ep.9 アウェイ・ゲーム
数日後――。街を走るセダンの後部座席で、百瀬は秋夜の車窓に目をやっていた。
車が走っているのは丘の中腹、雑居ビルの立ち並ぶエリアである。ここでは貧民街からやってきた物売りが町人に寄り付く光景がよく見られるが、今日の売り子たちはいつもと様子が違った。薄寒い往来で頭巾を付けた娘が生誕祭の飴細工を配っている。
ふと彼が細長い目を運転席の方へ差し戻すと、ハンドルを握りながらフロントガラスを通してちらちら夜空を見上げるコッコの姿があった。
「追いかけてたトライク、混んでて見えなくなっちゃった」
「問題ないよ。近づきすぎてもバレるし。それに上からはよく見えてるはずだから」
ジャンパースカートを着た西洋娘が青い瞳で見上げる先、混み合う大通りの上空を飛び交うのは複数の鴉たちだ。茶色いスーツの若紳士も後部座席に座ったまま身を屈め、フロントガラスの先に目を凝らす。――鴉の群れはちょうどそこで二手に分かれた。
「どっちに行けばいいんだろう?」
「直進した方を追いかけて。たぶん時間差をつけて目的地に誘導するつもりだ」
「了解。じゃあ、そろそろ着くのかな」
1羽の鴉を追いかけてビル街をぐるりと一周したのち、彼らの車は雑居ビルの裏路地に潜り込む。走ってくる漆黒のセダンを街灯に止まった鴉の群れが静かに迎えた。
「――誰もいないね」
「駐車場に入っていったんだろう」
若メイドの運転で車は錆びついたゴミ箱の隣に停車する。運転席と助手席からふたつの視線がフロントガラスの先を覗き上げた。――随分と年季の入った煉瓦仕立ての雑居ビルである。フロントシートから見える範囲で灯りは点いていない。
「ここ、なんだか来たことある気がするような……」
「驚いたな。裏取引の現場になっていたビルだよ。ほら、レムニスカのところで秘密裏に契約されて、用途不明の装置が運び込まれていたところ」
「あー、あの時の。どうしてここにアリナナさんが来たんだろう」
「やはりきな臭くなってきた」
コッコがハンドルに両腕を置いてネイルの調子をチェックし始める傍ら、百瀬はダッシュボードから頭を引き戻して上半身を起こした。
「よし、ここからは私が行ってくる。コッコはここで待ってて」
「はーい」
彼は周囲の様子を窺いながら慎重にドアハンドルを捻る。冷えた空気に音が響かないようドアをゆっくり閉じ、漆黒の中に浮き上がる瞳の持ち主たちに視線を向けた。
『カァ』
彼らに頷き返し、若紳士はジャケットのボタンを外しながら雑居ビルへ歩き出す。ビル外壁の非常階段を降り、開けっ放しの非常扉をそろりと押し開けた。
「……」
扉の先は駐車場である。音を立てないよう慎重な動作で扉を閉め、侵入者は物陰に身を隠しながら生物の気配を探った。身体を物陰にあてがい、じっと息を殺す。
――薄暗い。点いているのは非常用の光源だけらしい。しばらくして暗さに目が慣れてくると、駐車場に広がる異質な様相が彼にも分かってきた。
駐車された車は一台も見えず、その代わり大人の身長ほどの金属ラックがずらりと並んでいる。ラックの中に一体ずつ収納されていたのは少女の姿を模した精巧な人形だ。
金属光沢のある肌、踵に小型のタイヤをマウントした特徴的な脚部――。百瀬はイオニア海での戦闘を思い出し、暗がりの中でじっと目を細める。
「……」
若紳士は一切の気配を殺して駐車場の物陰を進み、突き当たりのエレベーターホールへ。明かりを喪失したエレベータの前に立ち、小さく鼻息をついて握り拳を作った。
――刹那、百瀬の片腕を包み込む稲妻。光の中から彼の右腕に紅甲冑が現れる。
彼が鋼に覆われた拳をエレベータの操作板へ押し当てると、赤い稲妻が籠手を伝ってボタンの奥に流れ込んでいった。
そして数秒――。不意にエレベータの表示板が点灯する。ホームドアの向こうから籠の動く音が聞こえ始め、錆だらけの扉がゆるゆると左右に開いた。
「……ありがとう」
