第16話 夢咲 詩乃-ゆめさき しの- ③

「初等少年院」 に送致された詩乃。

軽度な犯罪を犯した少年、少女が、教育と矯正を受ける施設。


規則正しい生活、矯正教育、作業訓練が行われ、

詩乃は、ここで「自分の罪と向き合う時間」を

与えられ、改心するように言われる。



---


詩乃は、無表情のまま、黙々と作業を続けていた。


手元には、単純な組み立て作業。

ネジを締め、パーツをはめる。

流れ作業のように、無心で手を動かし続ける。


何も考えたくなかった。考え始めたら、何かが崩れてしまいそうだったから。


けれど、頭の奥で、いつも透花の声がこだまする。


「……うるさい。」

口に出さずに、心の中で呟く。

だけど、何度も、何度も、透花の姿が浮かんでくる。


「私の人生を壊したのは、霧野透花。」

そう言って、ここに来る直前まで、自分はそう信じていた。


けれど——

作業を繰り返すうちに、その言葉が、少しずつ、心の中で揺らぎ始める。


私は、ただ、自分が捕まりたくなかったから、透花のせいにしただけ。あの時、先生に嘘をついたのは、自分を守るためだった。


最初から、透花には何の関係もなかった。


ただ、私が勝手に「透花が悪いことにすれば、自分は助かる」って思っただけ。


でも、透花は死んだ。

もう何も言い返せないまま、私は「嘘の真実」を

作り上げた。


いつの間にか、作業の手が止まっていた。


係の指導員が「手を動かせ」と促してくる。

詩乃は、何も言わずに、また機械的にネジを締める。


けれど、心の奥で、何かが崩れ始めていた。


---


透花は、私を恨んでいたんだろうか?


私は、透花の顔を思い出す。

あの日、呪いの座席の話をしていた時の

透花の優しい笑顔。


「悪いことは全部、呪いのせいにできるなら、楽だね」って、冗談めかして笑っていた。


そして、あの日、私が盗みを責められた時も——

透花は、「やめなよ」って言ってくれただけだった。


それなのに、私は……自分が助かるために、透花を悪者にした。


彼女の「死」は、私にとって都合が良かった。

都合が良かったから、私は何も感じないふりを

してきた。


だけど、本当は——ずっと怖かった。


透花が私を責めるんじゃないかって。


透花が私を呪うんじゃないかって。


私はその気持ちを誤魔化すために盗みを繰り返した。それも透花のせいなんだって思って。


握っていたネジを、落としてしまう。

小さな金属の音が、静かな作業室に響いた。


係の人が「大丈夫か」と声をかける。

詩乃は、小さく頷く。


でも、その目から、一筋の涙がこぼれた。



「……ごめんね、透花。」


その言葉は、誰にも聞こえないように、そっと呟かれた。でも、詩乃の中で、何かが確かに変わった瞬間だった。

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