ネリヤカナヤ
ももんがですが
第1話 キヌ
遺体は砂浜に並べられていた。雨雲色をした石灰岩の崖に沿って、波風で削られた鍾乳洞の陰に並べられていた。
今日死んだのは従姉のキヌだった。
キヌは13歳になったばかりだった。
麻の半透明な襦袢を一枚だけ纏ったキヌを、叔父は両腕に抱えると、すべすべしたキヌの肌を零さないよう慎重にゆっくり海に入っていった。
いつも波が荒れているはずの湾門海は今日は珍しくベタ凪で2人を歓迎しているようだった。
キヌは海に浸かると簡単に浮いた。
叔父はキヌの顔が濡れないよう頭を肩にのせ、浮かせると、軽くなった右手で海水を使いキヌの顔を丁寧に拭いて、そのまま髪も海にさらすように1歩前に出た。
そうしばらくしてカラスが鳴き声が崖山から聞こえると、叔父は合わせて夕日で燃えた海から焦げた影になって引き揚げてきた。
これも儀式の一環だった。カラスが鳴くまで海から出てはいけない、と叔父は言っていた。
影のまま砂浜の果てにある鍾乳洞にまっすぐ見つめた叔父は、キヌを抱えているせいか足跡が深く残しながら歩を進めはじめた。
僕は供え物を載せたお盆を持って、僕に見向きもしない叔父を追いかけた。
後ろから指した夕焼けで僕の影が叔父に追いついた。これ以上は叔父に近づいてはいけない気がした僕は距離をとって、その深い足跡を追った。
遺体を弔ってから海岸を出るまでは声を絶対出すな、と叔父にはキツく言われた。声を出すと、この肉体は生きていて話しをしているのだと霊が勘違いして、霊がこの世界に留まり海に奥にあるネリヤカナヤに行けなくなってしまう、だから話したい時は心の中で伝えなさい、と教わった。人々の心の声は霊に届き、その声にならない声が聞こえた時、霊は自分の死を自覚しネリヤカナヤに向かっていくのだとみんなは信じていた。
湾門暗の入口に着くと、僕は焼酎と芋を近くにある石灰岩に四角く穴が空いた祭壇に供えた。
キヌを砂の上に仰向けに寝かせると叔父はキヌに手を合わせた。僕も手を合わせて、「おやすみなさい。」と心の中で呼びかけた。
水平線をまたぐ太陽がキヌの耳に生えた産毛までも照らしてみせて、キヌの病弱な白い肌が月のように光って洞窟は一瞬にして明るくなった。
その光は叔父の頬に伝っていた涙の跡を明らかにしていた。
キヌのおかげで僕は叔父の涙に気づけた。
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