百瀬が手を振り払うと、ガントレットは赤い稲妻とともに再び不可視となる。
同族の激しい目覚ましで息を吹き返した古エレベータのゴーレムは、中に入ってきた乗客を12階建ビルの中腹までのろのろ運び上げた。
無言で外に出た百瀬は周囲の気配を窺いつつ、薄暗いエレベーターホールから鉄製の二枚扉に歩み寄る。扉の取っ手にそっと手を添え、静かに奥へ押し込んだ。
「これは……」
目の前の薄闇に広がったのは下の階と吹き抜けになった大部屋である。窓のないコンクリの密室で、上層部には1周ぐるりと金属剥き出しの足場が張り出している。
彼が鉄製の手すりから身を乗り出して下層の漆黒を覗き込んでみると、非常用の光源に照らされて暗がりのなかに石碑のようなものが見えた。
侵入者は暗い部屋に人の気配がないことを確かめ、掌の汗をスラックスで拭いながらゆっくり鉄の足場を歩き出す。足音を響かせないよう慎重に進むこと、しばらく。大部屋の底に佇む謎の石碑を目指して、彼が鉄階段に足を伸ばしたその時である――。
「!」
不意にエレベーターホールからベルが鳴る。廊下から近づいてくるのは――、ふたりぶんの足音だ。若紳士は反射的に柱の陰へ身を滑り込ませる。
「さぁ、ここなら人目につかず話ができる」
入ってきたのはコートドレスを着た金髪令嬢。そして――、カーキ色のスーツを着た白人中年である。百瀬は冷たいコンクリ壁に背中を貼り付け、物陰から耳をそばだてる。
「改めてご苦労でしたわね。おかげで彼女らの期待に沿う頭数を納品できた」
「健康な人間を集めたのはいいが、みな工場送りにされるのか」
「おそらくはそう。一人残らずゴーレムの素材される」
「ふん。人が死ぬってのに、平然と言ってくれるぜ」
「もう慣れましたわ」
「まぁ、
男女は薄暗い吹き抜け部屋に足音を響かせ、手すりの側で立ち止まった。
「――奴らはなぜ世界中で人間をゴーレムに?」
「さぁ。彼女たちの使命は誰にも分かりませんから」
「知らねえで手を貸してやってんのかよ。錬金術師様は狂ってんな……」
白人幹部はその場でゆらりと反転し、ポケットに手を突っ込んで手すりへ腰を預ける。闇に佇む無表情の令嬢に向けられたのは余裕げな訳知り顔であった。
「この部屋も奴らの希望でこしらえたのか」
「ええ。ゴーレムを使った転送装置を作りましたの」
「転送装置?」
「そう。いずれも人魚たちの住まう
「北米の犯罪捜査で似たようなものを見たことがあったが……そういうことだったのか」
アリナナは背後の闇へ角ばった顎を差し向ける。
「これは奴らの根城まで通じているのかね?」
「まさか。彼女らの城に続く正門は厳重に隠されていますわ。きっと我々の想像もしないところにあるのでしょう」
「お嬢様にも知らされていないとはな」
「残念ながら。彼女たちが人間に心を開くことはやはりないのでしょうね」
小さくため息をつく娘に大きな肩をすくめて返す大男。
「そんな相手に手を貸すだなんて物好きなことだ」
「貴方だってそうでしょう?」
「俺はお嬢様からのお小遣いが欲しいだけさ」
そう言って白人中年は白い歯を見せて丸太のような腕を組んでみせた。彼の作り笑いに冷笑を返した令嬢――。ふたりは薄闇のかかった大部屋を手すりから俯瞰する。
「前から聞きたかったんだが、どうしてお嬢様はあんな化け物たちのために動いてる?」
「それを知ってどうなりますの?」
「奴らと違って、人間には意味のない好奇心ってのがあるもんでね」
令嬢は「ふん」と喉奥を優しく鳴らし、百瀬は暗闇の中で密かに顎を引いた。
「錬金術師なら誰もが目指す頂があるのをご存知でして?」
「いいや」
「真の錬金術師は数多のゴーレムと深い絆を築き、彼らと力を合わせてひとつの世界を形作る――。錬金術師の極北が使役するのはまさにゴーレムによって創造される世界。その領域まで辿り着いた者は、世界のあり方すら変えてしまうと言われている」
