりたかったわけじゃないのになぁ・・・・・・」

小さく呟かれたその言葉とミザールの翡翠の瞳には、僅かな悲しみが込められていた。だが、それもすぐに瞬きの間に消える。

ミザールは睫毛を伏せながら、少しだけ間を開き、

「英雄なんて・・・・・・クソ喰らえ」

そのミザールの呟きは、誰の耳にも届かずに消えていった。






             * * * * *






「お嬢様、お着きになりました」

外から聞こえたエルナトの声で、ミザールは止まっていた脳を働かせる。

そのまま、開いた扉から外に出ようと足を踏み出し――――――――

「・・・・・・酷い匂い」

鼻を覆い隠しながら、ミザールは魔導車から降りる。

そして、ミザールは自分の視界の中央で存在を主張している屋敷を見つめた。

「あの屋敷は・・・・・・」

「ああ、お嬢様はこちらの方に来るのは初めてでしたね。あちらのお屋敷は、指揮官のための物です。ここは帝国との国境近くなので、争いが絶えないのですよ。そのため、指揮官に就任した者は長期間滞在することが大体なのですよ」

「へー・・・」

エルナトの説明を聞きながら、ミザールは足を進めた。

城の入口までやってきた所で、城の門兵にミザールが話しかけられる。

「誰だ貴様は!この屋敷は現在、アトリア・ヴァイト公爵がおられるのだぞ!そこに貴様のような小娘が・・・・・・」

「いや、私、公爵の娘なんだけど」

「貴様のような小娘がか?笑わせるな!」

門兵に剣を突きつけられ、ミザールは呆れたように溜息をついた。

いっそこの門兵を魔法で飛ばしてやろうか、など考えていると背後から声が聞こえててきた。

「あれれぇ?どうしてお嬢がいるんですかぁ?」

やけに間延びした、中性的な声だ。

ミザールとエルナトが振り返ると、そこには大量の荷物を持った小柄な人物が立っていた。

限りなく白に近い水色の髪に、丸眼鏡の奥で輝く金色の瞳。細い肢体を大きめのローブで包んだその人物は、ミザールとエルナトを見て人好きする笑みを浮かべ、

「珍しいですねーお嬢、こんな所に来るだなんてぇ。それにしてもエルナトもお久しぶりですねぇ。お二人とも、お会いするのは一ヶ月ぶりでしょうかぁ?」

そう言いながら、ミザールとエルナトの元へとやってくる。ミザールは真顔のまま、隣のエルナトへと視線を向けた。

いつも飄々としているエルナトが顔を不愉快そうに歪めている。そんな表情の彼が面白く、吹き出しそうになってしまうのをどうにか堪える。

「ええ、久しぶり―――――――ワイス」

「お嬢も大きくなられましたねぇ、とても嬉しい限りですよぉ」

ミザールを見てにっこりと笑う青年―――――――ワイスは、自分を見て驚く門兵にゆっくりと視線を向けた。

「ねぇ・・・・・・さっき、お嬢に剣向けてたよねぇ?なんで?」

「い、いえ!公爵様のご息女とは知らず!」

「いやぁ、ただの町娘とかがこんな血なまぐさいトコに来ると思うのぉ?ばっかじゃないの?」

自分のこめかみに指を当てながら、光のない瞳で門兵を見つめるワイス。そんなワイスに狂気を感じたのか、門兵を怯えた様子を見せる。

「ワイス、それ以上はやめてあげなよ。私も別に怪我とかしてるわけじゃないし」

「お嬢は優しいですよねぇ、ま、ワタシはなんでもいいんですけどぉ」

ワイスはそう言いながら、先程の表情からいつも通りの笑みに戻る。

そのまま、門兵に指示しながらミザールとエルナトを見やり、

「公爵様に御用なんですよねぇ?せっかくなので、案内しますよぉ」





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