第3話 感覚を取り戻す、そして学園を知る
「本気で行くぜ。ぶっ飛ばしたら悪いな」
「こっちのセリフだよ、一年越しとはいえ負けないよ」
外の高校の体育館くらいはありそうな大きさの部屋で、僕と美由紀(みゆき)は少し距離をとって向かい合うように立っていた。お互いに、折りたたみ財布くらいの厚さをした菱形で金属製の物体、通称ギアを肩につけている。
まさか転入して二日目にギアを装着して戦うとは思わなかった。こうなったのは今日の朝まで遡る。
「よお、おせえぞ」
「……おはよう、待ち合わせとかしようって言ったっけ?」
「昔はよくしてたじゃねえか」
朝食を取ろうと部屋を出た時、坂平が仁王立ちをして僕の部屋の前に立っていた。確かに昔はよく一緒に行動をしていたが、昨日今日でその習慣を思い出して動くのは無理だ。というかそんな習慣があったこと自体、完全に忘れていた。
しかし、一人で食べるよりも二人で食べた方が食事は楽しい、そういうモットーはあるので、二人で食堂へ向かう。ちょうど良いので、昨日色井さんから聞いた叢雨の話を聞いてみることにしよう。
「ねえ坂平、叢雨さんって一般枠だったの?」
「ああ、昔のお前と同じ一般枠だ。色井さんから聞いたと思うが、そこからスピード出世で今や第零だ。お前が住まなかった大豪邸に一人で住んでるよ。空き部屋になっても、ちょうどお前がきたから問題ないしな」
学園内には一学年につき百名近くの戦士候補生がいる。そして、それが四学年、つまり単純計算でも四百人はいることになるが、そこから順位付けされていき、百番までは番号持ち、それ以外は番無しと呼ばれる。
基本的には今までの訓練や模擬戦の結果で、番号があるかないかは判断されるが、学園内の九割以上はエスカレーター方式で中等部より上がってきているので、番号の大幅な変更はないが、唯一百番だけは高等部に入ると同時に学園内の人間から剥奪される。
百番は必ず外部、つまり一般人を入れるという決まりがあり、エスカレーター組は番号持ちであっても、百番であれば番なしと同等の扱いを受ける。百番がなぜ一般人から募集するかというのは、高等部で停滞する番号の入れ替わりを活性化するためらしいが、そもそも聞いた話では僕より前に入れた人間は、片手で数えられる程度だったらしい。
「やっぱり、この制度おかしくない? 確かに入学時点で番なしと戦っても負ける気はしないけど、だとしても一体どこからそんな人材見つけてくるんだよ」
「同じことをやってのけたお前が言うなよ。やっぱり一般枠は異常だ」
「失礼な、ちゃんと外でもそれなりに生活できてたよ」
「俺らは外で生活できないからここにいるんだよ。あっちでもこっちでも生活ができるお前らは、やっぱり俺らの目から見ても異常なんだ」
なんだか微妙な雰囲気のまま適当に朝ご飯を済ませて、坂平とは別行動になった。改めて懐かしの学園内を彷徨いていると、一つの見知らぬ建物を見つけた。大きさにして、ついこの間まで通っていた高校にある体育館と同じくらいで、形もよく似ている。色はどういうわけか目に悪い濃い緑色をしており、異様な雰囲気が漂っている。
恐る恐る近づいてみると、中で何かが行われている様子もなければ、周辺に人がいるような気配もない。敷地としては、上位層である第十より上の番号持ちがよく彷徨いているところではあるが、にしてもこんな建物は見たことがない。
「おい、何してんだ?」
後ろを振り返ると、少し小柄の華奢な女子が一人立ってこちらを訝しんでいる。さらさらとした銀髪が内側の刈り上げた黒髪の上にかかり、鋭い目つきの端正な顔立ち
で、僕の脳内にまた懐かしい記憶が蘇る。
「美由紀だよな? 羽場美由紀(はばみゆき)!」
「……どうして、左腕を見て気がつかなかったんだ、あたしは。悪名高い樺咲だって、義手を見ればすぐに気がつけたのに」
「会えて嬉しいよ、久しぶりだね」
「こっちは会いたくなかったよ。お前がいないお陰で、どれだけ平穏な学園生活があたしにもたらされたと思ってる? お前がいる間は常にピリピリしてたせいで、目つきも悪くなっちまった」
「僕は今の美由紀も好きだけどな」
「うるせえ、一般人」
そう言いつつもどこか照れを隠せないのが彼女の可愛いところだ。しかし、彼女に心労を与え続けていたのは事実でもある。彼女は決闘管理委員会の人間で、僕が下剋上をするたびにその調整だったり、順位の変動だったりに動いてもらっていた。会うたびにこんなふうに言われていたのが記憶に新しい。
「そういえば美由紀、ここは何?」
「あ? ここはサシで練習する用の場所、背水だ」
「背水って場所の名前?」
「そうだ、今の第零が希望して建てた。ネーミングセンスはあたしも正直良いとは思ってないよ」
「ここで練習できるんだね、楽しそう」
「……よし、せっかくだから勝負だ、樺咲」
「え? 僕まだギアとか持ってきてないよ。それにまだ転入してきて二日目だよ?」
「知るか馬鹿、散々苦労かけられた挙句、一度も勝てないままお前はここを出て行った。今日こそ勝って、お前を手足のようにこき使ってやる」
「ええ、ちょっと待ってよ」
そうして、僕と美由紀によるサシの対決が決定し、冒頭に戻るわけだ。
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