物陰で口をへの字にして一連の密談を聞き入れる若紳士。彼が密かに覗き見たところ、ぎらぎらした令嬢の視線を受ける大男の瞳には深海のような陰りがあった。
「まさか人魚を手懐けようってのか?」
「ええ。人魚たちをこの手で従えることで世界の運命を握りたい」
「危険な挑戦だ。奴らは目的も分からない怪物だってのに」
「わたくしも錬金術師の端くれですの。野暮なことは仰らないで」
静寂の空間に染み込む淡々とした声色――。大男は太い首を横に振る。
「俺にはよく分からんね」
「無理もありませんわ。貴方は無学な遊び人なのだから」
「学はないが夢はある。億万長者になって楽しくやるさ」
金髪の乙女は淀んだ空気を払うように鼻先で笑い、どこか余所余所しい顔を作りながらコートの内ポケットから封筒を取り出した。手すりから腰を離した白人中年の大きな手にそれを奪い取らせると、彼の視線を断ち切って暗い足元を階段へ歩き出す。
「好奇心……と言いましたわね」
「ああ。聞いてみたところ、やっぱり聞くだけ無駄な話だった」
「世界の監視者としての矜持はありませんの?」
「俺ァ、人間らしく気ままに生きるだけよ。他人様に説教するなんてのも性に合わねえしな。だがどうしてもってんなら、無学な遊び人でもできる忠告をしてやってもいいぜ」
アリナナは彼女にくるりと背を向け、指につまんだ封筒で宙をぴらぴらと仰いだ。
「どれだけ予防線を張ったか知らねえが、
「……」
電池が切れたように一切の意思疎通を断絶して階段を降りる令嬢。
「くだらない。――さぁ、取引は終わりですわ。もうお引き取りになって」
彼女の乾いた態度に片眉を上げたのち、水兵のような白人は両手の骨を鳴らしながら入り口へと歩いていく。
慌てて百瀬は身を隠し、蛇のようにじっと息を殺した。明かりの点いたエレベータホールへと大股で消えていく大男――。その背中を目で追い、頬の内側を噛む。
いっぽう彼の足取りに神経を尖らせていたのは百瀬だけでなかった。令嬢は階段の下で足を止めて背後を振り返り、去りゆく背中を漆黒の底からじっと睨み続けている。
「人の心……」
彼女は入り口の扉から視線を戻すと、暗黒にヒールの足音を響かせた。そして石碑の側でふと立ち止まり、その足元から何かを拾い上げる。――百瀬が物陰から身を乗り出して目を凝らしたところ、彼女の細い手は筒状の容器を握っているように見えた。
やがて金髪の乙女はこほんと小さく喉を鳴らし、自分より背の高い石碑を赤い瞳で撫で上げる。
「門を……開けよ」
彼女の語りかけによって石碑はじわりと光り始め、すぐさまその足元から止めどなく水が溢れ出した。漆黒の中で宝石のように輝くのは――、虹色の水だ。
光の水はわずか数十秒で深さ10センチほどの泉となり、令嬢は鈍く輝く石碑に向かってそっと白い手を差し伸べる。それを見て物陰の百瀬が腰を浮かせた――、その時だ。
「!」
不意に令嬢は背後を振り返る。
――彼女の瞳に映り込んだのは大剣を携えた銀騎士の姿であった。水面の光で煌めく銀兜を睨め付け、白人令嬢は呆れたようなため息を浮かべる。
「……あえて姿を見せるとは。舐められたものですわね」
『……』
これまで沈黙していた西洋鎧が赤い瞳の中でゆらりと動き出した。息を殺して泉の様子を観察していた百瀬は、銀騎士が鉄靴を水に浸けて令嬢へ歩み寄っていくのを見る。
密室の中へ不気味に響く水音――。乙女の眼前まで近づくと、白銀の騎士像は手にした大剣をゆっくりと闇の中で振りかざした。
「……」
――その時である。中腰になったまま、百瀬はおもむろに周囲を見回した。ジェットエンジンのような甲高い音が聞こえたのだ。
耳をそばだてること、3秒ほど。ヒュルリと涼しい音が聞こえた瞬間、彼の目はコンクリの壁が風船のように膨れ上がるのを見る。
「うわっ!」
歪んで見えたその時には、壁はもう爆発していた。為す術もなく身体をめくり上げられ、背後に吹っ飛ばされる。
