呪いの魔導書と砂かけの魔術師

カタナヅキ

呪いの魔導書との生活

第1話 砂かけの魔法使い

――森の中で一人の少年が走っていた。彼の後方から狼が迫っており、必死に逃げようとしたが小石に躓いて転んでしまう。



「うわぁっ!?」

「ガアアッ!!」



転んだ少年の元に狼が飛び掛かり、鋭い牙を剥き出しにして噛みつこうとしてきた。だが、少年に噛みつく前に何者かが狼の顔面に杖を叩きつける。



「離れなっ!!」

「ギャインッ!?」

「ううっ……ば、祖母ちゃん!?」



少年を助けたのは祖母であり、彼女は老人とは思えぬほどの力強さで狼を杖で殴り飛ばす。祖母が助けてくれたのだと安心しかけた少年だが、そんな彼に容赦なく拳骨を食らわせた。



「この馬鹿がっ!!一人で勝手に森を歩き回るなとあれほど言っただろうがっ!!」

「あいてっ!?」



頭に拳骨を受けた少年は涙目で祖母を見上げるが、彼女は面倒臭そうに自分が殴り飛ばした狼に視線を向けた。狼は獲物を狩るのを邪魔した老婆を目標ターゲットに切り替えて襲い掛かろうとする。



「グルルルッ!!」

「ば、祖母ちゃん……逃げようよ!!」

「はっ、狼如きにびびってるようじゃ使なんて名乗れやしないね。あんたは後ろに下がってな!!」



少年を背中に隠した老婆は杖を構えると、狼は怒りのままに彼女に飛び掛かった。そんな狼に対して老婆は焦らずに杖を構えると、先端から球体状の炎の塊が出現した。



「ファイアボール!!」

「ギャアアアッ!?」

「うわぁっ!?」



杖から放たれたが狼に衝突した瞬間、全身に炎が燃え広がって狼は火だるまと化した。やがて狼の肉体は骨さえ残さなぬほど焼き尽くされ、後に残ったのは大量の灰だけであった。


地面に積もった灰の山を見て少年は唖然とするが、老婆は杖を下ろして額に滲んだ汗を拭う。彼女の名前は「フレア」かつては火属性の魔法の使い手として有名だったが、現在は隠居して孫の「レノ」と共に暮らしていた。



「ちっ、こんな魔法程度でへたばってるようじゃお終いだね……あたしも年か」

「ば、祖母ちゃん……今の魔法は!?」

「ひよっこの魔法使いでも扱えるただの下級魔法だよ」



祖母が魔法を使う場面を直に目撃したレノは目元を輝かせ、そんな彼にフレアは苦笑いを浮かべた。先ほどの「ファイアボール」なる魔法は火属性の魔法の中でも一番最初に学ぶ魔法であり、魔法の中では弱い部類ではあるがそれでも狼を焼き尽くすだけの威力はあった。



「そんなことよりも、あんたはどうしてこんなところにいるんだい?この森にはあれほど入るなと言っただろうが!!」

「ご、ごめんなさい……最近、祖母ちゃんが元気がないみたいだからこれを探してたんだ」

「これって……果物かい?」



レノは懐に隠していた果物を取り出し、それを見てフレアは驚きを隠せなかった。レノが手にした果物は彼女の好物であり、森の中でしか手に入らない代物なのでレノは危険を冒して果物を採りにきたことを伝える。



「祖母ちゃんが好きな果物を持っていけば元気になるかと思って探してたんだ。そうしたら狼に見つかってずっと追いかけ回されて……」

「はあっ……あんたの気持ちは嬉しいけどね、もう二度とこんな無茶な真似はするんじゃないよ。もしもお前が死んだら、亡くなった両親に合わせる顔がないからね」

「うん……」



レノの両親は彼が幼い頃に亡くなっており、唯一の家族のフレアが引き取った。フレアの夫はレノが生まれる前に他界しているため、現在は二人切りで生活していた。



「さあ、早く帰って飯にするよ。せっかくあんたが採ってきた果物があるんだ。腐る前に食べないと勿体ないからね」

「うん、そうだね……祖母ちゃん、僕も大人になったら魔法を教えてくれる?」

「それはどうかね。魔法使いになるのは簡単なことじゃないんだよ?あんたみたいな弱虫が覚えられるとは思えないけどね」

「だ、大丈夫だよ!!僕だって祖母ちゃんの孫だもん、きっと祖母ちゃんみたいに凄い魔法使いになってみせるよ!!」

「ははっ、それは頼もしいね。だったら早く大人になるんだね」

「うん!!」



フレアと手を繋いでレノは森の中を歩き、この日の出来事は彼は一生忘れることはなかった――






――それから数年の時が経過し、となったレノは祖母の元を離れて生活していた。



「待てこらぁっ!!」

「キュイイッ!!」



十二才となったレノは子供の頃よりも立派に成長し、祖母や母親に似て端正な顔立ちの少年となっていた。彼は草原を駆け巡る額に角が生えた兎を追いかけ回し、飛び掛かって捕まえようとした。



「このぉっ!!」

「キュイッ!!」

「いだぁっ!?」



あと少しで捕まるというところで兎は空高く跳躍し、あっさりとレノの手から逃れた。だが、空に飛びあがった兎を見てレノは笑みを浮かべ、彼は地面に掌を押し付けた状態で魔法を発動する。



砂球サンドボール!!」



掌を地面から引き剥がした瞬間、レノの手元にはで構成された塊が存在した。この砂の塊こそが数年の歳月を経て覚えることができた彼のの魔法だった。



「おらぁっ!!」

「ギュイッ!?」



レノが投げつけた砂の塊が兎に的中すると、当たった瞬間に形が崩れて砂煙と化す。兎は目元に砂が入って混乱したのか着地に失敗してしまう。



「キュイイッ……!?」

「よっしゃあっ!!一角兎、捕獲ゲットだぜ!!これで補習は終了だ!!」



兎の正体は一角兎と呼ばれるであり、魔物とは動物とは異なる独自の進化を遂げた生物である。レノは一角兎を捕まえたのは彼の通う「魔法学園」の担任教師から与えられた課題だった。


魔法使いを目指す人間は魔法学園に通うのが一般的であり、祖母のような立派な魔術師を目指して今年に入学した。しかし、学園に通い始めてから数か月が経過するが、レノは未だに魔法を一つしか扱えない。



「キュイッ、キュイッ!?」

「うわっ!?大人しくしろって……おりゃっ!!」

「ギュイッ!?」



レノは捕まえた一角兎が逃げられる前に周囲を見渡し、都合よく鋭く尖った石を見つけた。石を拾い上げた彼は一角兎の角の下の部分を小突くと、暴れていた一角兎は大人しくなった。子供の頃に祖母から一角兎の弱点は角に隠された眉間だと教わっており、弱点を突けば簡単に仕留められる。



「はあっ……他の奴等ならこんな苦労しないんだろうな」



苦労して捕まえた一角兎ではあるが、レノは素直に喜ぶことができなかった。何故ならば彼以外の生徒ならば魔法を標的に当てた時点で倒せていたはずである。自分のように程度の効果しかない魔法を使う者は一人もいない。



「はああっ……こんなんで祖母ちゃんみたいに魔術師になれるのかな」



深々と溜息を吐きながらレノは帰路につき、学園に帰るまでの間に数か月前の出来事を思い返す――


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