修道院

「あのー。大丈夫ですか?」


綺麗な金髪のシスターが話しかけてきた。


「あ、はい。少々疲れてしまって...」


「困っていることがあれば、どうか遠慮せずにおっしゃってください」


困った事。異世界にある家に帰れなくなった事。こんなこと言ってしまったら変人に思われてしまうだろう。


「お恥ずかしながら一文なしで…」


彼女を困らせてしまっただろうか。


「もしよろしければ、私の修道院で少し働いてみませんか?たくさん金を差し上げることはできませんが…」


「いいのですか!助かります!名乗り遅れました、俺の名前は酒井健一です」


「私はセラフィーナ・アリアです。修道院でシスターをしています。えっと、サカイ・ケンイチさん?という名前はあまり聞かない珍しい名前ですね」


異世界人ということは伏せていた方が良いのだろうか。


「ええ、遠い国出身でして」


「そうだったのですね…大変な旅だったようで。あ、すぐそこが私の修道院ですので、ついてきてください」


ついて行くとそこにはボロボロの修道院があった。


「どうぞお入りください」


「失礼します」


物音がしない。誰もいないようだ。


「今日はもう遅いのでお食事にいたしませんか?」


「俺はまだ働いておりませんし、食事をいただくのは…」


「お気になさらないでください。明日からたくさん働いていただきますので大丈夫ですよ?」


俺を気遣っているのだろうか。申し訳ないが甘えさせてもらおう。


「明日から頑張らせていただきます。食事の準備は手伝いますよ」


「ありがとうございます。そこの棚からパンとお皿をお願います」


戸棚から茶色いパンと木の皿を近くのテーブルに準備する。


「それでは食べましょうか」


「はい。いただきます」


セラフィーナさんはお祈りを始めた。

食事を恵んでもらうんだ、せめて食事前の作法は真似しよう。

一緒にお祈りをし食事を始める。


「そういえば、セラフィーナさん以外のシスターはいないのですか?」


「そうですね。私1人です…」


気まずい。

茶色いパンはなかなか硬い…

水分で出されたのは度数が低く味の薄いビールだ…


「あのー、水はいただけませんか?」


「水は貴族様か中級冒険者くらいでないと飲めませんが…」


「というと、飲み物は主にこれなのですか?」


「庶民は基本このエールを飲んでいますね。綺麗な水が手に入らないので。」


この世界の食事事情はすごく大変そうだ。


「ごちそうさまでした」


「朝は早いので早めに休みましょうか。お部屋に案内しますね」


藁の寝床があるだけの小さな一室を借りた。


今日一日で色々なことがあった。

この世界に突然きて、見捨てられて、本当に帰れるのだろうか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


物音で起きた。

セラフィーナさんはもう働き始めたのだろうか。

物音がする場所へ向かった。


大きな鍋で何か作っているようだ。


「セラフィーナさんおはようございます。何か手伝いますよ?」


「ケンイチさんおはようございます。では今完成した今日分のエールをギルドに納品しに行きましょうか」


樽を持ちギルドまで運んだ。そこそこ重たい。大体5キロくらいはあるだろうか。


「少し待っていてくださいね」


セラフィーナさんが納品作業している間、端からギルドを眺める。

本当に異世界にきたんだ。と実感する。

大きな剣を持っている大男や魔法使いのような風貌の女性。ガッチガチな鎧を着ている人がたくさんいる。


俺ももしかしたら冒険者に…いやこんなおっさんが剣なんか振ったら腰が砕けるな。


「お待たせしましたケンイチさん。帰りましょうか」


ーーーーーーーーーーーーーーー


帰ってからは、セラフィーナさんと修道院の裏にある畑で農作業を行う。

畑を耕すなんて何年振りだろうか。


「ふぅ。疲れた」


日差しの中で働くのも久しぶりだ。今まではずっと朝から晩まで事務作業。こんな生活も悪くないな。


喉が渇いた…あ…


水が飲みたかったがこの世界での庶民は水分補給は基本エールだ。

しょうがない。エールを飲もう。


「なんだ??」


疲れが吹き飛んだ気がする。酒の力なのか?