宙を吹き飛びながら彼は瓦礫の渦に奇妙な光景を垣間見た。――両腕に翼を持つ少女が、水を跳ね上げて騎士像の眼前へ舞い降りるのを。
『シャァアッ!』
揺れる水面に立ち込める白煙と熱気。ハルピュイアのゴーレムは背に置いた令嬢を守るように両腕の翼を広げ、動物的な前傾姿勢を取りながら銀騎士を睨みつけた。
「……止められるものなら、どうぞ」
レムニスカの声に呼応し、ハルピュイアは両翼に備え付けられたジェットエンジンを点火する。――そして翼を折りたたんだかと思った刹那、華奢な身体は銀騎士の懐に向かって弾け飛んだ。
『ゴォ!』
胸元へねじ込まれる鋼の拳をひらりとかわし、ハルピュイアは足の鉤爪を首鎧の隙間に引っ掛ける。そして両翼のジェット装置を光る水面に焚き付けた。
「うっ」
吹き荒れる気流に煽られ、令嬢の手から零れ落ちる筒容器――。
『ゴガァッ!』
煙の中に銀騎士の身体が宙に浮き上がったのを見た瞬間、百瀬は反射的に身体を背後へ翻した。首元で銀騎士を引っ掴んだハルピュイアは部屋をぐるりと宙返りし、若紳士の眼前をわずかにかすめて壁へ激突する。
「ぐわっ!」
猛烈な熱気で息ができなくなっていたのも束の間――、ジェットエンジンの音が遠くなった。白煙が未だ部屋に滞留しているが、熱源の気配は消え失せる。
思わず身を乗り出して階下を見下ろす百瀬。――彼はそこで目を見開いた。石碑の側に立った令嬢の瞳が、斜め上で身構える自分をびたりと捉えていたのである。
「……ふん」
彼女は涼しい顔をしたまま若紳士に背を向ける。細い腕で白煙を裂いて石柱に触れると、小柄な身体は光の中に溶けて消えていった。
――それがきっかけなのかどうなのか、虹色の水はたちまち蒸発して霧散する。あっという間に泉は枯れ、コンクリの大部屋は再び暗黒に包まれた。
「……」
我に返った百瀬はすぐさま部屋の出口へと身体を反転させる。非常ベルが鳴るホールを非常階段へと雪崩れ込み、ひたすら下へ走り降りた。
向かったのは地下だ。鉄扉を強く押し開け、照明の点いた駐車場を素早く見回す。
「……」
人形たちの眠るラックを背に、黄金色の豹に跨る大男の姿があった。大男が静かな表情で撫でる猛獣は身体の随所にそれが乗り物であった痕跡が窺える。――ゴーレムだ。
「面倒ごとが始まったらしい。さっさと引き上げようぜ」
金色の豹が胸のエンジンを回して主人に答えたその瞬間、百瀬は力強く走り出した。
『ディルルルル……』
大男を乗せたアイアンゴーレムはエンジン音を響かせながらゆっくりと駐車場を進んでいく。そして鉄で象られた前脚が駐車場出口に差し掛かった――、その時だった。
「うおっ!」
陰から進行方向に飛び込んできた人影。鋼鉄の猛獣はびたりと足を止め、乗り手の上半身は反動でつんのめる。
大男の青い瞳が正面に捉えたのは、茶色のカジュアルスーツを着た若紳士であった。
「……どうやら偶然通りかかったわけじゃねえらしい」
「ええ。残念ながら」
おんぼろの駐車場で睨み合うこと、しばらく。皮肉な態度を取る白人の眼前で、百瀬は硬い顔のまま拳を握りしめた。
――その瞬間、赤い稲妻が彼の全身を駆け巡る。
『……ォオ』
アリナナは目を丸くした。若紳士の身体を包み込むようにして、身長2メートルを超える紅の西洋甲冑が現れたのである。
――いや、彼はもともと鎧の怪物を身にまとっていたのだ。ただ、これまで不可視となって沈黙していたそれが、人の目に見える形で現れただけである。
『ゴォ……』
狼の兜が立てた唸り声が駐車場に低く反響した。目の前の異形が醸し立つ異常な圧迫感に、豹に跨った白人の大男は奥歯を硬く噛み締める。
そしてしばしの睨み合いの末――、ついに間合いは動き出した。アリナナは姿勢を低くし、獣の姿をしたアイアンゴーレムは肩の筋肉をぶわりと怒らせる。
『ゴガァッ!』
鉄の獣が獲物めがけて飛びかかるや否や、紅の騎士像は瞬時にその首元を掴み取った。そのままぶわりと振りかぶり――、地面めがけて叩きつける!
