ユリとカスミソウ

「いらっしゃいませー」

クラスの模擬店は、沢山の来客で賑わっていた。

昼時なので、入れ違いに入ってくるお客さんが多い。

「お待たせしました。ラビットオムライスです」

オムライスを机に置き、隣の机の空き皿をトレーに乗せる。

裏方にトレーを持って行った時、後ろから肩を叩かれた。

「えな?」

「京介くん、来たよ」

えなの指差す方を見ると、京介が窓側の席に案内されているところだった。

「ほらひな、行っておいでよ」

「う、うん!」

トレーに水を乗せて、京介の席に向かう。

「お冷です。ご注文はお決まりですか?」

水の入ったコップを机に置いて、尋ねる。

顔を上げた時、レナと目があった。

「俺はラビットパフェで。レナはどうする?」

「私はニャンニャンパンケーキで」

「承りました」

2人の注文を聞いて、裏方に戻る。

颯汰はいなかった。2人で来たのだろう。

京介がレナといるのを見て、胸が痛んだ。

「ひな、これ」

「ありがとう」

「それ持って行ったら、休憩ね」

パフェとパンケーキを乗せたトレーを持って行く。

「お待たせしました。ラビットパフェとニャンニャンパンケーキです」

「ありがとうございます。先輩、もうすぐシフト終わりますか?」

「うん。これを運んだら休憩だよ」

「そうなんですね。後で一緒に回りませんか?」

「いいの?」

「はい!」

「わかった」

トレーを持って裏方に戻る。

トレーを置いて、エプロンを外した。

後ろのドアから朝野りりが入ってきた。

「ひなちゃん、お疲れ様。交代だよ」

「はい、お願いします」

りりにエプロンを渡して、教室を出る。

少し離れたところでスマホを取り出した。

『体育館裏で待ってるね』

『もう出るのですぐですよ』

『じゃあ、階段の近くにいるね』

スマホを握りしめて、ニヤけそうになる口元を隠した。


「先輩、お疲れ様です」

「京介くんもお疲れ様。どこ行こうか?」

「体育館で演劇部の劇があるんですけど見に行きませんか?」

「いいね、行こうか」

体育館に向かって歩く。


「面白かったね」

「はい!最後めっちゃ感動しました」

「私もだよ!あそこ、よかったよね」

楽しそうにニコニコ笑う京介は可愛い。

ー楽しい。京介といる時間は楽しい。

あの時、話を聞いてくれたのが京介でよかった。

「次はどこ行きます?」

「そうだなー」


文化祭が終わり、校庭は後夜祭に参加する生徒で賑わっていた。

校内はとても静かで、閑散としている。

「えな、帰ろう」

「うん」

えなと連れ立って、下駄箱まで降りていく。

正門の方まで歩いたというのに、校庭からのざわめきが聞こえてきた。

「今日、楽しかったね」

「うん」

駅に向かって歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。

「ひな先輩!えな先輩も!こんにちは」

「レナちゃん。こんにちは」

「そんなに走ってどうしたの?」

「先輩たちと話したくて来ちゃいました」

肩で息をしながら彼女が言う。

その瞳が鋭く、ひなを見ているのは気のせいだろうか。

「一緒に帰りましょう」

「ええ」

3人で並んで歩く。気のせいだろうか。

レナから見られている気がする。

先程よりもずっと鋭く。

「レナちゃんのクラスは模擬店?」

「お化け屋敷してました。結構本格的だったんですよ」

「外装、こってたもんね」

「でしょう!先輩たちは、入らなかったんですか?」

「うん。怖いの苦手なんだ」

「そうなんですね」

話しているうちに、公園近くの曲がり角までやってきた。

「先輩たちのクラス、大盛況でしたね」

「すごく混んでたからねー。レナちゃん、来てくれたんだ?」

「京介と一緒に来てました。えな先輩とはお話してないかですけど、ひな先輩に接客してもらいました」

「そうだったね。颯汰くんは一緒じゃなかつたけど、どうして?」

「颯汰は彼女が来てるって言うから、2人でご飯を食べることになったんです」

「颯汰くん彼女いるんだ!お昼ご飯っていうより、スイーツだったけどね」

レナが“2人で”のところに力を込めたのがわかった。

彼女が京介を好きなことは知っている。

2人は幼馴染だということも。

京介は、レナのことをよく思っているだろうそれは2人を見ていたら伝わってくる。

「ひな先輩」

「ん?」

レナが目元を和らげて、ひなを見つめた。

その顔は寂しそうに見える。

「京介のこと、よろしくお願いします」

「…?わかりました」

レナが手を差し出してくる。

震えている手を握りしめて、レナに笑いかけた。

「レナちゃん。私は京介くんのこと好きなわけじゃないんだよ?」

「え?」

「大切だけど、それは友達としてで…」

そこまで言って言葉に詰まる。

ひなにとって京介は大切だ。

もちろん、友達として。だけど、今はー。

そうだと言い切れなかった。

「ひな先輩?」

黙り込んでしまったひなをどう思ったのか、レナが首を傾げている。

ハッとして顔を上げた。

「ううん、何でもないよ。またね、レナちゃん」

えなの手を掴み、レナに手を振りながら曲がり角を左に曲がる。

玄関を上がり、鍵を閉めたところでえなの手を離した。

「ひな」

「ん?」

階段を上がりながら、えなを振り返る。

「どうしたの?」

「本当に、京介くんのこと好きじゃないの?」

隣に立ったえなが、真っ直ぐに見つめてくる。

「…友達として好き、だったよ。だけどもうそれだけじゃないのかも」

えなは何も言わない。

「そっか」

少しの沈黙の後、えなが肩を叩いてきた。

そのまま、隣の部屋に入っていく。

「ひな」

ドアに手をかけたところで、えなが振り向いた。

「京介くんと、どうなりたいか。それはもう、ひなの中にあると思う。だから頑張れ!」

「ありがとう」

ニコッと笑って、部屋に入る。

ベッドの端に座り天井を見つめた。

『京介と、どうなりたいか』。ずっと隣に居たいとは思う。

あの日から、ひなの中で京介の存在が大きくなっていた。

友達、では言い表せないほどに。

ずっと、京介のことが憧れだった。

無条件に人に優しくできる。

京介のいいところだ。

ひなも京介のそんなところに救われた。

彼になら半分預けても大丈夫だと思えた。

『京介のこと、よろしくお願いします』そう言った時のレナの悲しそうな顔が、頭から離れない。

きっと、京介に告白したのだろう。

それを断ったということは京介に好きな人がいるかもしれないのだ。

それなのに、ひなが隣に居てもいいのだろうか。

「他に好きな人がいないなら、一緒に居ようなんて言わないよね」

ー期待、してもいいのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る