ステータスを確認すると


ーーーーーーーーーーーーーーーー


【酒井健一】 Lv.1 職業:なし

体力 :6 + 1

筋力 :5 +1

耐久力:5 +1

敏捷性:5

魔力 :1


【スキル】

なし


【バフ】

エール(体力回復(小)・リラックス効果(小)・気力回復(小)


【特殊スキル】

『酒聖』


ーーーーーーーーーーーーーーー


なんだバフ?エールを飲むとバフ効果がつくのか。

もしかしたらこれが『酒聖』の力なのか。


エールを飲みながら農作業を進めることにした。


「ケンイチさん凄い作業量ですね…おかげでいつもより早く終えることができました。」


体力が無限に湧き出ているような感覚のせいか、疲れも知らず行うことができた。


「いえいえ、俺も久しぶりに畑作業ができて楽しかったです」


「是非よろしかったらなんですけど、このまま一緒にエールを作るのをやってみませんか?」


「いいんですか?是非やらせてください!」


畑で収穫した作物を箱に詰め修道院にある台所へと向かった。


「お恥ずかしながら、私の作るエールは見様見真似で…作り方笑わないでくださいね」


「はい。大丈夫ですよ」


セラフィーナさんはゆっくりと説明しながら作業を始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


~エール作り~


「それでは作っていきます。これは数日前から乾燥させていた麦を、朝に粗いてお湯を混ぜたものです。それを布で濾していきます。」


水が悪いからかなのか臭い…顔色を変えずに行っているのが凄い…


「この濾したものを加熱し水の臭さをとります。この時に、先程畑でとれた薬草を一緒に混ぜ煮詰めるます」


数時間程に詰めつつ、空き時間に麦を乾燥させる為に、麦を縛って干していく。


「煮詰まりましたね。そうしましたら、樽に移して、最後に私の魔法を加えて完成です!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


この世界はスキルがあるなら魔法もあるわけだよな。ステータスも見えている訳だし。


「ざっくりとこのような感じになります」


「なるほど。教えて頂きありがとうございました。質問なのですが、魔法に対して知識がないので聞きたいのですが大丈夫でしょうか」


「魔法を知らないのですか?ケンイチさんの国には魔法が発展していないのですね…」


「いや!ないわけではないのですが。俺には縁が無かったもので」


嘘はついていない。アニメや漫画の世界では見たことはある。実在はしなかったが…


「この世界では、火、水、風、雷、土、光、闇の七属性の元素魔法が存在しています。人間は誰しも、どの属性かに分けられます。ごく稀に数種類の属性を使用できる人がおりますが」


「なるほど…勉強になりました。ちなみになんですが、スキルについては知りませんか?」


「固有魔法のことでしょうか?元素魔法とは違い、神さまに認められたもののみが『スキル』というものを使うことができると言い伝えられております」


俺のステータスを見る限りでは、固有魔法であるスキル『酒聖』は使えるようだが、元素魔法は使うことができるのだろうか?

一応は俺も魔力があるんだ、きっといつか使うことができると信じておこう。


「質問ばかりですみません。樽に使っていた魔法はなんだったのですか?」


「あれは私の光魔法で、エールを飲んだ人に少量の再生の力を付与するといった魔法ですね。他にも効果はとても小さいですが…


その後も、セラフィーナさんに魔法について話をしてもらいながら食事をとり、部屋へと戻った。


ーーーーーーーーーーーーーーー


固有魔法は、その人しか使うことが出来ないため自分で使い方を学んでいくしかないと教わった。これから寝る前に少し魔法の練習をしてみよう。


「酒聖!」


目の前に手をかざしながら唱えてみるものの、何も起こらない。

酒という字が書いているんだ、さっきもらってきたエールに向かって同じことをやってみよう。


「酒聖!」


すると、机の上のエールの泡が凄く湧いてきた。

近くによって見てみると。匂いが強まっており、発酵が進んでいるようだ。


バフをつける以外に、発酵を進ませる効果があることがわかった。

これなら、セラフィーナさんの役にとてもたちそうだ。


その後も寝るまでの間、何度かエールに酒聖を使用した。


が、とてつもなく大量のカビが発生してしまい処理するのが大変だった。

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