第3話

 だが、ブレアも必死だ。


「しかしだな、もう新しい聖女アイドルがデビューするって告知している。今さら中止になんてできないぞ」


 そんなことになったら、金をかけてきた教会は大損。マネージャーである自分はどんな責任をとらされるかわからない。

 だがリタは言う。


「そんなの、別の人を替え玉にしてデビューさせればいいじゃない。聖女アイドルって言ったって、歌って踊ってのパフォーマンスがメインで、神の加護なんて二の次じゃない」

「お前……それ、誰もが思ってたけどギリギリ言わないでいたやつだぞ」


 聖女と言っても、今や神のご加護で何かをするという者はほとんどおらず、教会がマネジメントするための大義名分みたいになっている。

 そのため、どんな加護を受けているのかもわからず、実際は加護なしのなんちゃって聖女もいるのではと言われているが、そこにはつっこまないのが暗黙の了解となっていた。


「それに、替え玉なんてどこにいる。レッスンもなしにいきなりステージに立つなんて無茶だぞ」

「そんなの、そこにいるじゃない」


 そうしてリタが指さしたのは、クインだ。


「えっ。僕?」

「そう。クインなら、私のレッスンにいつも付き合ってて、歌も躍りも完コピできるじゃない」


 そうなのである。クインはレッスン中のリタの一挙手一投足をこれでもかってくらい目に焼き付け、ファンとして覚えるのは当然と言い、全てのパフォーマンスをこなせるようになっているのだ。


 さらにリタは、一度部屋の隅に移動すると、そこに置いてあった箱の中からあるものを取り出した。長髪のカツラである。

 いつからそんなもの用意してたんだ。そんな疑問を挟む間も無く、それをクインに被せた。


「ほら、クインって元々美人顔だし、こうすれば女の子にしか見えないって。私、前からクインには女装が似合うと思っていたんだよね。そこにステージ衣装があるから、着てみなよ。もっと可愛いくなるからさ」

「そんな、リタの方が可愛いよ」

「どっちが可愛いかはどうでもいい!」


 確かに、今のクインはどこからどう見ても女の子。

 だが偽の聖女アイドルを仕立て、しかもその正体が男など、いくらなんでも認めるわけにはいかない。


「クイン、お前はそれでいいのか! このままじゃ、女装してステージに立つことになるんだぞ! ──って、クイン。何をやっている?」


 いくらクインでも、羞恥心というものがあるはずだ。いくらなんでもそう簡単にOKはしないだろう。

 そう思い叫ぶブレアだが、当のクインは部屋の隅の物影に隠れて、何やらゴソゴソやっていた。


 そしてそこから出てきた時、彼はもう、ブレアの知っているクインではなかった。


「どう、似合う?」


 クインは、リタの指示した通り、ステージ衣装を身に纏っていた。どこからどう見ても、可愛い女の子である。

 しかも、ノリノリでポーズをとっている。


「似合う似合う。せっかくだから、何かセリフ言ってみて」

「いいよ。みんなの聖女アイドル、リタでーす。名前だけでも覚えていってください!」

「完璧だよ! いよっ、聖女アイドル様!」

「いやー。リタにそう言われると照れるな」


 誉めちぎるリタと、それを喜ぶクイン。女の子二人がキャッキャとはしゃぐ光景は、実に尊い。

 なんて言ってる場合ではない!


「クイン。どうして何の迷いもなくノリノリで女装ができる!?」

「えっ? だって、リタは僕にとって絶対的な憧れの存在なんですよ。憧れてる人になれるのなら、喜んでやるに決まってるじゃないですか」

「それはきっと憧れじゃない! ただの狂信だーっ!」


 クインのリタに対する狂信ぶりをなめていたと、ブレアは頭を抱えた。


「ありがとうクイン! じゃあ、話も丸く収まったことだし、私は自由を求めて旅に出るから」

「ちっとも収まってない! そんなこと、私が許さーん」


 部屋から出ていこうとするリタを、必死で止めるブレア。

 だが……


「うぐっ!」


 その時、ブレアの首筋に衝撃が走った。

 薄れゆく意識の中、クインが自分に手刀を食らわせたのだと気づく。


「クイン、お前……」

「ごめんなさい。だって、リタが自由になるためなんだもん♡」


 可愛く笑う姿が、ブレアにはまるで悪魔のように見えた。

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