「ぐわっ!」
数百キロの鉄塊が激突し、地下の空気が揺さぶられた。
車体から引き剥がされた大男はコンクリートの床へ派手に身を打ち付けるも、痛みを堪えてすぐさま跳ね起きる。素早く周囲を見渡し、彼は強く舌打ちした。
『ディルルルル!』
体勢を戻し、紅甲冑に向かって力強く咆哮する黄金獣。しかし騎士像の怪物が怯むことはない。西洋鎧は鉄靴を駐車場に響かせながら、淡々と距離を縮めてくるだけである。
「乗せられるな!」
顔を赤くして声を荒げた大男は続けてハンドサインを送る。大豹は主人の意思を機敏に感じ取り、鉄靴の足先を眼前1メートルまで引きつけて背後に跳ね飛んだ。叩きつけられた鋼の籠手を間一髪のところで回避し、アリナナの目の前に滑り込む。
「突っ切るぞ!」
主人が背に飛び乗ると、間髪入れず鉄獣は駆け出した。峻烈な回し蹴りを掻い潜り、駐車場の出口まで。壊れかけのシャッターを突進でぶち抜き、そのまま夜街へ消えていく。
『ゴォ!』
すかさず紅甲冑はその後を追って駐車場を飛び出したが――、彼が外の夜道に出たときにはもう、突き当たりの石橋から鉄獣が飛び出したところであった。鉄靴を鳴らして橋まで走り寄るも、眼下の道路を金色の豹が走り去っていくのが見えただけ。
鎧の中の人間がため息をつくと、鎧は再び赤く稲光りしながら霧散した。西洋甲冑の像は赤い光とともに亡霊のようにかき消えて、中から虹髪の紳士が現れる。
「……」
肩で深く息をしながら鉄橋の端に近寄る百瀬。彼が遠くに視線を置きながら手すりにそっと掌を置いた――、その瞬間だった。
「っ!」
小さくなっていくトライクの影を追っていた瞳が、突如強い閃光を反射する。光に一瞬遅れて橋を轟かす炸裂音、街灯を揺らす衝撃波――。紳士の頬はぞわりと痙攣した。
――追っ手を撒いて悠々と走っていたトライクが突如爆発したのだ。
「……」
黒煙が上がり始める道路に目を丸くしながら、百瀬は氷漬けになったようにその場で立ち尽くす。
――呆気に取られる彼を現実へ引き戻したのは鉄靴の足音であった。我に返った彼が視線を跳ね上げた先、石橋の塔上に立っていたのは白銀のルネサンス騎士である。
左手のガントレットには令嬢が手にしていた筒容器――。
彼もまた街中の爆心を眺めていた。銀に艶めく鎧を月光に晒し、右手の剣で秋の夜風を裂きながら、黒煙が成す墓標に直立不動で黙祷を捧げている。
『……』
あるとき銀騎士は眼下の人間に視線を垂らした。しばし見つめあうも西洋甲冑の怪物は黙して語らず、不意に跳躍して石橋の下の奈落へと消え失せる。
その残像をただ眺めるしかなかった百瀬。錬金術師の抗争の狭間で、元教師は密かに足肘を強張らせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます