ハートくりぬき職人

ヤマシタ アキヒロ

ハートくりぬき職人

あたしはハートくりぬき職人。名まえはハンナ。

あなたのハートをくりぬいちゃうぞ。


どうやるかって?やり方はカンタン。


あなたが何かに夢中になってるうちに、ドキドキ飛び出したハートをサッとかすめ盗っちゃうんだ。アハハ。


意外と気が付かない人が多いみたい。みんなボーっとしちゃってるから。


その集めたハート、どうするかって?


夢中になるってことは、多くの時間をかけてるってこと。それをあたしがいただけば、その分あたしの寿命が延びるってわけ。


こう見えてあたし400歳くらいなんだ。なになに、14歳に見える?ありがと。悪魔の尻っぽも似合うでしょ。


お、さっそくいたいた。アイドルに夢中になってるあの娘。


青春のほとんどをチャラ男くんに捧げて、なんか可哀そう……。

まあいいわ。それがあたしの寿命になるんだから。


ドッキン、ドッキン。

ヒョイ。はい一丁上がり。


ちょろいもんだ。若さって、愚かさの代名詞ね。


お、またいた、またいた。

釣りに夢中の中年サラリーマン。


釣りって結構お金かかるのよね。それに朝、早起きしたりして、何が楽しいのかしら。


ドキドキ。サッ。はい一丁上がり。


いい年して無防備きわまりないわ。


お、あそこにも、いるいる。


こんどは3才からピアノを始めて、20年も夢中になってるお嬢さん。相当な腕前だけど、プロになる訳でもなし、時間のムダ使いよね。まだ飽きないのかしら。


ドキドキ。

それっ。はい一丁上がり。


集中してる人ほど、心はお留守なのよね。


さ、今日もいっぱい溜まったわ。これをズタ袋に入れてっと、しっかりヒモをしめて、キュッ。


みんな時間を盗られたことも知らずに、ウットリしてるわ。ほんとマヌケね。せいぜい早く年を取るがいいわ。


さて、と。今日は帰るとするか。

雲の上があたしのねぐらなの。


でもその前に、ちょっと気になってるトコを覗いてみようかしら。


あそこ、あそこ。

ほら、見えるでしょ。あのカッコいいケンタウルスさん。


ケンタさんはね、悪い事した人にちょっとお仕置きをするのが仕事なの。命までは奪わないけどね。その人が更生するまで、しっかりお世話するんだって。う~ん、カッコいい!


ほら、ああやって、気付かれないように、正しい道に戻してあげてるでしょ。さっすがぁー。


と、前になった拍子に、ズタ袋の口が開いて、中から集めたハートがバラバラッ―――


あっ、ダメーッ、待ってー。あたしの大事な命たち―――


見る見るうちに、何百個のハートが地上めがけて落ちていく。


ストーン―――


あー残念。もう届かない。小さくなっちゃった。


そう、あたしっていつもこうなのよね。ドジっていうか、おっちょこちょいっていうか。ま、そこが可愛いって言ってくれる人もいるんだけどさ。


フフ、ケンタさんも見てるかしら。―――あっ、こっち見てちょっと笑ってる!


ドキドキ―――


だ、だめだ、あたしがハート盗られちゃう。


それにしても、こぼれた時間たち、ちょっと勿体なかったな。せっかく集めたのに、逃がした魚が川に戻るみたいに、元の持ち主のところへ帰っちゃった。

どうせだから、追いかけてみよう。


どれどれ。持ち主の様子はどうかな。


あれー、なんか、前よりも笑顔が輝いてるみたい。少し年取ったはずなのに、なんか生き生きしてる。自分の歩いた道を満足げに振り返ってるわー。


―――そっか、きっとあたしが、ピュアなハートを大切に保管してあげてたから、ふつうの人よりキラキラしてるのね。


ぐやじーっ。でも仕方ないわ。覚えてらっしゃい。そのうちまた盗みに行くから。


あーあ、おかげでまたハンナ、若返っちゃった。


                          (了)

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