きみとの3456年――記録の魔物と詠魂曲

万木きるしゅ

プロローグ――二千年前の僕たちは

記録1 あの日の契約と誤算


「僕のための約束――それを代償とし契約をしよう、善良なウィストール。いつも僕を見破る、忌々いまいましいきみよ」


 遠い、遠い昔のあの日。金の陽射ひざし色の瞳を細めて、魔物は笑んだ。


 魔物の名は、黄金の昼下がり。

 彼と契約をするためには、以前の契約者を上回る代償を支払わなくてはならない。

 僕は契約のために、とある約束をした。


「簡単な約束さ。次の契約者が見つかるまで、ただ僕と一緒に生きてくれればいい」


 彼の言うその約束こそが、現在の僕をどうしようもなく困らせている最大の悩みの種だ。


 彼は、わかっていたのだ。そんな代償を上回るほどのものを支払える次の契約者なんて、現れやしないと。

 そして内心で僕を嘲笑あざわらいながらも、自らの生への道連れを手に入れようとした。当時の彼は狡猾こうかつだったのだ。


「……さあ」

 彼は、僕にろうのような白い手を差し出してきた。触れる前から熱を吸い取られそうな感覚に襲われる──まるで、人生すべてを奪い取られるかのようだ。

 その手を握れば、僕の運命はめちゃくちゃになるだろう。

 それでも、後に引けなかった。彼に閉じ込められてしまった兄を救い出すには、彼の主人になって命令を下せる立場になるしかなかったのだ。


 僕は緊張で震える手で彼の手をとった。

 指と指が絡み合い、ひたい同士が触れる。

 その瞬間、世界を塗り替えるような風が、ぐるりと僕らを取り囲む。


 思わず閉じていた目を開くと、目の前に彼の顔があった。

 美しく妖艶ようえんに微笑むその姿は、かつての初恋の少女のもの。深層心理から理想の姿を読み取って変身するというだけあり、その微笑わらい方は、どうしようもなく僕の心を乱す。


 彼はくすぐるように甘くささやいた。

「なんでも言って、僕の新たな契約者。僕は、きみのためにどんなことでもしよう」



 ――黄金の昼下がり。通称アウル。

『永遠』の概念を司り、何があっても死なない無敵の魔物。幸福な幻想を永遠に見せ続け、対象にそうと気づかせないまま閉じ込め続けることができる、究極の封印術式。


 あの日、僕は永遠と契約をしたのだ。二十三歳だった。


 そりゃあ僕だって、アウルとは長い付き合いになるだろうとは思っていたさ。

 けれど、さすがに想像できるわけないよ――まさかあれから、二千年以上も生きることになるなんて!



 今日もアウルは、可愛く笑いかけてくる。

「ウィズ。千年後も一億年後も、世界が滅びてしまっても、永遠にずっーと一緒だよ!」


 ――は、早く後継者を探さないと!

 明日……いや、来週中には絶対に!

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